§05 突入開始

044▽屋上の罰ゲーム



 吸血鬼の一団に占領された女子校、私立・天峰あまみね学園。


 その本校舎の屋上部には、見張りとおぼしき男が二人。

 どちらも、ホテルマンのようなデザインの、灰色の詰め襟制服とスラックス姿で、肩から掛け紐で吊すショルダーバッグほどの銃器 ── アサルトライフルを下げていた。


「ふぁぁあ……っ」


 その片方、左目の下に『=』イコール状の黒いフェイスペイントをした方の男が、緊張感もなく大あくびをすると、もう一方の男がそれを見咎みとがめる。


「おい、気を抜くなっ

 見張りの意味が無いだろ」


「おいおいマジメ君。

 もうとっくに、見張りの意味とかないだろ。

 警察の突入部隊を全滅させてから、もう一時間くらいか?

 パトカーや護送車みたいなワゴン車が、敷地の外に陣取ってはいるが、ぜんぜん動きがないじゃねえか。

 ── これって、向こうも諦めモードって事だろ? 見張りとかムダじゃね?」


 『=』イコールマークの男は、そう反論して、もう一度あくび。

 こんな時ばかり理の通った言い分をする相棒に、真面目そうな男は淡々と答える。


「例えそうでも、だ。

 こうやって見張ってるのが、俺たちの役割だ」


「リーダーや、中の連中が、オイシイ思いしている間にか?

 あぁ~~~っ クソぉ!

 なんであの時、あっちのクジを引いちまったんだかなぁっ

 俺も、早く高飛車タカビー女の処女ヴァージン散らせて、たっぷり生で吸血チューチューしてぇよっ」


 そう言うと、いきなり屋上の落下防止フェンスに飛びつき、派手に揺らす。

 ── ガシャンガシャンッ、と動物園のサルが威嚇いかくするように、両手で金網を引っ張っていると、真面目な相棒が慌てて止めに入る。


「おい、バカっ

 止めろっ」


「お前こそ、何ビビってるんだよ?

 見ろよ、警察だって指をくわえて見ているだけなんだぜ。

 吸血鬼で不死身の俺たちを、止めれるヤツなんてどこにもいないんだよ」


「……あまり不真面目なら、リーダーに報告するぞ」


 真面目な相棒が、ベルトにぶら下げていた無線端末を口元に近づけて注意すると、『=』イコールマークの男は小さく肩をすくめる。


「あーはいはい、それは怖い怖い。

 ……しかし、もうじき解散だってのに、そんなにリーダーに義理立てする必要あるかね?」


「少なくとも、俺たちがここまで来れたのは、あの男の功績だ。

 だったら、別れるまでは従うべきだろう」


「真面目だねぇ……。

 俺は、処女の心臓を売り払ってうっぱらって金が入ったら、何しようかね……会社とか立ち上げてもいいかな。

 『やあやあ、従業員諸君がんばっておるかね、大隅おおすみ社長のご出勤だ』

 ── 胸がデカくて血がウマい女を秘書にしてさ!」


「それは、いったい何の会社だ?

 訓練も見張りもサボってばかりのお前に、いったい何ができるって言うんだ」


「そんな言い方するなよ……夢のないヤツ。

 だいたい世の中、金さえあれば何でも出来るだろ。

 ほら、たとえば小さな会社を買い取るとか、いくらでも方法があるじゃねえか

 ── それに、せっかく吸血鬼になったっていうのによお、今さら『人間』の下なんて付きたいか?」


「それは……まあ、な」


 見張りの男二人が、屋上のフェンスにもたれかかり、そんな四方山話よもやまばなしを続けていると、


 ── カシャンッ……カシャンッ……、と金属が揺れてこすれる音が響く。


「おい、揺らすな……っ」


「俺じゃねえって。

 風で揺れてるんじゃねえの?」


 真面目な相方のイラついた声に、フェイスペイントの男は、『=』イコールマークの描かれた目を細めて、夕日の方向に視線を向ける。


 そして、二人して目と口をポカンと大開にする。


「はぁ……?」


「なんだ、アレ……」


 ── そこには、何故か空中を綱渡りする、中学生くらいの少年の姿があった。


 よく見れば、その綱渡りの足場は鉄の鎖で、校舎の屋上から夕日の沈む裏山の崖の方へつながっている。

 中学生らしき少年が、おそるおそると一歩ずつ踏みしめるたびに、カシャンッ、カシャンッ、と鎖が揺れて音を立てる。


 いつの間にか現れた綱渡り少年は、校舎の屋上まで残り20~30といった距離まで迫っていた。


「チ……ッ!

