033▽昼下がりモラトリアム



 それから少し時間が流れ、夕暮れ前。

 私立・九州経営大学の食堂兼カフェテラスは、まだ日差しの強い西日に照らされていた


 アヤトと悪友の3人組が、午後の講義を3コマ終えたコーヒーブレイクに立ち寄ると、ピピッ、と壁掛け時計の電子音が午後6時丁度を伝える。


 アヤトは、自動販売機コーナーでカップコーヒーを片手に、口を尖らせる。


「── 昼飯の時の話だけどよぉ。

 やっぱり、納得いかねえな。

 人の物に手を出すなんて、お天道様てんとうさまに顔向けできん事だろ。

 だいたいお前らも、自分のデータ消されて黙ってるなよ」


「いや、だから相手が悪いって」


 ピンク色のTシャツを着た青年が答えると、黒縁メガネの青年が横で深くうなづいた。


「まだ言ってるのか、お前。

 意外としつこいな。

 ……まあ、長い物には巻かれろって言うからな」


「そうそう。

 あの3年生、ここの大学の理事長が親戚ってうわさのヤツだから」


 悪友二人の反論に、アヤトは荒々しい鼻息ひとつ。


「知らねえよ、そんなのっ」


「おいおい小田原、まさか覚えてないのか。

 入学式で、在校生代表で歓迎の挨拶してた3年生、さっきのアイツだよ。

 結構アタマ良くて、国立の良いところに通るレベルだったけど、親戚に気をつかって九経大ここに入ったとか。

 そんな大学運営側の関係者を敵に回して、成績とか内申表とかに響いたらメンドウだろ?」


「あのセンパイ、生真面目きまじめそうだもんなぁ。

 俺らみたいな、ふざけて笑い取るタイプと違って、ああいうの女子受け良いよな。

 絶対、中学高校で学級委員とか生徒会入ってるタイプ」


「アレだよな、中高生にワルっぽいのがモテるのと同じ感じ。

 いざとなると頼りになるとか、リーダーシップがあって引っ張ってくれそうとか」


 そんな悪友たちの言葉に、アヤトは顔を上げて、意外の声を響かせる。


「── えっ!?

 悪い奴ってモテるのっ?

 俺、モテた事ないけど!」


「あっははっ

 小田原のどこにワル要素が?」


「まあ、残当ざんとうザントウ。

 ワルとは真逆で、頼りになる生徒会長タイプでもない。

 アヤト君がモテないのは、残念ながら当然です」


 と、まったく相手にされない。


 そして、脱線しかけた話題が、また先ほどの壮麗な青年の方に戻る。

 昼食時にあの青年一行が陣取っていた、テラス席の辺りを眺めながら、雑談を続ける。


「── しかし、ああいうタイプって教師受けもいいからな。

 小田原は何も考えてないだろうが、就職活動とか考えたら、研究室ゼミの教授の口利きって結構デカいんだぜ」


「そうそう。

 なんで、みんな揃って専門学校やら大学に進学すると思ってるんだ。

 就職のためだろ」


「まあ、今の時代、履歴書に書く最終学歴が高卒じゃなあ。

 最低でも、高専とか専門学校とか」


「それに専門学校の先生や大学の教授って、あちこちにコネ持ってるんだから、真面目にやってれば就職先を紹介してくれるわけよ」


 ピンクTシャツの青年が訳知り顔で告げる内容に、アヤトは目を丸くする。


「そんな話、初めて聞いたぞ……」


「そうか?

