§04 赤目の女たち

011▽紅色モノローグ



 街は夕闇に沈んでいた。

 そこは新興住宅地らしく、それ特有の規格品じみた2階建て家屋が規律正しく整列した、どこを見ても同じような画一的な町並みだった。


 あるいは、昼であれば白亜はくあ煉瓦模様れんがもようや木造やコンクリート外壁など、規格品なりに個性と差別化が見て取れるのかもしれない。


 だが、今この時、夕焼けの赤い光と夜の黒陰が塗り重ねられる時刻には、全てが単一色の薄暗い朱色に染まりつつあった。


 そんな没個性的なモザイク模様のなかで、一つだけ、唯一無二の強烈な個性を放つ建築物があった。

 同じ背丈で仲良く並ぶ新興住宅地の中において、飛び抜けて巨大な建築物が一つ。

 それは、死血のような赤褐色に染まった雲と町並み、その双方を、天地を繋ぐかのようにそびえ立つ、巨大な塔。


 ── <天祈塔バベル>。


 古い神話ちなんで名付けられたという、巨大 『自然物』だといわれる。


 日本政府は、これを 『スパイラル隆起現象』 だと発表した。

 月の ── 月が砕けた事が原因の ── 引力異常が引き起こす、突如と地面が螺旋状に隆起する現象。

 マグマ流の変化や、地殻の異常、天然ガスの局地的な噴出など、 様々な要因が絡み合っているとされ、学者達の中でも見解が分かれていて発生条件がはっきりしない、謎の多い突発性の災害。


 ── と、『なっている』。

 『表向き』は。


 真実を言えば、これは 『建築』 物。

 すなわち、 『被造物』 なのだ。


 彼女は、一歩そこに足を踏み入れ、小さく吐息を吐く。

 いくつもの感情が交じり合った末に、一度心を落ち着けるため、体の中に生じた熱を逃がすような吐息だった。


 『彼女』 は、ここを ── <天祈塔バベル>を踏破とうはするために、人に作り出された存在だ。

 人ならざる者。

 しかし、人にたモノ。

 ここ、<天祈塔バベル>の主人と同じように。


 そして、ここに捨てられた。


 壊れたから。

 使えなくなったから。

 不良品で破損品スクラップだったから。

 故障だらけで正常動作しなくなったから。

 そして、処分するのさえ面倒だったから。


 「いくら魔女とはいえ、火あぶりの処分よりも、名誉の戦死の方が本望だろう?」


 そんな心のこもらない言葉と、嘲笑を、最後のはなむけとして、捨てていかれた。


 最後に見たのは、同類達の赤い瞳。

 わずかに揺れる瞳の奥に、憐憫れんびと、諦めが見えた。

 きっと彼女たちには、横たわる自分の姿が、やがて訪れる己の未来と思えたのだろう。


 置いていかないで、と声も出す事もできず、すがるように手を伸ばす事もできず。

 例え、そんな事をした所で、誰も助けてくれないと分かりきっていた。


 ── そもそも、当時は『助けを求める』という行為すら思い浮かばなかった。


 ただ穏やかな絶望と、鈍い痛みと、震えるような寒さの中で、意識は闇に落ちた。


 あれから、1年以上経っても、未だに忘れる事のない記憶。


 ── そして。


 彼女は、再度、吐息。

 思わず息が震え、ほおに紅潮と笑み。


 ── そして、今の主人に拾われた。

 『か弱い』 、 『女の子が』 、 『傷ついて』 、 『かわいそう』 だったから。

 そんな理由で。

 彼女のそれまでの人生では、まずあり得ないような理由で。


 いや、その程度を 『あり得ない』 と言ってしまえば、もはやそこから先を表す言葉がなくなってしまう。

 それからの未来、今日までの出来事は、笑ってしまうほどの、『あり得ない』 の連続だったのだから。


 実際に、思い出し笑いをしながらも、彼女は記憶を振り返る。


 ── 『笑う』と言えば、一番笑えたのは、やはり主人のあの台詞。


 「大体、こんなのは俺の役どころじゃねえんだよ。

 そうだろ?

 『お姫様』 を助けるのは 『騎士ナイト』 だったり 『王子様』 だったり……。

 あるいはシュウトみたいな真っ直ぐな奴、それか兄貴みたいに愚直な 『正義のヒーロー』 とかであって……間違っても 『魔術師』 じゃねえよ。

 だいたい『魔術師』 ってのは、自分勝手な他人様に迷惑しかかけない悪党で ── おとぎ話とかじゃ 『魔法使い』 なんて悪い奴だろ、普通」


 いつもの、あの愛想の無い顔で、居心地悪そうにつぶやく主人は、その行いに反してあまりに威厳がなくて。

 本人に言えば、きっと機嫌を悪くするだろうが ── 口を尖らせて言い訳するように言うから、いつも以上に子供っぽくて。


 だから、みんな、思わず笑ってしまった。


 「……あの、隊長?」


 横に来ていた部下が、不安そうな顔で覗き込んでいた。

 彼女は、思いがけず、思い出に浸っていた事を反省し、緩んだ口元を引き締める。


 三つ編みを尻尾のように垂らす黒髪の妹の頭をなでて、紅葉は ── そんな 『女』 としてのなまえをもらった今の彼女は ── はげましの言葉を口にする。


 「さあ、今日は貴方あなたのデビュー戦。

 ご主人様マスターのために頑張るのよ」


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