043▽ヒトと違う
アヤトは夕日を眺めながら、ふと、思い出したように告げる。
「そういえば、昔、アタマいいヤツが言ってたな。
『勝負は始まった時には、すでに決まっている』。
『準備と覚悟が足りてるか』、だったかな」
「何それ?」
「だから、まさに今回の失敗だろ。
── 『まさか、吸血鬼とやりあうなんて』
その『準備』と『覚悟』が足りてない警察の部隊が、やっぱり大負けしたというだけっ」
アヤトが、ハハンっ、と鼻息を漏らし、意地悪い笑みを浮かべる。
セイラは、重々しいため息をついて、少し声のボリュームを落として注意する。
「……あのね、アヤト。
一応言っておくけど、人死にが出てるんだから、笑うのはどうかと思うわよ。
関係者も近くにいるんだし」
「── バカがしくじったのを笑うなって、なかなかのゴーモンだな。
それに、指さして『バーカっ バーカっ』って言ってやるのも、ある意味優しさじゃねえの?
真剣に反省しないと、また同じ事やるぞ、アイツら」
「だから、関係者がいるんだから、止めなさいってっ
みんな反省しているわよ。
あの落ち込みよう、見たでしょ」
セイラは、言っても聞かないアヤトの肩を、ビシリっ、と叩く。
「そっちこそ、ちゃんと見てたのか?
全然反省してねえじゃないか、あの連中。
いっぺん、ちゃんと反省させた方がいいって」
しつこく主張するアヤトに、セイラはうんざりしたようで、話題を変える。
「もう、そんなの、どうでもいいから。
そんな事より、さっき『一つ目』とか言ってたわよね。
二つ目の問題があるの?」
「そりゃまあ、あるさ。
さっき言った通り、問題しかないだろ、今回の仕事」
アヤトは、肩をすくめ、口の端を不機嫌そうにつり上げる。
「二つ目の難点が、役割が多すぎる。
人質の救出と、敵を全滅って、それはまるっきり別の仕事だぞ。
いうなら、攻撃と防御を同時進行しろって事だ。
野球で、バッターボックス立ってるヤツが、ヒット打った瞬間に守備に戻れって言われても、ムリだろそれ。
誰だって1コに集中すれば、実力の80%、90%くらいは成果を出すよ。
でも、『真逆の事を同時にヤれ』って言われてもなぁ……
よほど器用なヤツだって、実力の40~50%が良いところじゃないか?」
「実力の40~50%……。
そんなもんなんだ……」
「『そんなモン』と言われてもなあ。
楠木の姉ちゃんがいくら頭良くても、テレビとラジオを同時に聞きながら全部メモ取るのは、ちょっとムリだろう?」
「……確かに、そんな
10人の話を同時に聞き分けるどころか、2人いっぺんに
電話に集中している時に、横から話しかけられるだけで、軽くパニックだわ」
──
彼の、常人離れした有能さを示すエピソードの一つとして、『十人の話を同時に聞き分け、的確な答えを返した』というものがある。
楠木セイラは、それを引用し、実体験と比較しているのだが、
「ほー、10人同時に聞き分けるとか、そのナントカ
なに、同時通訳とかする人?」
物を知らないアヤトが、言葉面で勝手な解釈をする。
『国際会議の通訳とか、色々な国の言葉を同時通訳しないといけないよなあ』という、まったくの見当違いだ。
そんなアヤトの勘違いが、予想の斜め上すぎて話についていけない楠木セイラは、眉をひそめる。
「── は?
何が、通訳……?」
彼女の軽いしかめっ面に、何かまた間違えたと気づいたアヤトは、素早く話を本題に戻す。
「あぁ、違ったならいいや……。
── で、ともかく、ウチの連中は、不器用なヤツばっかりなんだ。
『とりあえず皆殺しにして来い』って方が、指示がシンプルな分、ミスが少ない」
アヤトは、物騒この上ない事を言う。
さらに、拳銃を構えて撃つジェスチャーをして、
「── ゲームセンターで、銃撃つデカい画面のゲームあるだろ?
