§01 学園カースト

032▽学生達のハイテク事情


 少し時間をさかのぼる ──

 ── その日の、正午過ぎ頃。


 三流大学と揶揄やゆされる事の多い私立・九州経営大学の、学食兼カフェテラスで昼食をとる男子生徒3人組がいた。


「あっちぃ~~……!

 これだけ暑いと、真面目に勉強する気にもならないな。

 サークルもない日だし、午後の授業サボって帰ろうかなぁ……」


「まったくだぁ~。

 だる~、でダコになるぅ~。

 ってか、学食のクーラー代、節約しすぎじゃない?

 いくらエコって言っても、俺らちゃんと学費払ってるんだから、そういうサービスをケチるのズルくない?」


 9月上旬の、残暑にセミの声が響く日中、冷房の利きの悪い室内で腑抜けた声が二つ漏れた。


 それにお座なりに応えたのは、中学生と間違われる程に小柄な男子大学生、小田原アヤト。


「そんなに暑いなら、海にでも飛び込んでこいよ。

 2~300m行けばすぐだろ」


 しかし、同席の悪友達から返ってきたのは、嘆息まじりの呆れ声だった。


「バカ言うなよ。

 今の時期の海って、クラゲだらけじゃん」


「おいおい小田原。

 『彼岸ひがん過ぎの海に入るな』ってのは常識だろ」


 アヤトは、せわしなくノートに何か書きながら、首をひねる。


「ん?

 たまに年寄りが言ってる、『地獄のカマが開く』ってアレか?

 迷信じゃないのか?」


「地獄のかまじゃなくて、クラゲ。

 く~ら~げ~、刺されるんだよ。

 お前、ひとの話きいてるのか?」


「知らねえよっ

 こっちは、さっきの授業の板書ばんしょまとめるのが忙しいんだよっ」


 アヤトはそう言い返すと、ダンっ、とノートを叩き、また慌ただしくシャープペンを走らせる。


「── 俺はなぁ!

 反省と改善のできる男だっ

 前期の二の舞はもうゴメンだ!

 この後期は、試験に万全に備えるんだ!

 これからはもう、再試さいしは一つも落とさねぇ!」


 アヤトの穴だらけの決意と覚悟に、悪友達から容赦のないツッコミが入る。


「いや、それもう、『再試さいし』になる前提の時点でダメだろう」


「まあ、現実が見えてる分、無闇な目標よりイイんじゃねえの……」


 今後の試験でも赤点をとる前提のアヤトに、生温かな視線が注がれる。


 そんな呆れ声を気にせず、必死にノートと格闘するアヤトの前に、磁器の白いデザート皿が差し出される。


「……?」


「ところで、アヤト。

 俺のフルーツサンドイッチいらない?

 甘い物食ったら、勉強もはかどるかもよ」


 顔を上げると、ピンク色Tシャツの青年が、ほとんど手を付けていない食べ残しを押しつけようとしている所だった。


「……なんで、そんな微妙なモンを。

 せめて、オハギだろ?」


 見るからに甘そうな、生クリームとフルーツをはさんだ二等辺三角形を前に、すでにゴボウ天うどんで満腹気味のアヤトも躊躇ちゅうちょの様子を見せる。


 ── ちなみに、アヤトが夏の最中に『おはぎ』とかトチ狂った事を言っているのは、九州北部にチェーン展開するうどん屋が、ねんがら年中ねんじゅう365日、常にデザートのアンコもちが売りにしているからだった。

 この辺りの事情を説明すると長いので割愛するが、『酒飲んだらケンカしてメンドクサイので、アンコでも食っとけ』と言われる血の気の多い県民性が関わっているとだけ申し添えておく。


