§06 塔の巨怪
019▽空白の4階層
<
「また、魔物の姿がないです……。
── さ、さっきみたいに隠れてるんでしょうか……っ」
椿はそう言うと、3階での<
姉の背に隠れながら長柄を抱きしめ、不安そうに左右を見渡す姿は、まさに臆病そうな小ウサギといった所だ。
「……ん、んー……?」
訝しむような呻き声を上げたのは、アヤト。しん、と夜の墓場のように暗く静まりかえった広間を見渡しながら歩み出た。
彼は、青いウインドブレーカーの懐にテキストをしまい、代わりのその本より多少大きな金属部品を取り出す。
鈍色の金属で出来た直径30センチくらいの車輪のような物。いや、大きさや形状からすれば、船の
アヤトがフードを目深にかぶると、その金属輪は彼の手から浮き上がり、後頭部の後ろ10センチに浮遊して、ゆっくりと時計回りを始める。
青い長丈のウインドブレーカーに 全身すっぽりと覆われた小柄な青年は、回転する時計盤か歯車のような金属輪を従えて、漫然とした足取りで広場の中心に向かって歩き始める。
中世の魔術師めいた姿と、その緩やかに順路をたどるような歩みは、なにか宗教儀式めいていた。
「── わわっ
なんか、蜘蛛の糸みたいな物が……っ」
椿が身体を震わせ、不意に肌をくすぐった何かを払いのけようとする。
「それ、マスターのセンサーよ。
『マスターの手であちこち触ってもらってるぅ、ラッキー☆』 とでも思っておきなさい」
妖艶な姉バニーの冗談めかした言葉に、純真な妹バニーは顔を赤くして首を横に振る。
「なんだかそれ、違うと思います……」
およそ2、3分ほどだろうか。姉妹が声を潜めて雑談していると、小柄な青年がフードを脱ぎながら戻ってきた。
「……わからん」
アヤトは首を傾げ、あごを撫でる。
「── 妙なんだよ、この階。
試しに
まるっきし魔物の気配がない。かといって、ワナが張ってあるようでもない。
何がしたいんだコレ……?」
小柄な魔術士は、不機嫌と不可解の中間のような半眼で告げながら、自分の後頭部に浮いていた鈍色の金属輪を掴む。すると、一抱えはある操舵輪のような物体が、まるで手品のように 、一瞬で手の平サイズの金属メダルと入れ替わり、難なく懐にしまわれた。
しかし、彼のその熟練の手品師のような所業も、連れの女性2人からすれば見慣れた物なのか、特に驚いた様子もなく問答が続く。
「私たちより先に、誰かが退治したとか?」
「んー……何というかなあ……
魔物って
まあ、目に見える物じゃねえけどな ── 鼻にはつく」
アヤトは、紅葉の問いを首を振って否定し、自分の鼻を指し示す。
そして再度、辺りを見渡す。
岩石やアスファルト、電柱、木材、煉瓦、屋根瓦、ガードレールなどを無作為に取り込み構築された塔の4階層の壁面を、視線が一巡。
薄暗く墓場のように静かなホールは、前の階に比べれば多少天井が低いくらいしか、目立った特徴がない。
彼は、不可解、とばかりに首をひねった。
「そういうのがまるで無いんだ ── まるで、最初から空き部屋だったみたいに、魔力のカスすら感じない……」
「ひょっとして……私たちの強さにびっくりして、逃げ出しちゃったんでしょうか?」
危険がないと知って少し表情の明るくなった椿が、希望的観測を口に出す。
「── あら?
<
あのくらいで、天狗みたいに鼻高々になってるなら、へし折ってあげないといけないかしら……っ」
紅葉は口元だけ薄く笑いながら、不出来な妹の鼻に中指でしたたかに弾く。
「ひゃぁっ やめて下さい! 隊長が言うと冗談に聞こえませんっ」
椿は思わぬ強撃で赤くなった鼻を押さえ、涙目でアヤトの後ろに回りこんで彼の背中にしがみつく。
幼さの残るバニーガールの少女は、その薄着から肌寒さでも感じたか、ぶるり、と身体を小さく震わせた。
「── あの、マスター……問題ないなら、次に行きませんか?」
何かもじもじとし始めた椿は、控えめな声をアヤトに向ける。
「んー……」
「ねえ、マスター……」
「椿ったら、いきなり急いでどうしたの?」
やけにせかす妹に、姉が問いただす。
「え、いや、その……ほら、マスターもあの 『サイシ』 とかで忙しいのに、急がなくていいのかなぁ、と」
「ん、んー……なんか微妙に、気になるんだよな。この感じ……」
ぼんやりとした表情のまま、アヤトが前後左右をくまなく見渡す。
「マスター、まだですかぁ……?
もう行っちゃいましょうよぉ~」
焦れたのか、少女が登り階段の前でうろうろし始める。
「まあ、そうだなぁ。
答えのでない事を気にしても仕方ないか……」
アヤトが諦めのため息と共につぶやき、階段へと足を向ける。
アヤトが再びテキストを読みながら歩き始めると、その後ろに紅葉が続き、椿は跳ねるような足取りで階段を先行する。
「マスター、早く早くぅっ」
彼女の、追えば跳ねて逃げていく様は、まさにウサギのような軽快さだ。
「── 椿は何で、急にやる気になってるんだ?」
「う~ん……早く終わらせて、早く出たいって所じゃない?」
少女の今までないやる気に、アヤトと紅葉は首を傾げる。
「── あれ、これってドア……かな?」
先に次の階層についたらしき、椿の訝しむ声が聞こえる。
「ドアって
そんな物、<
「さあ?
── おい、妙な物に触れるなよっ」
紅葉とアヤトが顔を見合わせて注意を告げた時、椿はまさに扉でも押し開こうと、手を伸ばしている最中だった。
階段を上り詰めた先に、待ち構えていた5階層の広間への入り口をふさぐ大扉。人間の背丈よりも巨大な雄牛の顔を
それを少女が恐る恐るとした手で触れる寸前で、その扉が消失し、彼女は思わずたたらを踏んだ。
「── あっ」
思い切って押そうとしていたのか、椿はバランスを崩して広間に飛び込んでいた。前につんのめること
「わわ……っ」
なんとか踏みとどまって、椿が顔を見上げると、そこに先ほどの扉 ── 雄牛の巨大顔が、少し位置を変えて待ち構えていた。
「なんか、勝手に開いちゃいまし ──」
── ブシューーーっ、と突然、風が吹き出す。
少女のつぶやきをかき消した風は、妙に生臭い。いや、ケモノ臭い。
椿が驚いて一歩後退ると、目の前の巨大な扉は、さらに上へ上へと移動していく。
「え?」
それを見上げて、ようやく少女は気付いた。
彼女が、 『精巧な牛顔の彫刻が刻まれた扉』 だと思っていた、それは ──
── 『扉だと勘違いする程に、巨大な顔』だったと。
── それ程に 『巨大な怪物』 であると認識する。
そんな予想外な現実に直面し、呆然と見上げたまま、固まってしまう。
「あ──」
少女が何か口を開く前に、風をうならせる巨大な物が降ってきた。
「つばきいいいぃ!」
慌てて階段を上ってきた紅葉が何をするよりも早く、10代半ばの少女の身に、その身の丈と同じくらいの巨拳が迫る。
── バァンっ、と爆ぜるような音が響きわたった。
少女らしい
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