046▽3分の1の薄情な形状



 女子校の校舎に、夕暮れの太陽が深い影を落とす。

 吸血鬼の武装勢力に占拠されたそこは、緊迫からか不気味な程に静まりかえっていた。


 その校舎の陰影に隠れるように、声を抑えて会話をする二つの影があった。

 一方は、得意の鎖魔術で校庭に侵入した、青い長衣の魔術師・小田原アヤト。

 もう一方は、アヤトに鮮血を与えられ、息を吹き返したばかりの用務員の吸血鬼。


 壁にもたれかかったアヤトは、倒れたままの若い用務員に、突入までの経緯をかいつまんで説明していた。


「── と、まあ、そんな感じで突入したんだが。

 さっそく見つけたのが、か弱いお嬢様じゃなくて、アホづらした野郎の死体だった、と」


「アホづらはひどいッス。

 でも、だいぶん現状が理解できたッス。

 サブロー大将たいしょうが、役所の下請けって事だけが、いまいちアレな感じッスけど……」


「色々あるんだよ。

 ── ところで、その『サブロー大将』っての、止めろ。

 昔の武将か、俺は。

 せめて、どっちかにしろ」


「それじゃあ、『大将』と……?」


「それはそれで、ラーメン屋にでもなった気分だな……。

 まあ、いいか」


 アヤトが、妥協したように首をすくめる。

 その間に、若い用務員は、倒れたまま首を回し、校門近くに立つアナログ時計に目を向ける。


「いまが7時ちょっと前。

 シブンが連中にられたのが、4時40分くらいだったッスから。

 ……約2時間ッスか。

 ……そろそろ、次の動きがありそうッスね」


「そうだな。

 120分もあれば、女で遊んで、たらふく血を吸って、仮眠まで取れるな。

 となれば、そろそろ腹ごなしの時間だな……っ」


 アヤトが、ククッ、と喉を鳴らし、剣呑に口元をつり上げる。

 すると、用務員が慌てて注意を促す。


「……ひ、人質の安全を忘れないでほしいッス。

 大将の話を聞く限り、任務の半分は、救出ッスよ?」


 小言で水を差され、いささかうんざりした顔のアヤトが、倒れたままの作業服の青年に歩み寄る。


「── ところで、お前。

 だいぶん待ってるんだが、そろそろ起きないのか?」


「スミマセン、まだ手足が動かないッス。

 ちょっと、完全復活には血が足りないみたいで……」


「ちっ、おいおい……。

 どうするかなぁ……」


「ジブン的にも、大将の血をこれ以上もらうのは、ちょっと……」


「まぁ~な。

 お前に献血して、俺が貧血になっても仕方ないし。

 ── 切り落とすか」


 さらりと、悪魔の如き非情の決断をしたアヤトが、うんもすんもなく、行動を開始する。


 魔力のこもった小鉄片 ── 小型銭弾メダルを指の間に挟み、新たに魔術を構築。

 彼は、わずかに炎のような光を帯びた小型銭弾メダルを、砂利敷きの地面へ放ると、すぐさまそれを片足で踏みつける。


「『鉄靴てっか』、足ナタ・バージョンって感じか」


 鈍色の粘性体スライムが靴底から足に絡みつき、膝まで覆い尽くし、金属のいかめしいブーツが形作られる。

 足底に巨大な刃が生えているので、見ようによってはスケート靴のようでもある。

 だが、うっかりスケートリンクに下りれば、おののような刃が氷面にめり込み、そのまま抜けなくなりそうな程に、凶悪な刃部エッジだった。


「ちょちょちょちょっ

 た、た、た大将ぉ~~っ」


「うるせえ、騒ぐな、逃げるな、暴れるな。

 ── いくぞ?」


 アヤトは、相手に覚悟の時間すら与えず、凶悪な斧刃を生やしたブーツを振りかざす。


 ── ドシャンッ ドシャンッ ドシャンッ ドシャンッ、と立て続きに4度、砂利を跳ね飛ばすような音が響く。


 最初の2発は、胴を半分ずつ切った音。

 内臓をはみ出した腹部の上で切断し、へそから下部を切り捨てる。


 後の2発は、肩口で両腕を、骨ごと切り落とした音。


 これで残る部位は、頭と胴体の上半分のみ。

 まるで、都市伝説に出てくる誘拐の顛末てんまつ、『肉だるま』のような有様だ。


 アヤトは、魔術の鉄ブーツを解除すると、用務員の首襟を掴んで、3分の1以下になった肉体を持ち上げる。


「流石に、このくらいになると軽いな。

 片手でギリギリ持てる……となると、20kgくらいか?

 目方めかた65kgから20kgへ、劇的ダイエットに成功!」


「……あ、アンタ、むちゃくちゃだ……」


 我が身を襲った恐ろしい蛮行に、用務員の吸血鬼は『開いた口がふさがらない』という表情。


 ── 一応、アヤトのフォローをするならば、彼は『死んだ器官』だけを見切って切り落としたため、切断面からは血の一滴も零れていなかった。


 アヤトは、呆然とする用務員の青年には構わずに、彼の『軽量化された肉体』に鎖を巻き付け、片背負いしたバックパックのようにして、持ち上げる。


「ちょちょちょ」


「今度は、なんだよ?」


「か、回収するんで、ちょっとだけ待って下さい」


「回収?」


 アヤトが首を傾げていると、用務員の男は、真夏だというのに真冬のような白い吐息を吐いた。

 吸血鬼が吐いた白い吐息は、煙のように風に流されながら、切り離された肉体に纏わり付いていく。


 しばらくすると、ボン……ッ ボン……ッ ボン……ッ、と小さく爆ぜるような音が連続する。

 切り離された手足や胴が、次々と形を失い、白煙に変わっていった。

 その一帯に漂う白煙達は、風の流れに逆らって吸血鬼の口内へと流れ込んでいく。


「なんだそれ?

 はじめて見た……」


 アヤトが、鎖で片手にぶら下げた男の上半身を、まじまじと見つめる。

 死人のような土気色だった肌が、ずいぶんと血色良くなっている。


「我が血脈、ムトウの秘術の一つッス。

 死んだ部位とはいえ、回収したおかげで、多少は体力が回復したッス」


 手も足もない男は、自慢げに胸を反らした後、思い出したように付け加える。


「あ、大将、ズボンと靴を拾ってもらうと助かるッス」


「ああ……」


 アヤトは言われるまま、肉体が消失して地面に残された衣服をあさり、スニーカーと作業服のズボンをまとめて鎖で縛り上げる。

 そして、丸めた衣服と身体半分の吸血鬼をリュックサックのように片肩に背負い、背中合わせになった彼へ質問を投げかける。


「さっきのは回復特化の技か……。

 そういえばお前らの血統、元は『あお』だったか?」


「いや、逆ッス。

 元は『ぎん』で、<黒翅塊こくしかい>の臣下に下った事で『あお』の血が入ったッス。

 いま流行はやりのハイブリッド血族ッス」


「なるほど、『銀』と『青』の合わせ技か……。

 もう、何でもアリだな」


 アヤトは、半ば呆れ声。


 彼は、左肩に重量20kg弱という、ずっしり重い人肉リュックを担いだせいか、ノロノロと歩きながら、校舎の端にある生徒用玄関口に回り込む。


 玄関のみならず、入り口は全て、立て籠もり犯にふさがれていた。

 さらに、窓には暗幕や段ボールなどが内側から貼られていて、中の様子をうかがえなくしてある。


 手洗い場の隣にある、生徒用玄関入り口のアルミ製引き戸は、4枚全て締め切られており、さらにガラスの向こうに積み上げられた金属の遮蔽物が見て取れた。


「さすがに閉まっているか」


 アヤトはそう言うと、ドアを一度だけノックするように、右拳を当てる。

 わずかな時間差で、カシャッ、と小さな金属音が応えた。


「開いた」


 アヤトが無感動に告げると、その背中から驚きに震える声が問い返す。


「い、今の、魔術の鍵開けッスか?

 ……『何でもアリ』は、大将の方だと思うッス」


「バカ言うな。

 俺ら異能者の魔術は、そんなに便利なモンじゃねえよ。

 内側から『つまみ』の上げ下げで開くタイプだっただけだ」


 アヤトは、鞄のように背に担ぐ吸血鬼(体積3分の1)へ無愛想に答えて、カラカラと引き戸を開く。

 そして、入り口の内側に積み上げられた金属の遮蔽物を軽く手で押す。

 どうやら、縦長の金属ロッカーを横倒しにして壁のように積み上げているようだ。


 立て籠もりした武装勢力側が、侵入者を防ぎ、また人質に逃げられないように設置した、バリケード代わりの代物。


 金属ロッカー自体は1個20kgほどとしても、2列7段に隙間なく積み上げられていて、最上段から一つずつ撤去する必要がある。

 自由に出入りできるように片付けるには、男手であっても中々骨が折れる作業だろう。

 当然、時間もかかる。


 そう、あくまで『本来なら』。


 ── ガシャガシャガシャガシャ……ッ! と、金属音が立て続けに鳴り響き、ロッカーが次々と動き始めた。

 まるで意思が芽生えたかのように、自ら立ち上がり、床を滑るように移動し、整列する。

 わずか数秒で、救出部隊を足止めするはずのバリケードが、無意味と化した。


 障害物であったはずの金属ロッカー達は、衛兵が主君にするように、規律正しく両左右に並んで、金属を自在に操る魔術師を出迎える。


「……多分、この立て籠もり犯どもにとって、大将の存在自体が悪夢みたいなモンッスよね」


 用務員の青年は、背中あわせにぶら下げられた姿勢から、首だけひねって前方の状況を伺い、呆れたような声でつぶやく。


「コイツらのせいで、契約にない仕事を押しつけられたんだ。

 こっちの方が悪夢だよ」


 アヤトはため息交じりで応え、生徒用の玄関に入り込み、靴箱が並ぶ屋内を見渡す。


「まあ、開けておいて余計な事をされるのもアレだ。

 元に戻しておくか……」


 青い長衣の魔術師は、そうつぶやいて、右手を上げて指を鳴らすフィンガースナップ


 主君に忠実な、金属ロッカーという名の衛兵達は、素早く行動を開始。

 バリケードとして積み重なっていた元の様子を再現し、出入り口を封じる。


 その際の、ガシャガシャと騒がしい音を聞きつけたのか、階段を駆け下りてくる足音が響く。


「なんだお前は!? どこから入ってきたっ」


 灰色のえり制服を着た男が、軍用ライフルを構えて、そう問う。

 しかし、アヤトの方はただ首を傾げて、相手をする様子もない。


「── お、それなりの格好してる。

 こいつ軍人か?

 でも、なんでコイツ1人なんだ?

 普通見回りとかペアじゃないのか?」


 その自問のような言葉に、彼の背中から応答がある。


「あ、それ、ジブンに聞いているッスか?

 ミリタリー系は詳しくないんで、ちょっと……」


「なんだ! 仲間が隠れているのか!? 大人しく出てこいっ」


 犯人グループの男は、銃を構えて警戒し、並んだ靴箱の陰に目をこらす。


 その無駄な警戒に、アヤトは、ああ、と苦笑する。


「今の声はコイツだよ、コイツ」


 アヤトはわざわざ振り返って背を見せ、背中に下げている人肉リュックを紹介する。


「── タ、タイショウ、なんでジブン差し出されたッスか?」


 紹介された方は、予想外な状況に慌てふためいていたが。

 その用務員の青年は、侵入者を警戒する立て籠もり犯に銃口を向けられ、手も足もでない状況に(そもそも文字通り、手も足もない状態なのだが)、とりあえず相手を落ち着かせるように語りかけてみた。


