§07 決式

021▽待ちぼうけ2人


 男は、『特災対策本部』と印字された垂れ幕を付けた白いテントの隙間から、夜空に伸びる巨塔を見上げながら、口を開いた。


「本州にいた頃は、西日本の<御角みすみネット>とか、<塔破者バベラー>とか、馬鹿げた制度と思っていたが。

 異能者とはいえ、きっちり頭数をそろえて運用するという点では、まだ九州の無策の突撃バカよりマシだったのかもしれないな」


 その嫌みったらしい男のつぶやきに、非難めいた女の声が応える。


「突撃バカって……流石に言い過ぎでは?」


 仮設事務所につめる、厚労省の特別防疫対策室の二人、細山課長と部下の楠木セイラだった。


「そうだな、死人の悪口は言うなど、品性が疑われるな。

 ただ、こんな迷惑をかけられれば、むしろ、こちらが恨みで化けて出てやりたいくらいだ」


「……いや、まだ、死んだと決まった訳じゃ……」


「かもしれん。

 だが、時間の問題だろう。

 付き添いのあの営業君が、腕利きの異能者でもなければ ── そうだな、例えるならば、関東守護の幹部クラスでもない限りは」


「その、関東守護って、アレですよね。

 なんとかっていう、日本最大の異能者チームとかいう」


「なんとかではない、<巨龍>ニーズホッグだ。

 関東一円の異能者ほとんどを統括する、日本最大級の異能者の連合体。

 役所とつながりがないから、詳しいことは全く流れてこないし、耳に入るのは噂レベルだ」


 細山課長は、女性部下である楠木セイラの無知を責めるような、冷たい目を向けるが、すぐにどこか諦めたようなため息を吐く。


「まあ、噂だけあって、尾ひれ背びれも多いだろうが。

 宮内庁くないちょう直轄だの、『にしき御旗みはた』だの……っ」


 細山は自分の言葉を、あり得なすぎる、と首を振って否定し、続ける。


「例えば、日本最大の吸血鬼連盟・<御角会みすみかい>も手が出せない事から、『月下の覇者』などと呼ばれているとか。

 かつて、幹部の何人かは、北日本の吸血鬼を狩って回っていたから、今でも恐れられているとか。

 東京近辺に<天祈塔バベル>が発生しないのは、連中が陰陽術だか密教の秘術だかで、土地を清めているからだとか。

 ── 確度の高い情報として、<巨龍>ニーズホッグ幹部の何人かは、高等級ランクの吸血鬼に匹敵するような、すさまじい戦闘力を持っているらしいが。

 だからといって、あまりに大仰だ。

 大仰すぎる。

 話半分どころか、さらにその半分で丁度いいくらいだ」


 神経質な男性上司は、馬鹿馬鹿しいと頭を振る。


「高等級ランクの吸血鬼に匹敵するって事は、さっきの課長の話からすると、その異能者たちはミサイルくらいの威力の魔法が使えるって事ですよね。

 自動車くらい簡単に吹っ飛ぶんじゃないですか?」


「自動車どころか、民家一軒くらい、余裕だろうな。

 アンダーなどと呼ばれる、低等級ランクの吸血鬼など、灰も残らないレベルだろうな」


「なんていうか……。

 もう、それ人間技じゃないですよね」


「あくまで、ごくごくひと握りの話に過ぎない。

 異能者の大半は、そのアンダーという低等級ランクの吸血鬼どころか、最低等級ランクの魔物と大差ないはずだ。

 あの少年、鉄鎖の魔術師だったか、彼だって超能力者というよりは、『種のない手品ができる』だけの人間だと考えた方が適切だろう。

 むしろ、毎日身体を鍛えている分だけ、職業軍人の方がよほど屈強だろうよ」


 細山は、鼻で笑い、軽く否定する。

 対して、セイラは顔なじみを思い浮かべ、心配そうに目を細める。


 「…………。

 今日もなんか眠そうだったし、大丈夫なのかしら、あの子たち」


「まあ魔物も、 ── ああ、こっちでは<対象Cクリチャー>と呼ぶのだったか? ── それも、等級ランクの上下で戦力がかなりのばらつきがでるが、最上等級ランクの魔物とかなると、下手な吸血鬼よりも強力になってくるからな」