 割と普通じゃねえ?」


「そこを考えると、やっぱり理事長の身内とやりあうのはマズいな。

 一歩間違えたら、大学中の教授や講師みんなを敵に回す事になる」


「という訳で、そこのチビすけ。

 次に会ったときはちゃんと謝っておけよ」


 ピンクのTシャツの青年が、両手を糸巻きのように回転させた後、ビシリっとアヤトを指さし『教育的指導』をする。


「……俺かよ」


「俺達は『やめとけ』って止めたのに、小田原が噛み付くから」


「……納得が、いかん」


 アヤトは自己反省を指示され、顔をしかめる。

 不服の表情で、カフェオレの紙コップをあおると、悪友2人が話を続ける。


「でもやっぱり、専門学校とか就職率が高いのをウリにしてるだろ」


「ああ、あるある、就職率が九十何%とか。

 『業界最大手!』とか『即戦力を育てる!』とか、ああいう謳い文句キャッチコピーの」


「そうそう。

 だから、卒業生の就職率が下がると、今度は学校の入学率に響くから、学校側が斡旋あっせんしてくれるってヤツ。

 うちの従兄いとこの兄ちゃんも、公務員専門学校に行って遊んで回ってたけど、先生のコネで県警に入れたからな。

 ── まあ、半年で辞めたけど」


「おいおい、根性なさ過ぎだろ。

 さすがに半年は早すぎだって」


「いやいや、マジで半端ないんだって。

 さすが警察は体力勝負っていうか、ツいビしいエえという、マジ3Kさんけいらしいよ。

 従兄いとこの兄ちゃんも『間違えて軍隊に入ったのかと思った』って言ってたし」


 アヤトも、退職までの期間の短さに苦笑いを浮かべる。


「……でも、半年はなあ。

 沢田のところの兄ちゃんも、もうちょっと、最初1年目くらい頑張れよ」


「いやいや、俺もそう思ったけど、それが違うんだって。

 半年って結構もった方だって。

 県警入ったら、最初に警察学校って所に放り込まれるんだけど、ここがマジでスパルタでスゲーらしい。

 マジ鬼教官で、毎日怒鳴られまくりの、理不尽りふじんマックスのしごき!

 倒れるまで走れとか、当たり前の世界!

 だから最初の3ヶ月とか、下手すると1ヶ月目からギブアップするヤツが結構いるんだって。

 最終的に、新人の2~3割くらい辞めるから、警察も多めに採用するって話よ」


「マジかよ……警察こええな」


 黒縁メガネの青年が、乾いた笑いを漏らす。


「まあ、警察も最近は人員不足って聞くからなぁ」


 アヤトがぼやくと、ピンク色Tシャツの青年が天を仰ぐ。


「マジかよ。

 最近ちょっと夜物騒らしいから、国家権力もっとガンバレよっ

 ヤバイ奴とかガンガン検挙していこう!」


「なんだよ、またヤクザだかマフィアだか、抗争とか始めたのか?

 この国も最近いよいよだな」


「ほら、俺らが中学高校の頃、犯罪に巻き込まれるから夜の外出禁止、とかよく言われてただろ?

 また、あんな感じになるんじゃねえの」


「…………」


 聞くともなく雑談を聞いてたアヤトの脳裏に、5年近く前の光景が甦る。

 今みたいに難しい事で頭を悩ませず、感情のままに突っ走った日々の思い出が、思わず口もを緩ませた。


「……そいつは、また、楽しみだな」


 それに激烈に反応したのは、黒縁メガネの青年。


「はぁ、何言ってのお前ぇっ!

 せっかく大学生になったのに!

 合コンとかワンナイトラブとか同棲とか、好き放題しまくりの、人生で一番ヤりまくりのチャンスゾーンだぞ!

 今しかない青春の日々、嗚呼それなのに!

 夜の外出禁止とかなったら最悪だろ!」


「そうだそうだ。

 俺なんて最近、居酒屋でバイト始めたばかりなのに、即行ソッコーでクビ切られるじゃねえか」


 ピンク色Tシャツの方も、何度もうなづく。

 そして、自分の顎に手を当て、うなるような声で続ける。


「でも最近、繁華街とかに、強面の黒スーツみたいなヤツうろうろしているんだよ。

 目があっただけで殺されるかと思ったよ、怖えよなアイツら。

 店長から『気をつけとけ』とか言われたし、絶対カタギじゃねえ」


「ああ、居る居る。

 この間とか、裏路地で誰かを追いかけてたし。

 俺が思うに、やっぱ、大陸からの難民受け入れがマズかったんだよ。

 アメリカのマフィアとかもそんな経緯で生まれたとか、この前テレビで言ってたぜ」


 取り留めのない雑談の最中、チャラリ~~~ララ♪ チャラリラララ~♪、と電子音で耳慣れたフレーズが流れる。


 アヤトが慌てて携帯電話端末スマートフォンをポケットから出して、内容を確認していると、悪友の片方が首を傾げる。


「……何だったけ?

 この、妙に聞き慣れた音は」


「替え玉じゃん。

 イチラン亭の追加注文の、プレート乗せた時の音」


「ああ……道理で。

 まあ、小田原らしいっちゃ、らしい着信音だな」


 すると、メールを読み終えた、アヤトが舌打ちを一つ。


「ちっ、呼び出しのメールだ」


「親か?」


 黒縁メガネにそう問われ、アヤトは首を振って否定。


「いや、ウチのオン ── あ、いや、近所のヤツ。

 何か急ぎの用事らしい」


 紙カップのカフェラテを飲み干し、慌てて帰る準備するアヤトに、悪友達は顔を見合わせる。


「なんだかエラい不景気な顔だな」


「友達が逮捕さパクられたりでもしたか?」


 アヤトは、近くのテーブルに投げ出していたショルダーバッグを肩にかけると、冗談めかした問いかけに、ため息を一つして答える。


「……いや、じゃねえけど。

 でも何か、ケイサツからの呼び出しとか」


「── 犯人はお前だったのか、小田原ぁ!?」


「すなおに自白しろ。

 下着ドロボーくらいなら、割とすぐ出所でられるハズだ」


「だ~か~ら、そういう呼び出しじゃねえ!」


 最後までバカな事を言う悪友2人に、アヤトは怒鳴り返した。


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