「いやあ、暑すぎて食欲わかないから、ちょっと変わった物にしようかなぁ、と」


「なら自分で食えよ」


「いや、流石に昼飯には微妙な選択チョイスだった。

 生クリームが激甘でランチじゃねえ、完全にスイーツですよ、これ。

 緑茶に合わねえ事この上ねえ」


「ふ……っ

 だから素直に、冷やし中華にすればよかった物を」


 そう告げたのは、横で腕組みしていた黒縁メガネの青年。

 しかし、ピンクのTシャツの男は、軽く笑って首を振る。


「そんな事言ってたら、毎日冷やし中華になっちゃうじゃん?」


「最高じゃねえか。何の問題が?」


 アヤトが真顔で不可思議と首を傾げると、ピンクのTシャツの青年が脱色した髪をかき回す。


「問題しかねえよ! むしろ二日ふつかで飽きる最低なメニューだよ!」


「そこは、ほら。

 そうめんとか、冷やし麦とか、ザルうどんとか、冷製パスタとかで上手く調整して、飽きが来ないように──」


「── 全部メンじゃねえか! 飽きしかこねーよ!」


「……そう、か……?」


 アヤトは、激しいツッコミに、心外だと首を傾げる。


 少ししてひまを持て余したのか、あくびをみ殺した悪友の片方、天然パーマの黒縁眼鏡の方が、なんとなくノートをのぞき込んでくる。


「……さっきから、メシ食いながら何か必死にやってると思ったら、今さら板書なんて書いてたのかお前。

 思い出しながらノートを書くとか、内容が穴だらけだろう」


「仕方ねえだろ。

 講義を聞く方を集中すると、どうしても手が止まるんだよ。

 話聞きながら、板書ばんしょを書き写すとか器用な事できねえよ、俺!」


「いや、普通にればいいんじゃね?」


 そう提案したのは悪友のもう片方、茶髪でピンク色Tシャツの方。


「だから、今、必死に思い出しながら、ノートとってるじゃねえかっ」


 アヤトは、短髪の頭をかきむしりながら、怒鳴るように応える。


「……いや、その『とる』じゃなくてだな」


「ある意味、素直というか、バカ正直というか……」


 悪友二人は、顔を見合わせて、そろってため息。

 そしてアヤトに向き直ると、携帯電話端末スマートフォンを取り出す。


「── なあなあチビ君、知ってる?

 世の中には、スマホという便利アイテムがあってだな……」


「何だよ、邪魔すんなって」


「いや、いいから、こっち見ろって」


「だから、何だって──

 ──……っ!?!?!?」


 アヤトは、思いがけない物を目の前に突き出されて、仰天する。

 スマートフォンの画面に映し出されていたのは、講義中の黒板を撮った画像データ。

 QHD3840×2160画質という高性能カメラのおかげで、細かな文字まで鮮明だ。


「ちなみに、こんな物もある」


 さらに、もう一人の方が、今度は映像データを再生してみせる。

 もちろん映像なのだから、教室のざわめきと担当講師のくぐもった音声すら再現される。


「お、おおお、おっふぉほほほほぉおお……!?」


 そんな事を考えつきもしなかった、という顔のアヤトは、興奮のあまりよくわからない声を漏らす。


「いや、そんなにビックリした顔するか……?」


「初めて文明の利器に触れる原始人か、お前……」


「……こ、こんな!?