ほら、人質をよけて、犯人だけ撃つヤツ。
アレで、画面に女や子どもが出てき瞬間に頭を撃ち抜いて、『アレ? なんで減点されたんだろう……』とか言ってるくらいだぞ、アイツら。
ムリだよ、そもそも。
いちいち相手を判別して、敵だった倒す、人質だったら助け出す。
さらに、助けた人質を守りながら外まで連れてこい ── そんな、ややこしい事を、アイツらができるわけねえだろ。
しくじる未来しか思い浮かばねえ」
「……いや、でもあの子達も女の子なんだし、それゲームの話だし。
実際に、無関係の子どもを撃ったりはしないでしょ……?」
「あのなぁ、逆に聞くけど。
── 『なんで、迷い込んだ無関係の子どもを、いちいち生かしておかなきゃならんのだ?』
アンタもアンタで、生きた人間なんて吸血鬼のエサにしかならん、とさっき言った意味をわかってねえな。
まあ、警察のお偉いさんも、こんなレベルか。
了解りょーかい、よくわかったよ、おそらく俺が一人でやった方が早いな、これ」
まるで早々に話を切り上げようとするように、アヤトが自己完結する。
すると、セイラが慌てて問いただした。
「……ちょっと、一人ってまさか……。
アンタ、自分一人でどうにかするつもり?」
「違う違う、どういう方針でやるか決めるのを、って話だよ。
『半端なヤツに口出されるより、俺が一人で考えた方が良い』ってだけ。
── 突入する時には、ちゃんと女達を連れて行くさ」
「いつもみたいに、紅葉か楓と、ひとりふたりくらい?
でもさっき、それじゃあマズいって言ってたじゃない」
「だから今回は全員出動だ。
とは言ってもも、
「でも、今から部隊の子を呼び寄せてたら、日没過ぎになるんじゃない?」
セイラが、<DD部隊>の拠点からの距離と移動時間を計算して、少し困惑する。
しかし、アヤトは半笑いで首を振る。
「── 『もうとっくに着いてる』よ。
警察に呼び出されるとか、ワケの分からん事言われた時点で、装備持って来るように言っておいた」
「まあ、それはそれは。
だいぶん準備がいいわね、エラいエラいっ」
セイラは、少しでも
「さっき言った通り、『準備』と『覚悟』が足りないと、死ぬからな」
「…………」
しかし、そんなセイラも、アヤトに軽い口調で重い事実を言われ、思わず黙り込んでしまう。
「お役所は、『日没前、日没前』ってバカの一つ覚えみたいに言うけど、日没前だと<
となると、人間の部隊と同じで、装備と頭数をそろえないと話にならん。
夜まで待てば、下っ端の吸血鬼や魔物なんぞ、格の差で押し切れるのにな」
「それは……──」
セイラが、思わず言い訳めいた事を口にしようとすると、アヤトがそれを
「── ああ、分かってるよ。
決まったことに文句言っても仕方ない。
雇い主様に満足いただけるように、せいぜいガンバりますよ」
セイラは、小さくため息。
そして、暗くなりかけた場の空気を明るくするように、冗談めいた事を口にする。
「そうね、課長がまたビックリするような
この前の事件のあと、しばらくパニックになってて、見てて面白かったわ」
「まあどうにかするさ。
アイツら、突撃バカで後退なんてできないんだ。
そういう事、作った連中が教えてないからな。
だから、『逃げる場面で、逆に突っ込んで死ぬ』とか、そんなバカみたいな事をしないように、俺が
アヤトは、どこか安心させるような口ぶり。
省庁側の担当者と、受託業者の窓口が、そんな打ち合わせをしていると、メイド服の美女がしずしずと歩み寄ってきた。
「── マスター、準備が整いました」
「ああ、いい頃合いだ。
日が山にかかり始め、完全に沈む前。
── 『そろそろ夜だ!』ってヤツらも浮き立ってやがるだろう。