「魔物って吸血鬼の下僕なんですよね。

 それなのに、吸血鬼より強いとか、おかしくないですか?」


「逆に、弱いと困るだろ。

 魔物の存在意義が、吸血鬼や<天祈塔バベル>を守るガードマンのような物だと考えれば、主人より秀でる部分があってもおかしくはない。

 兵士より王や女王の方が強いなんて本末転倒、ボードゲームの中でしかあり得ない」


 細山は、一度言葉を切って、ひと呼吸。

 そして少し真剣味を増した顔をして、ボリュームを上げる。


 「中でも、<牛頭巨人ブルヘッド>と呼ばれる個体は別格だ。

 まさに牛人間と言うべき外見で、身長は7メートル強。そんな巨体のくせに、素早さは野生の獣並 ── 例えて言えば、二階建ての家が時速40キロで突っ込んでくるような物だ」


 「いや、ちょっと、それ……魔物というより、もう恐竜とか何々ザウルスってレベルでしょっ」


 「楠木も中々うまい事を言うな……確かに、パニック映画に出てくる恐竜みたいな物だ。

 生身では勝ち目のない、もはや戦車か戦闘ヘリに任せておきたい、生きた戦闘兵器みたいな奴だが。

 まあ、今回は安心していい、『この<天祈塔バベル>には出現しない』 。

 まず、6階層程度では出てこないからな。

 10階層以上に成長したバベルでしかお目見えしない、いわば『レアキャラ』だ。

 だから、バベルは10階層未満で破壊しないと、やっかいな事になる」


 新任課長が、部下に、覚えておけとばかりに念押す言葉を告げた。

 楠木女史は頷くと、質問を上げる。


「なんかもう、<牛頭巨人ブルヘッド>でしたっけ、それと出くわしたら全滅確定みたいな感じですね。

 戦車とか持ってくるしかなさそう」


 「権丈けんじょうがどうにかして手に入れた米軍の資料では、歩兵20人で対応できるらしい。

 だが正直、内容に疑問が残る」


 上司の微妙な言葉に、楠木は首を傾げる。


 「ああ、もしかして。

 実際には普通の兵士ではなく、精鋭20人とかじゃないと無理って事ですか?」


 「いや、というよりも……。

 例えば、『<牛頭巨人ブルヘッド>に隊員20人であたれば、死傷者が半分以上出るが、ほぼ確実に倒せる。 ―― だから20人で征圧できる。』 という意味ではないかと深読みしている。

 米国もそうだが、普通の国は、吸血鬼対策は軍部の仕事だ。

 兵士の補充などいくらでも効く軍隊であれば、多少の犠牲があっても、躊躇ちゅうちょしないのだろうが……」


 細山は言葉を切って、深々と溜息。そしてコーヒーをまた一口。自嘲混じりの苦悩の言葉を続ける。


 「日本政府こっちは、自衛隊にも警察にもさじを投げられ、『狂犬病に似た症状の感染症』 なんてこじつけで厚生労働省われわれに押し付けられているだぞ。

 だからこっちで、そんな戦績は、大量の犠牲を前提とした作戦など、困るんだよ。

 予備隊もない、補充人員もない、限られた装備と人員でやりくりしなければならない。まさに無い無いくしだぞ?」


 男は愚痴ぐちじみた言葉を口にしながら、頭が痛いとばかりに、こめかみをむ。


 「怪我人ばかりで出動できないとか、人員不足で初動が遅れて大惨事とか、そんな事態になったらどうするつもりだ?

 一歩間違えれば国家レベルの危機だぞ。

 この状況を、霞ヶ関かすみがせきの脳腐れ共や、バカ政治家どもは、本当に理解していのか?

 なんで、伝染病の検査所くらいがせいぜいな、我々厚労省の防疫部門が、戦闘部隊の指揮なんてお門違いな真似をしなければならいないんだ。

 そもそもの体制からして、大間違いだろう。

 軍部文官支配制度シビリアンコントロールは、事務屋が戦闘の指揮をとるなんてぶっ飛んだ意味ではないはずだぞ」


 役所内の面倒事の押し付け合いの挙げ句、割を食った部署の、新任課長の愚痴が止まらない。


「そもそも、実戦経験の豊富な米軍の精鋭ならともかく、平和ボケしたこの国の部隊なんかが、恐竜じみた体格の猛獣と檻の中でデスマッチができる程に根性が座っているか、大いに疑問だろ?

