042▽やさしいお姉ちゃん
私立・
武装した一団が、学園を占拠したのは、下校時刻を少し過ぎた頃だった。
9月初旬の快晴の日で、まだ日が高い時間帯だった。
それから、ずっと窓もドアも閉め切り、暗幕やカーテンで覆っているのだ。
まるでサウナか温室のような高温高湿度で、不快指数はかなり高い。
生徒室内に逃げ込んだ幸運な女子生徒達は、最初の頃は、不満や不安、ストレスで情緒不安気味であった。
だが、この真夏日に2時間以上エアコンもかけず密室に籠もっているのだ、全員汗で夏制服を肌に貼り付け、ややぐったりとしてきている。
敷きマットの代わりに段ボールを解体して広げて、その上に座り込んだり、横になって、冷却シートで額や首筋を冷やしたり、教科書やノートを
その中で、ポニーテールの女子生徒が、ボブカットの級友に耳打ちをしていた。
「……あのね、
ちょっとだけ、頼まれてくれない?」
「
……あ、もしかして?」
これからの季節、体育祭や文化祭といったイベントが目白押しで、学校が熱中病対策として水や冷却剤を大量に買い込んでおり、その一部を生徒会室に積み上げていたのが幸いした。
おかげで、熱中症の症状を出しているの生徒はいない。
代わりに、水分補給でミネラルウォーターのペットボトルを1本以上空けている生徒も少なくない。
そうなると、切実な生理現象が問題となってくる。
「……トイレ?」
「…………」
霧島と呼ばれた大人しそうな少女が、ささやくような小声で問い返すと、
「……」
「……」
二人が振り向いた先は、生徒会室の出入り口付近。
段ボールで仕切りが作られ、フタ付きの小バケツが置かれたそこが、臨時のトイレである。
「ついて行った方がいい……?」
「ゴメン、お願い。
あと、見られたら恥ずかしいから、コレ持ってて隠してくれない?」
そう言って、活発な少女が差し出したのは、彼女自身がマットとして敷いていた段ボール。
「そんな事しなくても……誰も見たりしないと思うよ?」
大人しい少女が、不思議そうに言って、辺りを見渡す。
室内の女子生徒達は、それぞれ、イヤホンを付けて音楽を聞いたり、読書をしたり、静かに救出の時を待っていた。
過度のストレスで心身を消耗したのか、横になって寝息を立てている者も少なくない。
「分かってるけど、でも、恥ずかしいの。
お願い、霧島さんっ」
活発な少女・大城の、やけに真剣な表情で頼まれ、大人しい少女は押し切られるように引き受ける。
「……うん、わかった。
非常時って言っても、やっぱり恥ずかしいよね?」
少女二人は、中腰で段ボールを運ぶと、元々の仕切りを延長するように立てかける。
すると、活発な少女は、急いで仕切りの裏に入ると、密やかな作業を始めた。
「…………」
活発な少女・
彼女が、クラスメイトの少女に段ボールで目隠しを頼んだのは、その入り口ドアのロックを外し、生徒会室の外に出るまでの間、誰にも見つからないようにするためだ。
さらに言えば、彼女はこう考えていた。
── 自分が勝手に出ていった後、みんなの安全のために、誰かにドアを施錠をしてもらわなければならない。
── いつまでもトイレが終わらない事を不審に思い、友人がのぞきこんで事態が発覚。
── その頃には、自分は既に別の階へ移動していて、連れ戻される事もない。
計画通りに、彼女・
(生徒会長、みんな、勝手な事してごめんなさい!
ゴメンね霧島さん、ドアのロックをお願いね!)
大城は、心の中で、自分勝手な行動を謝罪しながら、そっと生徒会室のドアを閉める。
「…………」
思わずため息が出る。
と、同時に、廊下の空気を涼しく感じる。
(……まだ、安心しちゃダメ。
足音を立てないように、でも出来るだけ早く移動しないと、悪い人に見つかっちゃう)
そう思いながら、人目を忍ぶ中腰の体勢をとり、
── コツコツコツ……。
しかし、すぐに、どこからか足音が響いてきた。
彼女は、慌てて近くの女子トイレに飛び込み、個室にこもる。
そして、トイレの個室でじっと聞き耳を立てて様子をうかがっていると、見回りの巡回だったのか、その足音は近づき、やがて遠のいて行った。
大城は、足音が完全に聞こえなくなって、ようやく
「まだ、下の階にも行ってないのに……。
こんなんじゃ、先が思いやられるわ……」
活発な少女は、潜めた声で独り言をつぶやき、ため息。
そろそろと、トイレの個室から顔を出し、念のため周囲を見渡す。
すると、
「そうだね。 見回りの人が何人いるかが、問題だね」
と、予想外の声が応えてきた。
「えぇ ──……っ!」
「── ダメダメ、
大声出したら、見つかっちゃうよ?」
驚きの声を上げかけたポニーテールの少女の口を、片手で
大人しそうな少女は、もう片手で『静かに』とばかりに、1本指を立てる。
活発な少女は、声を潜めつつ、困ったように問いかける。
「な、な、なんでぇ……っ?
霧島さん、ついてきちゃったのぉ……!?」
大城は、声のボリュームを抑えた代わりに、激しい表情で驚きを伝える。
級友の霧島は、穏やかな笑顔と共に、ピースサインを返す。
「さっき大城さんに、『つい行った方がいい?』って聞いたら、『お願い』って言われたから。
だから、わたし頑張ってついて来たよ。
すごく足速いから、ビックリした」
「い、いや……そ、そうじゃなくて……」
大城は、そんなつもりの発言じゃなかったのに、と頭を抱える。
彼女が、どう説明しようかと考えていると、穏やかな級友はマイペースに会話を続ける。
「ところで
下の階に行って、何かあるのかな」
「……行き先は、下の階じゃないんだ。
出来たら、向こうの校舎に行きたい……っ」
「本校舎に行きたいんだ?」
「うん……わたし霧島さんに、
「え~っと……、初耳かな。
でも、誰かから聞いたことあるかも」
霧島は、顎に指を添えて、視線を宙に泳がせる。
大城は、少し言いづらそうに、話を続ける。
「
なんて言うか、あまり家族と上手くいってなくて、学校でもそうみたいで。
普通は、あまり学校にこない子なんだ……」
「不登校?」
「そんな感じ。
ううん ── ……やっぱり、ちょっとグレちゃった感じかな。
髪染めて、夜遊びとかしてるらしくて。
でも、小さい頃は、よくウチに泊まりに来てたりしてて」
「従姉妹さんと、仲いいんだ?」
「うん。
今でも、アヤ姉ちゃんって言ってくれる。
ここ
叔父さんに薦めたんだ」
「そうなんだ」
「そう。
わたしもマコちゃんに、学校にちゃんと来て欲しいから。
だから、今日も嫌がるの、無理矢理連れてきちゃって……
……でも、こんな事になるならっ」
ポニーテールの少女は、思い詰めたように自分の手を握りしめる。
「そっか」
「だから、こうなったの、わたしのせいだから……っ
マコちゃんだけは、あの子だけは、無事に家に帰さないといけないからっ」
大城は自罰的な気分に陥りそうになったが、級友にキラキラと輝く目を向けられ、思わず毒気を抜かれる。
「── すごいねっ
わたしも従姉妹さん探すの協力する!!」
何か感極まったボブカットの少女が、ポニーテールの少女の両手を包み込むように握り、上下に大きく振り回した。
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