012▽バベル第1階層


 「結晶形成クリスタライズ打撃槌ハンマー


 少女が呪文じみた言葉を唱えて、多段伸縮の金属棒を伸ばし、捻って固定する。その先端に巨大な ── 人間の頭くらいの大きさがある ── 涙滴型の半透明な結晶が形成され、金属棒は 戦闘用槌ウォー・ハンマーに変化する。


 「外装駆動Jドライブ強化装甲形態アーマー・モード


 続いて唱えられた呪文 ── いや、合言葉キーワードにより、羽織っていたロングジャケットが シルエットを変え始める。バニーガールのような身体に密着したインナーを覆い隠すように、白いジャケットが膨らみ変形して、 『鎧』 が展開する。

 まるで中にプロテクターでも仕込んでいるかのように、両肩は菱形に膨れ、また肘から先は巨大な籠手のように肥大する。

 また、スリットの合間からタイツの脚線を覗かせていた、ジャケットの下部が両脚に絡まる。細い白帯が両足に3本ずつ巻き付きながら膝下へと下り、ブーツに接続。

 白いエナメル光沢を持つジャケットが、まるで拘束具のように全身に巻き付きながらも、所々をプロテクターとして膨らませる。


 完成した『鎧』 ── 外装駆動Jドライブ強化装甲形態アーマー・モード ── は、身体のラインを強調するように密着しており、防具プロテクター革装束ボンテージを混ぜ合わせたような印象 だ。


 いわば、『燕尾服の代わりにロングジャケットを着たバニーガール』 から、 『ボンテージっぽい扇情的な装甲に身を包んだ女悪役』 に衣装は変化したものの、着込む少女の中身までは変わらない。


 どこか自信のない仕草で背後に振り返り、おどおどと、不安そのものの口調で尋ねる。


 「あ、あの……本当に、私一人でやらなきゃダメですか……?」


 セミロングの黒髪を三つ編み風にまとめた少女・椿が振り返る先には、ハンモックのような鎖の網をベンチ代わりに腰掛けた一組の男女の姿。


 片方は、必死さのただよう目つきで、教科書テキストにかじりついているアヤト。

 そして、そんな彼にしなだれかかり、心地よさそうに身を預けて目を閉じている、黒髪の妖艶なバニーガール・紅葉。

 少女の言葉に反応したのは、女の方。


 サングラスを外して赤い瞳をのぞかせると、安息の時間を邪魔されたような不機嫌さで答えた。


「当たり前でしょ。

 貴方も、そろそろ戦闘経験の一つでも積まなくちゃ。

 椿ぐらいよ、<対象Cクリチャー>とまともに戦った事もないなんて」


「で、でも……その、私だけじゃないですよ。

  『ハク』 の子達は、みんな<天祈塔バベル>に入った事もないって言うし……」


「白雪達と比べても仕方ないでしょ?

 白系統ハク・シリーズ は、そもそも戦闘力が低いから後方支援バックアップが専門。

 でも椿は、私や楓と同じ、接近戦闘特化の紅系統コウ・シリーズ

 マスターは、私たちが傍にいる限り守ってくれるって言っているけど、それに甘えてばかりじゃダメよ?

 最低限、自衛くらいはできないと」


 紅葉は、妹分を厳しく突き放しながら、再び目を閉じて、隣に座る少年に身を寄せる。

 しかし切羽詰まった様子のアヤトは、妖艶美女のすり寄られても気づいていないのか、あるいはよほど余裕が無いのか、教科書を開いては閉じ、虚空を眺めながら指折り暗唱 を繰り返して、暗記に努めている。


