025▽地を這う墓守


 5メートル以上の上空から石床に叩き落とされ、虫のように藻掻もがいていた<模造悪魔デビル>が、ゆっくりと起き上がる。


 ―― シシ……っ シ、シシィ! 


 荒い吐息のような声。


 針金をより合わせたような硬質な肉体が、小さく震えるのは、怒りのためか。

 威嚇するように、両腕を振り回す。

 三つ叉のフォークのような右手が、石畳を削って石片を散らし、長大なナイフのような左手が、空気を引き裂く。


 しかし、それに向き合う魔術師の青年は、むしろ活きの良さを喜ぶように目を細めた。


 「さて、これで上空には逃げれないって分かったろ?

 さっさとかかってこいよ」


 ── シイィィィィ! シシシ、シ、シィィ、シイィィィ!


 魔術師が知人を歓迎するように両腕を広げると、魔物はけたたましい声を発しながら飛び出した。

 凶器である両腕を突き出し、迫り来る。


 しかしアヤトは慌てず、懐からボタン大の金属メダルをいくつか取り出し、手品師のように両手の指と指の間に一つずつ挟んで構えた。

 右手、左手、右手、左手と交互に手首をスナップ、小型銭弾メダルを一枚ずつ投げつける。


 小型銭弾メダルは、標的に迫ると魔術 によって形を変えていく。

 バシャンっと鉄が鳴り、2メートル四方ほどの鎖の投擲網が形成される。

 それが次々と、迫り来る魔物へと向かい、迎え撃つ。


 しかし<模造悪魔デビル>は、その身を絡め取ろうとする捕縛網を空中で急転換して回避。

 さらに、上下左右とジグザグに飛行して、次々と鎖の網を躱しながら近づいてくる。


「ち……っ 器用に避ける」


 5・6発避けられた所で、アヤトは攻撃方法を変更。


 両腕を広く伸ばし、翼を羽ばたかせるようにスナップ。

 2発の小型銭弾メダルを同時に飛ばした。


 左右の手が同時に放った小型銭弾メダルは、対照に弧を描き、左右から挟み撃ちする2枚一対の鉄鎖の網が形成される。

 まるで、両手で挟み込むような捕縛術だ。


 しかし、魔物もる物、流石は最上位たる<対象G>グレイブキーパー

 横幅の広いその攻撃を、間一髪で上にかわす。


 すると、別の鎖が待ち構えていた。

 魔女二人のための足場として張られていた鎖だ。


 それを、衝突寸前で左手の斬鉄ナイフで切り裂き 上に逃れると、魔物はすぐさま下降。

 アヤトが待ち構えたように、再び2枚一対の鉄鎖捕縛網を放つと、魔物は今度は石床をこする程に高度を下げてやり過ごす ──


 ── まさに、一進一退。

 お互いに、決め手に欠ける攻防だ。


 「意外と粘る……っ

 ── だったら、こういくか」


 アヤトは、感心するように小さく笑うと小型銭弾メダルを放つのを止め、持ち上げていた両手を、力を抜くようにぶら下げた。


 魔物は、魔術による遠距離攻撃を警戒したのか、不規則にジグザグ軌道を描きながら迫りくる。


 ── 彼我の距離は15メートルを切った。

 右に、左に、あるいは上下に、絶え間なく軌道を変えながら、魔物が迫りくる。


 だが、魔術師は両手をだらんと下げたままで、動かない。


 残り12メートル。

 8メートル。

 6メートル。

 5メートル、4メートル、あと3メートル!


  ―― そんな至近距離になって、ようやく魔術師の手が動いた。


 両手が跳ね上がり、親指だけで弾くように小型銭弾メダルに放つ。

 しかも、わずかな時間差で右・左と、2枚連射。

 まるで、西部劇のガンマン達の決闘技・早撃ちクイックドロウを真似たような、早業だ。


 ―― 避ける間もない至近距離。

 ―― さらに、最初の1枚目の捕縛網を切り裂いても、すぐ後に続く2枚目が、振り下ろしたナイフを振り上げる前に捕らえる。

 ―― そういう必中必縛の2連撃。


 鉄鎖の魔術士、小田原アヤト。

 その確たる技能と、敵に目前まで接近を許す胆力。

 まさに百戦錬磨というべき、戦闘経歴の精髄エッセンス


 ―― しかしながら

 ── 溺れる者はわらをもつかみ

 ── きゅうしたねずみは、猫にすらみつく


 生き延びようと足掻あがく者や、窮地きゅうちの弱者はあなどれない。


 その魔物、狂気の顔をする未亡人のような<模造悪魔デビル>は、迫る鉄鎖の捕縛網から目を外すと、斬鉄ナイフの左手を思わぬ方法に使った。


 ―― シィイイイ!!


 甲高い叫び声と一緒に、ガリガリガリ……っ、と耳障りな擦過音さっかおんが響く


 ── 魔物が石床に、ナイフの左手を突き刺したのだ。


 石床に突き刺した左手を基点に、急ターンでピンチを脱する。

 いわば、スキーで滑り降りている最中に方向転換するためストックを突き刺す事と同じような、急制動。

 石床に突き刺した左腕を起点に、魔物の身体が左に振り回され、間一髪で鉄鎖の捕縛網を躱しきった。


 しかし 、それは同時に、バイクの走行中に標識のポールを片手でつかんだような無理な状況でもある。

 高速飛翔を得意とする魔物だからこそ、その急制動で強い反動が生じ、その体をきしませた。


 ―― ゴキンっ と、左腕に衝撃と異音が響く。


 しかし、必中の攻撃を躱した代償は、さらに続く。

 魔物の細長い体躯は、突進の勢いのまま、あらぬ方向に投げ出されたのだ。

 頭から石壁へ叩き付けられる、直撃コースだ。


 「―― これも避けたか……っ だが!」


 しかし、アヤトは予想外に動きに、慌てる訳でもなく、淡々とかつ冷静に対応。

 自発事故で吹っ飛んでいく魔物の終着点を見据えて、右手をスナップ。小型銭弾メダルを一つ放つ。


 ── だが、この魔物はとことん執念しゅうねん深かった。


 <模造悪魔デビル>は、勢いよく石壁にぶつかり、軽い身体が跳ね返る。

 そこに間髪いれず、金属魔術の鎖の投擲網とうてきもうが覆い被さってくる。

 このままなら捕縛魔術で壁に押さえつけられる ──


 ―― その間にある微かな時間差に、全力を注いだ。

 片腕の破損を対価として得た、このわずかな勝機にしがみついた。


 両手 ── フォークの右手と折れた左手を使い、石床を全力で押す。

 つまり両腕を足代わりにした変則的なジャンプで、己自身を宙高く跳ね上げる。


 そんなガムシャラな足掻あがきで、間一髪で鎖の捕縛網をかわすと、ねじくれた尻尾のような『脚』で壁を蹴り、背泳ぎのような上下逆転した体勢で反撃に転じる。


 ―― シャーーーーっ!!


 蛇の威嚇いかく音のような絶叫と共に、月面宙返りムーンサルト状態から伸ばされたフォークの右手。

 長く鋭く大きく開いた三本爪が禍々しく輝く。


「── がぁ……っ」


 腹部を突く衝撃に、アヤトのうめきが漏れる。

 黒い巨大なフォークが、青い魔術士を腹をえぐり、ね飛ばした。





//ーー作者コメントーー//


更新予定のストック切れてたの忘れてました(反省)

……

…………

ストック切れとか、5号機(4.5号機)みたいでエモいよね(ダメ人間)


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