「え、あ、ん、うん……まあ、とりあえず ……ち、ちわッス。

 こんな姿で失礼するッス、ジブンここの用務員ッス」


「── なっ!? 何だ貴様らぁ~!」


 侵入者の思わぬ姿と、自己紹介などしてくる呑気さに、軽くパニックになったのか、犯人グループの男は銃を構え直して唾を飛ばす。


 彼が迷いながらも、引き金に指をかけようとした時 ──


 ── チリンッ、と男の頑丈そうな靴に、どこからか転がってきた小銭がぶつかり、倒れる。


結着ロックだ」


 アヤトが、背を向けたままで、そう告げる。


 次の瞬間、数条の鎖が足下の小銭 ── 魔術の小型銭弾メダルから這い上がった。

 立て籠もり犯の男は、何の抵抗をする間もなく全身を雁字搦がんじがらめにされてしまう。


「なっ なん ── ンンン!? ンン!」


 男は、大声を出そうとしたが、すぐに鎖の束縛が頭部まで到達し、声を上げる事さえできなくなる。

 まるで、鎖で出来たミイラかミノムシかといった姿になり果てた。


 アヤトは、わずか数秒で身動き一つ出来なくなった敵に歩み寄り、横たわったそれを軽く踏みつける。


「── 決式けっしき一転拘壊ひとくずし


 無造作に唱えられたのは、異能者の呪句・禍詞カオスコード


 彼が足をのけた後に、鎖が持ち上がり再成形され、金属機器に成り代わる。

 金属魔術が産み出したのは、回転巻上器ウインチ


 掃除用のバケツほどのドラムに鎖の一端が絡みつくと、金属魔術が起動する。


 ── ジャラララ……ッ、と鎖が勢いよく巻き取られると甲高い音。


 それに、もう一つの異音が混じる。


 ── ベキベキボキ……ッ、と堅い物が折り砕かれる鈍い音。


 包帯の代わりに鎖で巻かれたミイラの胴体の一部が、まるでコルセットで締め上げる女性の腰のように、細く引き絞られていった。


 丁度肘のある位置 ── 鳩尾であり、同時に心臓の位置 ── の胴体とその左右の腕が、首より細く締め込まれる。

 すると、ミイラは小さく震えて、一度だけ鎖の合間から血反吐ちへどを吹いた。


 そんな鎖で巻かれた敵の亡骸を、リュックのようにぶら下げられた吸血鬼が、振り子のように揺れながら、凝視する。


「これが……<二十四鬼にじゅうよんき>の例外にして埒外らちがい

 <矛盾むじゅん>の『片割かたわれ』の技ッスか……」


 戦闘訓練を受けているであろう武装した敵が、『手も足も出ない』どころか、『子ども扱い』以下だ。

 もはや、『攻撃』というよりも『処刑』と思える程の、盤石ばんじゃく殺戮さつりく手管てくだに、思わず声が震える。




 ── 二十四鬼にじゅうよんき

 それは、戦争終結からそろそろ3年がとうか、という現在にしてもなお、古参血族を震え上がらせる『列強』たち。

 彼らが、血で血を洗うような闘争を繰り広げ、この九州北部を荒らし回ったせいで、いまだに『南の地獄』などいう不名誉な別名が語られているのだ。




 肉体3分の1にされた用務員の吸血鬼は、ゴクリとのどをならし、思わず漏れそうになった畏怖の言葉を、いっしょに飲み込んだ。


(── 俺、<二十四鬼戦争>の時に『生まれ』てなくて良かったぜ……。

 これで『まだ半分』とか……

 しかも『防御担当』とか、冗談じゃねえぞ……っ

 ウワサ通りでも大概たいがいなのに、その何倍もバケモノじゃねえかっ!)




 ── そして、24あった列強の内、残存するのが8。

 彼らは、戦争の勝者・<八凶はちきょう>として、大きな勢力を誇っている。

 その中で ── つまり列強<二十四鬼>としても勝者<八凶>としても ── 最も特異な存在が、ここに居る『鎖使い』である。

 異能者でありながら、戦闘型血族の最上位と肩を並べている事も。

 <矛盾むじゅん>と呼ばれ、『例外にして埒外らちがい』と称されたり方自体も。

 『戦争』とまで呼ばれた大紛争が終わると、幻のように姿を消した事も。

 あまりに異常で。

 あまりに異様で。

 得体が知れない。




(姫様が、『鉄鎖の魔術師サブローさんを敵に回す事は死んでも許さない』とおっしゃるわけだ……)


 用務員の青年は、自らの血族・ムトウが、この列強の一角である魔術師と友好関係である幸運に感謝した。

 また、その関係構築に尽力したであろう血統主・『姫』に対し、心中でいつもより深い崇敬すうけいの念を捧げて、忠誠心を新たにする。


 その、味方すら震え上がらせる殺戮さつりくを成した、悪鬼の如き魔術師は、しかし敵を殺す瞬間すら振り返らなかった。

 彼は、拾い上げた敵の軍用ライフルを拾い上げ、あちこち観察すると、今度はそれを雑に放り投げる。


 ── カラカラカラ……と、玄関のタイルを滑り、鎖のミイラに当たって止まる、黒い軍用ライフル。


「……やっぱりコレ、警察の部隊の装備っぽいな。

 面倒めんどくせえなぁ、敵に武器なんてくれてやるなよ」


「いや、別に警察も装備をやるつもりじゃなかったと思うッスけど……。

 思いがけず奪われただけで」


「『そんなつもりなかった』とか言っても、結果は一緒だろ。

 なんだっけ、こういう敵にプラスになる失敗やるの。

 『生兵法なまびょうほうはケガのもと』だったっけ?」


「……いや、多分、微妙に意味が違うと思うッス」


「そうか……やっぱりコトワザって難しいよな。

 こういうの格好よくビシっと決めると、『おお、コイツすげえ!』みたいな感じになって、女にもモテるんだろうなぁ……」


「…………」


 ── こういうマヌケな発言は、あなどらせて油断を誘う演技なのだろうか?


 戦慄のあまり、同行者にそんな無駄な深読みをされているとは、まるで知らず。

 アヤトは、しばらくことわざや格言を思い出そうと、頭をひねっていた。


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