「それに、見ての通りマスターも忙しいの。

 できるだけ貴方一人の力で切り抜けてみなさい」


「ううぅ……」


 姉のとりつく島もない厳しい態度に、椿は戦闘用槌ウォー・ハンマーを抱き寄せながら、しぶしぶ向き直る。


 バベルの塔内部は、階ごとに広い円形の広間になっている。

 その一端にエレベーターシャフト程の白い石柱があり、その一部に黒い線が生まれ、ずずず、と重い物をずらすような音が響く。

 扉だ。柱の正面に扉が生まれ、左右に開き始めた。


 石柱の扉から現れたのは、白い骸骨の群れ。

 骸骨に赤い眼光を宿した白骨の亡者達が、剣と盾を持って、隊列を組んで現れたのだ。

 まさに魔物と呼ぶに相応しい一行が歩み出し、カタカタと、骨を鳴らす。


「<骸骨闘士グラディエーター>ね……意外と素早いわよ。 気をつけなさい」


 後方から飛ぶ姉の忠告に、椿は緊張のあまりうなずくこともできない。

 紅葉の忠告の正しさ証明するように、骸骨集団の先頭をいく一匹が、一気に駆けだした。

 漂白されたかのように白い骨でできた闘士は、鉄製の盾と剣を持つとは思えない身軽さで、高々とジャンプ。数メートルを落下する勢いのまま、剣を振り下ろしてくる。


 ── カァァンっ、と硬い音が鳴り響く。


 本来なら、回避するべき大ぶりな攻撃だが、初めての戦闘で身を固くしている椿には、防御する事さえ精一杯。

 なんとか戦闘用槌の柄で骸骨の剣撃を受け止めるが、そのまま2度3度と打ち続けられると、受けきれずに体勢を崩してしまう。


「ひぃい……っ」


 尻餅をつき、早くも半泣きの妹の醜態に、紅葉は呆れのため息。


「あー、もー……

 緊張でガチガチじゃない」


 年上のバニーガールが、妹であり部下である少女の無様な様子に、さて助言をすべきか、あるいは自力で切り抜けさせるか、頭を悩ませていると、近くに大きな音が響いた。


 その、ガシャンっ、と大きな音と共に着地したのは、一体の白骨戦士。

 その魔物は、こちらまで驚異的なジャンプ力で一気に移動してきたらしく、膝立ちから立ち上がり、剣と盾を構えると、脅すようにカチカチと歯を鳴らしながら進み出る。


 しかし、対するバニーガール姿の美女は、恐れるどころか、迷惑そうに半眼を向けると、両手を上げて伸びをしながら立ち上がった。


「ふう、仕方ないわね」


 紅葉は、切羽詰まった様子で教科書を読み続けるアヤトを振り返って、一歩進み出る。


「マスターの邪魔になると、困るものね。

 ── 外装駆動Jドライブ強化装甲形態アーマー・モード


 彼女は肩をすくめた後、小さくインカムにつぶやくと、ロングジャケットがボディアーマーのような装甲に変化するのを待たずに、走り出す。

 真っ直ぐに、白骨の魔物、<骸骨闘士グラディエーター>の元へ。

 向かってきていた魔物は、突進してくる敵に反応して足を止め、迎撃のため剣を振り上げる。

 振り下ろす剣の切っ先は、ウサギ耳を付けた黒髪の艶やかな、女の頭部。


「遅いわ」


 しかし紅葉は、上段斬りを難なく回避。ターンで左に避けると、魔物の片手に装備された円盾につかみかかる。

 魔物は、盾と片腕を引っ張られて、わずかに抵抗するが、それよりも白い装甲の展開を終えた紅葉の攻勢が上回る。


「せいっ ── やぁっ」


 気合いの発声と共に、両手で掴んだ盾ごと魔物を引き回し、引っこ抜くように頭上まで持ち上げると、それから横回転で振り回す。

 丁度、陸上競技のハンマー投げのように、4回転5回転と旋回で振り回し、そのまま斜め上へと放り投げた。

 魔物は、20メートルは優に吹っ飛び、後続の仲間を巻き込むように着弾する。

 ぶつかり合った二体の魔物は、バラバラに砕けて、白骨の体も四散。頭蓋骨が割れると、それに宿っていた赤い眼光も消え去り、そのまま沈黙する。


「さて、うちの子は……って、まだ鍔迫り合いやってるわね」


 紅葉は装甲を解いてロングジャケットに戻すと、やむを得ずにアドバイスを飛ばす。


 「── 椿、刃物に意識がいきすぎ!

 それより、<対象Cクリチャー>本体を狙って。

 とりあえず、思いっきり蹴飛ばしなさい」


 <骸骨闘士グラディエーター>に半ば押し倒されるような体勢で、つばぜり合いをしていた三つ編みの少女は、巴投げの要領で倒れながら両足で蹴飛ばす。


 「わかりました……っ

 ── え、えーいっ」


 ── ボンっ、と妙に軽い音と共に骸骨が吹っ飛んだ。

 骨だけという軽量さもあってか、敵は10メートル近く横っ飛びに飛ばされ、頭から地面に叩きつけられると、ガラガラと崩れ落ちた。


 「や、やった……?」


 「ほらね。

 私たち 『D・D』デミドラ には、外装駆動Jドライブ筋力強化パワーアシストがあるのだから、この程度の対象Cクリチャーなんて敵じゃないのよ。

 安心して叩き潰しなさい」


 「はいっ」


 自分の力が通じる事に自信を得たのか、気弱な三つ編み少女は涙目をぬぐい、戦闘用槌ウォー・ハンマーの柄を握りしめた。


 「とりゃーーっ

 えりゃーーっ」


 そして、向かってくる骸骨集団の先頭に、どこか気の抜けるかけ声とともに、戦闘用槌を振りかざす。

 初撃は、大ぶりすぎて難なく<骸骨闘士グラディエーター>の鉄盾に防がれるが、間断なく続く3撃目、4撃目が敵の体勢を崩し、剣を持つ腕ごとなぎ払う5撃目が、魔物の頭蓋もろとも打ち砕く。


 「隊長、マスター! やりましたっ」


 「ほら、よそ見しない。

 次よ、次」


 嬉しそうにピョンピョン跳び跳ね、黒髪の三つ編みを揺らす少女に、紅葉は冷淡に指示する。

 椿は、難なく3体目の<骸骨闘士グラディエーター>を打ち倒すが、続く4・5体目に左右から挟撃され、また垂れ目に涙を浮かべる。


 「ひっ そんなっ

 二人がかりなんてずるい……っ」


 左右から交互に繰り出される剣の、その鈍色の煌めきにおびえているようで、明らかに腰が引けている。


 「何をしてるの、早く離脱して距離をとりなさいっ

 一体ずつ、順に処理すればいいだけよっ!


 再び、紅葉の厳しい叱責しっせきが飛ぶ。


 実戦慣れしない椿のたどたどしい挙動に、何度か紅葉の指示が飛び、そのたびに少しずつ動きの硬さが取れてくる。


 直線的な動きは素早いものの左右への反応が鈍い骸骨闘士を、外装駆動Jドライブ筋力強化パワーアシストにより人間離れしたスピードの横ステップで撹乱し、ジャンプや突進と共に繰り出される敵の剣撃を躱し、カウンターで白骨の体を砕き、時には敵のお株を奪うかのような跳躍攻撃で叩きつぶす。


 ようやく訓練通りの成果を見せ始めた妹に、黒髪ロングの姉は満足そうにうなずく。


 「マスター、どう?」


 紅葉が、鎖のハンモックに腰掛け、しなだれかかりながら少年に問いかける。

 すると、彼は苦虫を噛みつぶすような顔で一言。


 「やべえ……っ

 まだ、試験範囲の半分も頭に入ってねえ……」

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