 こんな事が……許されていいのか!?」


 アヤトは、手書きでノートに記録しなければと必死になっていただけに、思いがけない解決方法に、謎の義憤ぎふんを無意味にも覚える。


「いや、いいんじゃね?」


「たまに、進学塾とか有名大学の講義とか、動画サイトに上がってたりするよな」


「だよなぁ~。

 便利な物あるんだから、使える物は使おうぜ。

 楽できる所は楽して良いだろ」


「── いいえ、良くありませんね」


 悪友二人が自慢げに掲げる携帯電話端末スマートフォンを、第三者がその両手で軽やかに取り上げた。


「講義を聞かず、動画を撮って済ませている生徒がいる。

 あるいは、板書ばんしょを書き取らず、写真で済ませている。

 教授や講師たちの中で、問題視されています。

 生徒はちょっとした工夫のつもりでも、教える側としては大きな問題ですよ」


 割って入った第三者は、壮麗な容姿の青年だった。

 何を考えているか分からない、仏像じみたアルカイックな笑顔を浮かべている。

 また、そんな笑顔が似合う整った顔立ちの、ほっそりとした長身の青年だった。


「自分の手で書く事は、学習の上で非常に大事な事です。

 目で見て、言葉を口にして、手で書いて、その三つのステップを経て初めて身につくと、そう言われているじゃありませんか。

 こういった事がエスカレートしていけば、やがて講義どころか学習の意義すら失う、とまで懸念されています」


 彼は、そんな穏やかだが説教じみた事を言いながら、勝手に端末を操作して、画像データや映像データを選択し、消去を実行する。


「── ああっ!?

 てめぇ、何勝手にデータ消してるんだよ!

 他人の物だぞ、それっ」


 穏やかな青年の横暴とさえ思える行為に、アヤトが異を唱えるが、肝心の被害者の片方、ピンクのTシャツの青年が慌てて止めに入った。


「おい、やめとけって。

 相手が悪いって……」


 そんな悪友の、やけに物わかりのいい様子に、闖入者ちんにゅうしゃの男の連れ合いらしき秀麗な男女の一団が、微笑と共に顔を見合わせる。


 ── くすくす……っ、とわずかに響いた吐息に、アヤトの悪友2人は迎合げいごうするように愛想笑いを返す。


 壮麗な青年は、その間にデータ処理を終えると、授業風景を無断撮影したデータが残っていない事を一通り確認して、2台の携帯電話端末スマートフォンをそれぞれ持ち主に返還した。


 落ち着いた雰囲気の美男子は、アヤトに視線を戻すと、さらに問題行動の指摘をする。


「それを言うなら、動画や写真の撮影を、講師や教授に許可を得ましたか?

 許可を得ていないなら、それは盗撮ですよね。

 罪は重くないとは言え、犯罪ですよ」


「いやでも!

 授業の記録をとっただけだろっ」


 アヤトが勢いよく言い返すと、黒縁メガネの悪友が言葉穏やかにだが、反論の手助けをしてきた。


「そうそう。

 肖像権しょぞうけんとかプライバシーとか色々あるけど、個人的な記録の範囲ならいいんじゃないかな。

 法律でいう所の『私的使用してきしよう』ってやつだよ、センパイ?」


「よし、そうだそうだ!

 言ってやれ、ギャフンと言わせろ!」


 アヤトが、鼻息荒く応援するが、


「その個人的記録を、今まさに共有しようとしていましたよね。

 友人とはいえ、第三者への公開やデータのやり取りは、貴男あなたの言う『私的使用』の範囲から明らかに逸脱いつだつしていますよね?」


 相手に、一蹴いっしゅうされてしまう。


「──……さて、そろそろ午後の講義の時間だなぁ……食器とか片付けるか……」


「おい、逆にギャフンって言わされて引き下がるな!

 負け犬みたいに目をそらすな!

 もうちょっと、ガンバレよ!」


「あー……こんなに良い天気だと、海とか泳ぎたくなるなぁ……」


「おいおい、自分でクラゲだらけって言ったばかりじゃねえか!?」


 一気に気落ちした悪友に、アヤトが発破をかけるが、手応えすら返ってこない。

 むしろ、虚ろな目が宙を泳ぎ、要領を得ない言動に終始する。


 意気揚々と反撃を仕掛けた結果、一撃で蹴散らされ、蜘蛛の子のように散っていくアヤト達の急造連合軍。


 そんな敵軍の醜態に、舌戦の勝利を確信した相手は、笑みを一層深くする。


「── 百歩ゆずって、記録はいいでしょう。

 でも、データのやりとりは、やはり問題となります。

 簡単に複製コピーできてしまうし、人に渡すとデータがどこまで広がるかもわかりません。

 大学には、入学料もあれば受講料もある。

 いわば、講義という有料サービスを提供する事業者なのですから、営業妨害になる事は控えるべきでしょう」


 理路整然とした、正論である。

 最後の足掻あがきとばかりに、アヤトが舌打ち。


「ちっ、学バンごときがエラそうに……っ」


 しかし、それは思わぬ難局を呼び込んだ。


「── おいっ!?