 無駄話のせいで、気づかなかったとは。

 ── というか、どこから来た、このガキっ」


 真面目な方の男が、慌てて肩から下げた小銃を構え、銃口を金網に通して固定する。

 しかし、彼が引き金に指をかける前に、不真面目な方の男が、慌てて銃を引っ張り、射撃を止めさせた。


「おいおい、よく見ろって。

 あのガキ、胸に紙張ってるぜ。

 ── 『ばつゲーム中』だとよ?」


 彼は、いつの間にか張られた鎖の上で危なげにバランスを取る、その少年の胸を指さす。


「だから、何だ?」


 真面目な男が、不可解という表情で聞き返すと、相手は左目の下の『=』イコールマークを撫でて、


「お前だってやったろ?

 学生時代に女子トイレに突入したり、職員室に爆竹投げ込んだり、交番にBB弾撃って逃げたり、酔っ払ったオッサンを川に突き落としたりっ」


 不真面目な男は、少年時代を思い出したのか、楽しげに、ひひひッ、と笑う。

 真面目な方の男は仏頂面になり、相棒の顔をまじまじと見て、一言。


「……何を言ってるんだ、お前は?」


「だぁ~かぁ~らぁ~っ!

 ── 『危ないから止めろ』って他人ひとに言われたら、そりゃ誰でも反発やるだろ?

 男だったら、誰だってそうさ。

 チンポぶらさげる奴は、みんなイライラしてんだ。

 その男の子らしい特攻精神トッコー・スピリッツを表彰してやろうって言ってるんだよ。

 いいから、任しておけって」


 顔に『=』イコールマークをペイントした男は、困惑した相棒を押しのけ、綱渡りの足場となっている鎖の結びついた場所を探し、移動する。

 それは、校舎の一番端の角、フェンスの丸鉄柱だった。


「お~い、ボウズっ

 何て危ねえ事をしてやがるんだ!

 こっちには怖い怖いテロリストがいるんだぞ!?」


 そう言って、鎖の巻き付いているフェンスの丸柱を、思いっきり蹴りつけた。


 ── ガシャ~~ァンッ!、と鎖が揺れ、綱渡りの少年は大波に揺られるように、バランスを崩す。

 転倒しかけた彼は、一度空中に放り出されかけるが、なんとか揺れる鎖を捕まえ、両腕で抱きつくようにしがみつき、間一髪でぶら下がる。


「── ひゃぁ~はっはっはっ!

 危機いっぱぁ~~~つ!!

 ほらな、ガキ! アブね~~って言ったろぉ!!」


 『=』イコールマークの男は、腹を抱えて大笑い。

 その後ろで、真面目な相棒が、呆れ切った表情をしている。


「おい……」


「── いいじゃねえか、山村。

 もうちょっと遊ばせろ」


 『=』イコールマークの男は、水を差すなとばかりに言い捨てると、鎖にしがみつく少年の方に向き直る。


「頑張るなお前っ!

 悪いテロリストをやっつけて、ヒーローになろうと思ったのかぁ?

 それとも、お前もアレか。

 お嬢様が悪党に集団レイプで、ヒーヒー言わされるのを見にきたのかぁ?」


「………」


 校舎から30~40m程の中空で揺られる少年は、逆光のせいで表情がよくわからず、また何も答えない。


 いや、答えるだけの体力がないのか。

 彼は、腕の力が尽きてきたのか、鎖に抱きついていたのが、ぶら下がるように体勢が変わり、捕まる手が両手から片手になる。


「おい大隅おおすみ……っ」


「── 分かってるって」


 『=』イコールマークの男は、横であきれ顔をする相棒に急かされ、小銃を片手に構える。


「ボウズもガンバったが、そろそろ限界みたいだなぁっ!?

 だが安心しろ!

 優しいお兄さんが、一発で楽にしてやるよぉっ!」


 『=』イコールマークの男が笑いながら処刑宣告をして、金網の目に銃口を突っ込み、付属のスコープをのぞき込む。


 ── その瞬間、綱渡りの鎖に片手でぶら下がって少年の、もう片手が動いた。


 己のこめかみへ指で作った銃を突きつける、そんなジェスチャーと共に、一言。


「── 撃てっ」


 同時に、『=』イコールマークの男の肌や灰色制服上に、光線式照準器レーザーポインターの赤い光点が10以上も殺到さっとう


 ── ボンッ、と血肉が爆ぜる。


 まるで、爆薬でも仕掛けてあったのかと、錯覚するような光景だ。


 それもそのはず。

 ただでさえ対人用では最大級の大口径、0.44インチ=約1.1cmというの凶悪な銃器であり、それ自体に人体に大穴を開けるような火力がある上に、さらにダムダム弾という特殊形状の弾頭が使用されているのだ。

 その十字に刻まれた銀製弾頭は、着弾の衝撃で4破片に分裂し、まるで体内で爆発したように、大きく傷口を広げる。


 着弾箇所によっては、大穴を開けるどころか、骨ごと食い破ってそのまま『人体を分断』するほどの破壊力だ。

 常人相手であれば過剰殺傷力オーバーキルといえる程の攻撃力は、まさに対魔物・対吸血鬼装備だった。


 ── わずか一瞬で、相棒が血を吹き出す肉と骨の塊と成り果てた。


「── ……あぁ!