一気に終わらせる」
アヤトが、楠木セイラの前ではしなかった凶暴な笑みを向ける。
銀髪メイド・白雪は、その
「はいっ
承知いたしました」
アヤトに付き従い、去って行くメイド服の美女。
その背に、残された女性公務員が、なんとか言葉を絞り出すように、かすれ気味の声援をかける。
「── 白雪も、その…………今回は、色々大変だけど、頑張ってね」
「ええ、ご心配なく。
マスターに、日頃の訓練の成果をお見せできるのです。
部隊全員、張り切っております」
白雪は、やはり揺るがぬ微笑みと、深々とした礼を返して、去って行った。
▲ ▽ ▲ ▽
── そして。
白雪は、通信機能を備えた指揮車両として改造された、ワゴン車に入り、深々とため息。
手近な椅子に座ると、自らの銀髪を
既に、あの人形じみた微笑みをかなぐり捨てており、いかにも面倒くさそうな、情緒に
「全く、頭の悪い連中を相手にすると疲れます……。
── どうして我々を、人間などという下らない生き物と同じ扱いにしたがるのでしょう」
上官の愚痴に、車内で作業を行っていた同じくメイド服の部下達は、『また始まった』とばかりに目を合わせる。
「心があれば『人間と同じ』だなんて、バカにしているとしか思えません。
犬が飼い主の命令を聞くから、鳥が人の言葉を覚えてしゃべるから、チンパンジーが手話をするから、だからといって『人間と同じ』な訳がないでしょうに。
よほど、『人間扱い』する事がすばらしいとでも思っているのでしょうね。
進化の最終形は人間に
──
── ハッピーホモサピエンス!
──
で、ございますのね?」
そう苛立たしそうに言いながら、バンザ~イ、と両手を上げる。
「── 姉様、仕事してください」
冷たい声をかけたのは、隊長・白雪の問題行動が多すぎて半ばお目付役になってしまっている、副官の
「もうっ!
姫百合も、通信で聞いていたでしょう?
イラっとしたでしょう?
イラっとしましたよねぇ?
ほら、その胸の内を姉様だけに言ってごらんなさい?」
「ええ、先ほどからずっと。
文句ばかりで仕事をしないダメ姉に、イラっとしております」
「……もう、素直じゃない子。
ツンデレさんなのですね、可愛い……っ」
「姉様。
いい加減になさらないと、アンジェ姉様にご報告します」
「またまた。
姉思いの、愛情溢れる妹なのです」
白雪はそう言って、作業に没頭する妹の背後から抱きつき、自分と同じ銀髪に
「── それに比べて、全くあの連中ときたら。
脳みそラメ入りレインボーカラーでいらっしゃるのね。
うぬぼれも大概にしていただきたいものです。
犬には犬の、鳥には鳥の、チンパンジーにはチンパンジーの、それぞれがそれぞれの種としての誇りがあるなんて、想像すらできないお馬鹿さんばかりなのでしょう。
我々が主と仰ぐマスターは、人間の変種である異能者でしょうが、だからといって我々は人間に近づきたいとも、なりたいとも思わないのですが!
むしろ、人間と吸血鬼を掛け合わせて造られた
── あの方々には、いくら言葉を
白雪は、言っている内に感情が
「── ええ、全く困った方です」
隊長・白雪が、警察および厚労省の官庁関係者に関する
そんなコントのようなやり取りに、くすくすっ、と車内に笑みが広がる。
<DD部隊>の
吸血鬼研究の実験体として最も古いタイプである
そのため、製造時期によって世代差 ── 成長度合いは異なるが、その全てが
── 同じ顔で
── 同じ格好をした
── 全く同じようなモノ達
彼女達は、いっそ機械的なほどに、一斉に同じように笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます