§02 厚労省と県警

034▽喧々&諤々



 時刻は、午後6時半を過ぎた。

 夏の夕日が、遠く見える山の稜線りょうせんにかかり始めた頃。


 小田原アヤトは、季節外れの長丈の青いウインドブレカーを着込み、異能者『鉄鎖の魔術師』と呼び名を変えて、会議の場に臨席りんせきしていた。


「── ってか、なんで俺がこんな所に……」


 アヤトは、会議席にただよう熱気とビニール系匂いに、うんざりとした声を漏らす。


 運動会の保護者席か、あるいはイベント会場の野外販売ブースのような白テント。

 それを、さらに四方をぐるりとビニール布地で囲んだ、臨時の密室が設置されていた。

 熱気と湿気がもる不快指数ふかいしすうの高いその密室の中に、長テーブルが4個と十数人分のパイプ椅子いすが並べてある。


 そんな即席の会議室の中は、暗幕を引いたように薄暗い。

 アヤトと白雪をのぞいた、出席者の大半がスーツ姿で、厳しい表情を付き合わせていた。


「── 以上が、現在の状況です」


 スーツ集団の中で最も若い、二十代の男性が資料を読み上げ、投影装置プロジェクターの映像を切り替える。


 テントの端に吊されたスクリーンが青一色になり、代わりにテーブルの上に置かれた灯火容器ランタンのつまみが回され、室内は少し明るさを増す。


 誰も口を開きたがらないような、重苦しい空気がただよう中、無遠慮に口火を切ったのは九州厚生局こうせいきょく特別防疫対策室とくべつぼうえきたいさくしつの新任課長、細山ほそやまだった。


「なるほど、なるほど。

 そちらの説明を簡単にまとめると。

 ── 女子校を占拠したテロリストどもに、虎の子の特殊部隊は歯が立たず全滅。

 後がなくなった県警けんけい諸君しょくんは、我々、厚労省こうろうしょうに泣きついてきた、と?」


 神経質な顔立ちの彼は不機嫌そうな口調で、いっそケンカでも売っているかのような挑発的ちょうはつてき台詞せりふを述べる。


 しかし、その対面側に座るスーツ姿の男5人も、スクリーンの傍で立っていた若手職員さえも、誰一人としても怒り出しもしない。

 むしろ、ハハハっと、どこか対応に困ったような微苦笑が揃って出た。


 彼らは、お互いに目配りをすると、最終的に2番目に年配の男性が、穏やかな口調で応じた。


「まあ、おおむねそのような状況です。

 しかし、細かな点を訂正するなら、事件発生当初は『テロリストとおぼしき武装勢力』であったと判断されたため、初動しょどうは我々警察が行いました。

 だが、よくよく状況を確認すると、どうもこれは『特殊伝染病とくしゅでんせんびょう罹患者りかんしゃが起こした異常行動』であったと、後々判明したのです。

 つまり ──」


 警察側の説明を引き継ぐように、細山が口を開く。


「── 本来、警察は管轄外かんかつがいの事件だった、と。

 実情は、吸血鬼どもがバカをやってるだけ。

 だから、我々厚労省こうろうしょうで対処しろ、と?」


「ええ、その通り。

 まあ、『刑事事件でない』事を考えれば、この一件は『事案じあん』と呼ぶべきでしょうか?」


「── ちぃ……っ」


 特別防疫対策室とくべつぼうえきたいさくしつの神経質な課長は、忌々いまいましいと言って聞かせるような、仰々ぎょうぎょうしいまでの舌打ち。


 明らかな嫌味のそれに、しかし警察サイドは完全に無反応。


 すると、細山はさらにとげのある言葉を吐く。


「お前達は、我々厚生労働省が『吸血鬼』と名が付けば全て請負うけおう『何でも屋』とでも思っているのか?」


 何かと言えば吸血鬼対策を押しつけられるという貧乏くじ部局の課長は、今まさに牙をむきみ付かんばかりの剣幕だが、相手は『さも当然』という表情をして一顧いっこだにしない。


特災法とくさいほうでも、伝染予防法でんせんよぼうほうでも、そのように定められていますので」


 先ほどに続き、壮年そうねんの警察官らしき人物が答えた直後、彼はすぐに思い至ったように、ポンッ、とテーブルを手の平で叩く。


「── あぁ……いや、ひとつ訂正を。

 『吸血鬼』では、ないでしょう。

 そのような非科学的なモノは、おおやけに認められてはいない。

 きちんと法令ほうれいのっとり『新型狂犬病しんがたきょうけんびょう罹患者りかんしゃ』と ──」


「── 呼び名なんぞ何でもいい!」


 苛立いらだちが積もり積もった細山課長の、その理系らしい細い喉笛のどぶえから、ついに怒声がほとばしった。


「頭のオカシイ連中が、学校を占拠しているんだぞ!

 何の罪のない子供達が! 今まさに! 捕らわれている最中だ!

 聞けば女子校と言うではないか!

 ── ならば、ゴロツキのような凶悪犯どもに、女子生徒が! 自分の娘ほどの子供が、だ! どんな目にわされているか!?

 貴様らいい大人のくせに、そんな事を考えもしないのか!?

 『警察の管轄外かんかつがいだ』と言って、何もせず指をくわえて見ている気か!?」


 ── ハァ、ハァ、ハァッ……と、彼の荒ぶる吐息だけが、臨時会議室のテントの中に響く。


 思わず立ち上がっていた細山が、荒々しくパイプ椅子いすに腰かける。


 振動が伝わったのか卓上の灯火容器ランタンの火がわずかに揺れる。

 すると会議出席者の影が、まるでおどるように揺れた。

 会議はおどる、されど進まず。


「…………」


 先ほど受け答えをしていた壮年そうねんの警察官が、『何とも言えない』とばかりにため息を一つ、そして隣の席の人物に視線を振る。

 そこに座っていたのは、警察側の最年長であり一番の上役らしき白髪の男性で、彼は手元に並べた名刺を眺めつつ口を開いた。


「── 確か、細山課長とおっしゃいましたか。

 なるほど、お怒りは、ごもっとも。

 悪辣あくらつな連中に、うら若き乙女達の心身が踏みにじられているとすれば、義憤ぎふんを感じるのも当然の事」


「だったら──」


 細山の言葉を片手を上げてさえぎり、白髪の警察官は続ける。


「── しかし、だ。

 簡単な説明で終えてしまっているから、貴方あなたは誤解されているようだが。

 我々も、血を流していない訳では、決してないのだ……!」


 白髪の上役警官は、静ながらも強い語調で告げた後、ふっと息を吐いて、パイプ椅子いすにもたれかかる。

 まるで記憶を整理するように宙に目線をやり、話を続ける。


「凶悪犯の立て籠もりと通報があったのが、午後4時50分頃。

 しかも、そこは財政界要人の子女しじょも通うお嬢様学校、私立・天峰あまみね学園。

 政治的な後押しもあり、即座に県警がようする特殊部隊・SATサットに突入させた。

 通報から、わずか四十数分。

  ── へい拙速せっそくとうとぶ。

 拙速せっそく巧遅こうちまさる」


 ── こと、軍事作戦において一番大事なのは行動の早さであり、作戦に穴があるとか、他に良い方法がないかとか、慎重になりすぎればチャンスを失う。


 孫がいてもおかしくないような、年配の白髪の上役が告げたのは、そんな意味の格言だった。


「しかし ── 」


 と、彼は続けた。


「スピード解決を目指した結果は、非常に手痛いものだった。

 突入から15分と持たず部隊は壊滅し、連絡は途絶え、隊員は1人として戻ってこなかった。

 ── つまるところ、全員死亡」


「……それ、は……」


 警察関係者の最上席の淡々とした語り口に、細山の胸で渦巻いていた激情の言葉が、のどから出る前に泡のように消えていく。


「彼らは、精鋭中の精鋭、警察官の中でも選ばれ鍛え上げられた隊員。

 未来ある若者たちであり、優秀な部下達だった。

 警察の未来を担う貴重な人材だった。

 正義感にあふれ、誰一人として弱音を吐かぬ、理想の部隊だった。

 彼らの精悍な顔が、一人一人の顔が思い浮かぶ。

 何せ、ほとんど者はこの私が、任命書を手渡したのだ。

 隊員は体力のある20代30代が大半で、幼い子供がいる家庭も少なくない。

 この件が解決した後、私は二十名近い隊員のご遺族を、一軒一軒たずねて謝罪に回らなければならない。

 ── それが、全体の指揮を預かる者として、愚かであった私が必ず果たさなければならない、重いばつだ」


「…………」


 重い言葉だった。

 あまりに重い言葉に、細山は返す言葉がない。


「我々が、自らの手で解決できるのであれば、解決してやりたい。

 犠牲ぎせいになった若手隊員達に『この手で犯人を捕らえ、お前達のかたきを取ったぞ』と……っ

 『悪をさばき、正義を遂行すいこうしたのだ』と、胸を張って墓前ぼぜんに報告してやりたい……!

 だが、我々には、それに足るだけの能力ちからがないのだ……!」


 苦渋の声だった。

 まさに苦い物を押しつぶし、絞り出すような、そんな声だった。


 言葉にした時に、平静へいせいの顔で抑えていたはずの物があふれたのか、『失礼』と言ってハンカチを取り出した警察側の上役。


 その代わりに、また壮年の警察官が口を開く。


「法令のさだめがある、それのみならず、現実的な対応能力として警察ではいかんともしがたい。

 所詮しょせん、我々は人間を、『生きた人間』を取り締まるだけの機関。

 装備も、通常ありふれた真っ当な物しかそろえていません。

 だから、それから外れた相手には対応できない。

 事実、今回の相手には、簡単に蹴散らされてしまい、手も足も出なかったのですよ」


 努めて明るく告げ、お手上げとばかりに両手を上げると、小さく肩をすくめる。

 そして、続ける。


「── 貴方のおっしゃる通り、警察が厚生労働省に後始末を押しつけるような形です。

 確かに、そうで間違いありませんが……申し訳ないが、実際、我々ではどうにもならんのですよ」


 困り果てて笑うしかない、そんな笑みを浮かべる。


 細山は、いったんつばを飲み込み、ゆっくりと穏やかに言葉を口にする。


「……そういう事であれば、ある程度は理解できた」


 そして、パイプ椅子に座り直して姿勢を正すと、長机に広げた書類の上で自身の指を絡め合わせ、両手を組む。


「……我々に果たすべき役割があり、それを期待されているのならば。

 ある程度、職務の範疇はんちゅういなかボーダーライン上とおぼしき案件でも、対応していく必要があるだろう」


「おお、やってくれますか……っ」


「我々、警察も可能な限り協力しますっ」


 一気に話が前向きになり、空気のやわらいだ会議室。


 しかし、そこにとなえる者がいた。


「── おいおい。

 まさか、おっさん、引き受ける気か……?」


 他ならぬ、『鉄鎖の魔術師』小田原アヤトだった。

 緊急事態に対応するべき会議というのに、まだまだ終わりが見えなかった。





//ーー※作者注釈ーー//

 この作品における政治・軍事要素は「なんちゃって」です。

 おかしな所があったら「作者がアホなんだな」とご理解下さい。


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