 うわあああぁ、おお大隅おおすみぃいいいっ!?」


 その事実をようやく咀嚼そしゃくした真面目な男は、悲鳴なのかよくわからない声を上げながら、肩に下げた小銃を手探りで探るように引き寄せる。

 そして、あちこちがねじ曲がった金網の前で、慌てて小銃を構えて、敵影を探す。


 だが、果たして、その吸血鬼は夕日の逆光の向こうに、狙撃手の影を見つけられたのだろうか。


 赤いレーザーポインターで照準をつける凄腕の狙撃手たちは、鎖の綱渡りの起点の近くに潜んでいた。

 校舎から500mほど離れた裏山のがけの上。

 晩夏の青々とした草むらに、鈴虫と共に潜む、無数の銃口。


 大口径の銃器に取り付けられたレーザー装置が、標的に赤い光点を投影し、それを元に10分の1ミリ単位以下の精緻せいちさで方向修正がなされ、次々と狙いが定められていく。


 赤い光点が、眉間・胸に2点ずつ、さらには銃を構える右腕の肩に3点。


 ── ボボンッ!、と7個以上の弾丸が、ほぼ同時に着弾。


 肉と骨が爆ぜて破片を散らし、血が噴き出し、銃を持った腕ごと千切れ飛ぶ。

 敵に抵抗すら許さない、狙撃手達の迅速じんそくな射撃。


 それを見届けて、危ない綱渡りをしていた少年は、鎖にぶら下がる手を、ついに離す。


 しかし、彼は落下しない。

 いつの間にか、綱渡りの鎖から別の鎖がぶら下がり、彼の腰に巻き付いていたから。


 両手が自由になった中学生の少年が、背負っていたバックパックを広げ、中身を取り出す。

 それは、外套コートくらいの長い丈のある、青色のウインドブレカー。


 ── そう、彼は『鉄鎖の魔術師』小田原アヤト。


 自身のトレードマークであり、戦闘服を着込むと、彼はそのポケットから古代祭事の銅鏡くらいの、八角形の金属プレートを取り出した。


 鉄鎖の魔術師の、金属魔術が展開する。


 綱渡りの鎖に左右に何本もの鎖が行き交い、絡み合い、足場が補強され、落下防止の手すりまで備えた、幅50cm程の立派な吊り橋が出現した。


「行け……っ」


 彼は、ポケットからもう一つ、インカムらしき物を取りフードの下に装着すると、マイク部分にささやくように号令を出す。


 ── ザザザザッ、あるいは、ジャジャジャジャッ!、と鎖の橋を激しく踏みならし、白い装甲の一団が駆けてくる。

 野生の獣じみた、驚異的な速さだ。

 0.5Kmの距離を、しかも吊り橋のような不安定な足場を、飛び撥ねるようにして、30秒とかからず渡りきる。


「── セヤッ!」


 先行の一人目が、金網にもたれかかる二つの肉塊を、引き離すように蹴飛ばす。

 すると即座に、二人目三人目が、金網越しに小銃の引き金を引く。


 ── ダララっ! ダララっ! と轟音が響き、血まみれの肉塊を、さらに細断した。


 障害物がなくなると、一団は次々と高さ2m近いフェンスを軽々と跳び越え、学園本校舎の屋上に陣取り始める。


 ── 見張りを、処理しやすいように一点に集める。

 ── 鎖の魔術で、突入部隊の侵入経路を作成。


 アヤトは、自分の役割だったその二点を終え、単独行動を開始する。


「予定通り、上は任せた」


 吊り橋の下に宙づりになっていた、『鉄鎖の魔術師』は、無事に隊員全員渡り終えた事を見届けると、蜘蛛のようにぶら下がった鎖を伸ばして降下を始める。


 ── 『了解ヤァーッ! 行ってらっしゃいませっ』


 屋上のコンクリートに、カッ、と隊員の靴が打ち鳴らされる。

 一斉の敬礼に見送られながら、アヤトは女子校の敷地に降り立った。



 ── そして、アヤトはようやく。


 夕暮れの校庭で、外灯に吊された、哀れな犠牲者達を見つけるのだった。





//―― 作者コメント ――//


 距離が500mもあるとレーザーポインターで照準とか絶対役に立つ訳ないけど、から採用。

 これ超大事なポイント。

 ポインターだけに(爆笑ポイント)。


 でも多分あと5年10年くらいで、このくらい簡単に出来るんじゃない?

 例えば、距離観測してオート弾道計算して、当たる場所を予測表示する装置とか。

 最近の科学の進歩、まじスゴいもん……


 ………………

 …………

 ── はっ!

 いや、違う、そういう未来の技術をデスね、先取り先行予想したワケですよ!

 実はこれ、そういう超アタマいい、知性あふれるサイエンスな作品なんデスよ!


 読者の皆サマ、オーライ?


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