 俺なら、ライオン相手でも、外聞もなく泣いて逃げる」


 「それは、確かに……」


 「大体、人間なんて犬にすら負ける生き物だぞ?

 素手でではない、銃をもっていながら、犬に負けるんだ。

 アメリカじゃ、銃を振りかざす凶悪犯が警察犬にあっさり倒されるなんて、珍しくもない」


 細山は、ひと呼吸して、続ける。


「── そもそも、ちょっと想像すれば分かるだろう?

 暴走したバスみたいな物が突っ込んできたら、人間にできるのは、神に幸運を祈るか、あるいはみっともなく逃げ回るだけ。

 運良く頭を打ち抜いて即死させても、それで敵が急停止するわけでも、スマホゲームのモンスターのように、ドロンと煙のように消え去る訳でもない。

 マシンガンもバズーカ砲も、どんな武器を持っていても意味がない。

 兵士が10人いようが20人いようが、吹っ飛ぶボウリングのピンがいくら増えるかというだけだ」


 「……そういう魔物が、10階層より上にはどんどん出てくる。

 だから10階層を超えさせてはいけない、ってみんな言うんですね。

 でも、今までも10階層超えた例はあるのに、どうやって対応したんだろう。

 そんなに被害でた事ないみたいなのに」


「楠木も詳しい内容は把握はあくしていないのか」


「だって、私はアレですよ。

 たしかに課長よりは先に居ますけど、今年配属になったばかりで、権丈けんじょう課長にただついて回ってただけで。

 前任の担当者も、病気休養とかで、詳しい引き継ぎなんてしてもらってないし。

 基本的に、DD部隊との橋渡しだけで、実務は向こうに任せておけ、ってしか言われてないので」


 セイラもまた、半ば愚痴のような説明。

 細山も肩をすくめ、処置なし、という言わんばかりの息を一つして、別の事を口にした。


「……例えば。

 本州で<天祈塔バベル>対策を受けもつ、御角みすみネットでは、そういう相手には吸血鬼が対応する事になっている。

 つまり、戦闘チームが二種類あるんだ。

 有能な ── つまり戦闘能力の高い ── 異能者をかき集めた、数多くの戦闘チームの総称が、塔破者バベラー

 そしてそれ以上の能力を持つ、人型兵器と言っていい次元の戦力である、高等級ランク吸血鬼だけで構成された精鋭チームが、流血の赤ロッシ

 低等級ランクの魔物は頭数で対応し、高等級ランクの魔物には精鋭部隊を差し向ける。そういう、二段構えだ。

 ── もしや権丈は、これを参考にして、DD部隊とハウンド部隊の二重構造を作ったのか?」


 細山は外を眺めるように視線を外す。

 あるいは、前任者・権丈けんじょうの赴任先である、長崎の方を向いているのかも知れない。


 「でも、米国の資料からすれば、兵士20人で倒せない事はないんですよね?

 そしたら、装備さえ整えれば、例えば、ロケット砲ですかね、そういう強力な武器を使えば、倒せないわけでもないんでは?」


 「まあな。

 その可能性はある。そもそも、兵士20人がサブマシンガン並べた一斉射撃ができれば、なんとか殺せはするんだろうから。

 DD部隊の魔女達は、高等級ランク吸血鬼ほどに高い戦闘力を持たないが、それは装備で補える。

 また、吸血鬼の特性で瀕死からも快癒する事を考えれば、部隊員の損耗が少なく運用に支障がでにくい……。

 権丈けんじょうが<DD部隊>を導入した狙いは、そこなのか……?」


 特別防疫対策室九州支部の新任課長は、前任者の辣腕らつわんな割に人畜無害然とした顔を思い浮かべて首をかしげた。




//ーー ※作者注釈 ーー//


 この作品の軍事や政治要素は「なんちゃって」です

 おかしな所があったら「作者がアホなんだな」とご理解ください

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