 そこのチビ、今なんか言ったか?」


 新手の青年が連れる数人の取り巻きのひとり、特に体格のいい男子生徒が反応した。

 角刈りの厳ついスポーツ青年が、ドンっ、とテーブルを叩いて身を乗り出し、不愉快そうに眉をひそめる。


「ルールをろくに守らねえくせに、偉そうなクチ叩くなよ!

 長谷部センパイに文句があるなら、俺が代わりに聞くぞぉ?

 ああぁん?」


 涼しげな半袖はんそでから伸びる腕も、開襟かいきんからのぞく胸板も、色黒くたくましい。

 角刈りの下の、三白眼が細められれば、大抵の相手が退散するだろう。


 しかし、


「── なんだテメェ、勝手に出てくるなよ!

 そっちこそ、図体デカいからって調子乗るなっ?」


 売り言葉に買い言葉とばかりに、精神の短絡性たんらくせいでは人後に落ちないアヤトが反応。

 この南国九州の、ただでさえ暑い夏の最中に、ムダに人間関係が発火し炎上を始める。


 すると慌てて、悪友二人が介入と、消火活動を開始した。


「はい、ストぉーープ!

 そこのチビやめろぉ~~!」


「すいませんね、センパイ。

 このチビ、生意気だけがウリなんで。

 ついうっかりみ付いちゃうんですよぉ、アハハ~!」


 悪友二人が、何か慣れた様子で、アヤトの口を両端からふさぎ、言い訳を始める。


「──ぅ……んっ!?

 ──んん……ふがっ!」


 いきなり両左右から抑え付けられたアヤトは、不満そうに暴れているが、自分より上背二人に押さえ込まれれば、もはやどうしようもない。


 その間にも、悪友二人の火消し活動が続く。


「そうそう。

 いままさに生意気盛りの反抗期、中学生みたいな感じなんですよ」


「そうそう、見逃してやってくださいよ。

 筋肉ムキムキで強そうなセンパイが、中学生みたいな相手にマジになっちゃうとか、ちょっと大人気おとなげない感じっスよぉ?」


 それに、長谷部と呼ばれた壮麗な青年の一言が、事態収拾の決め手になった。


「── 生武いくたけ君、ありがとう。

 だけど、例え誰かに非難されたとしても、ぼくは自分を曲げないよ」


「……ちっ

 目上への口のき方には気をつけろよ、チビっ」


 生武いくたけと呼ばれたスポーツ青年は、不満を踏みしめるように、足音を響かせながら去って行く。

 そして、壮麗な青年とその友人らが、食堂兼カフェの外に出て、パラソルのあるテラス席に陣取る。

 それを見届けて、悪友二人の口から深々とため息が漏れた。


「どっと疲れた……」


「無駄に冷や汗かいた。

 おかげで、ちょっと涼しくなったぞ……」


 しかし、怒りを発散しそこねたアヤトが舌打ち一つ。


「……くそ、なめてるな。アイツら」


 悪友二人は困ったように、または迷惑そうに、頭を抱えたり顔に手を当てたりする。


「なんでお前、そんなにムダに血の気が多いんだよ」


「ってか、勝てそうもない相手にケンカ売るのやめてくれ~」


「……悪かったよ。

 なんか勝てそうな気がしたんだよ……」


 アヤトは不服そうに、仏頂面で応える。


 三人は食べ残しと食器を手早く片付けると、午後の講義を受けるために移動を開始した。


 



//ーー作者注釈ーー//

 QHDだとか、最近のスマホのカメラ、高画質ですげぇ。

 昔とか、たしか128から始まって、640×480とかが最大画素数だった。


 あと、ストーリー構成の見直しにより、公開済みの「▲31▽ 魔が笑う夕暮れ」を順序変更して非公開化&再ナンバリング。

 代わりに、この「▲32▽ 学生達の~」 5/2_18:00 追加公開しました。

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