010▽ムーンストライク
月が砕けて、
── 『月』とは本来、満ち欠けするもの。
生と死、破壊と再生 ── そして、永遠と不滅の象徴だった『月』。
それが、壊れた。
ある日、突如として、破壊されていた。
気がついた時には、既に欠落していた。
上弦側の3割ほどが割れ崩れ、無数の破片が砕け散っていた。
── 月の崩壊。
誰もが不滅と信じてきた存在が、何の前触れなく破損してしまった。
その
夜空を仰ぎ、呆然と立ち尽くす者。
涙ながらに神仏にすがる者。
我先にと、避難を開始する者。
政府や研究者の責任を追求し、また無能と
オカルトめいた学説や、神仏の教えを説いて回る者。
予言や神話を根拠に、世界の終わりや人類の滅亡を主張する者。
流言や社会不安から、自暴自棄を起こす者。
まさに、世紀末の有様だ。
新聞やニュース番組では、『月』の文字が席巻。
社会不安、経済の低迷、失業、倒産、流通の停滞。
食料や衣料品の不足、買い占め、略奪、暴動。
非常事態宣言、軍隊の出動、戒厳令、抑圧への不満。
── 社会不安が、混迷にさらなる拍車をかける。
天変地異。
人心騒乱。
日本も、アメリカも、ロシアも、アジアも、中東も、オセアニアも、アフリカも、ヨーロッパも。
また、南極で最新機器を用いる観測隊も、太古と同じ生活を続ける先住民も。
あるいは、民主主義も、社会主義も、先進国も、発展途上国も。
すべからく、同様に。
空を見上げられる全ての人々が、恐れ戦き、震え上がった。
誰も彼もが、地球の最後だ、人類滅亡だ、と不安にあおられ浮き足だっていた。
▲ ▽ ▲ ▽
だが、そんな状況は長続きしなかった。
なぜなら、いつまで経っても世界の終末が来なかったからだ。
『もうすぐ、もうすぐ』とお経のように繰り返された『地球最後の日』 『人類滅亡の瞬間』 『世界の終わり』 は、結局のところ来なかった。
1週間が過ぎ、2週、3週と経っても。
いつまで待っても、やってこない。
1ヶ月、2ヶ月、半年、1年、と年月が経っても。
その気配すらみえない。
徐々に徐々に、人々は熱狂から冷めていった。
確かに、月の崩壊は、有史以来の大異変だった。
しかし、空も、海も、大地も、火山も、いままでと同じ様子で変わりがない。
大量の隕石が落ちてくる事も。
大津波が世界を洗い流す事も。
大地が裂け大陸が大変動する事も。
大噴火のマグマで焼き尽くされる事も。
何一つとして、起こらない。
いつになっても、予兆すら見えない。
── そもそも、地球に最も近い星である、月の影響は非常に大きい。
その最たる自然現象は、海の
月の引力は、動植物の生活リズムや、産卵や出産などのタイミングにさえ影響を与えていう説もある。
だからこそ誰もが、月の崩壊が、地球に破滅的な影響をもたらすと信じて疑わなかった。
── しかし現実として、月が砕け半ばほど欠けた所で、地球上に大きな変化は無かったのだ。
大異変から数年間、学者や研究者達が必死の調査に明け暮れた結果によれば(そもそも発表された時点で、年月が過ぎすぎていて、大半の人間は聞き流すだけで大きな話題にもならなかったが)潮の流れ、海の満ち引き、大規模な大河で起こる逆流現象、それらに伴い行われてきた動植物の習性や行動 、それらは今までとは少しずつ変わっていき、やがて今と全く違う物へと変化してしまうと言われている。
おそらく 『千数百年ほど先』 には。
『百年以内』、遅くとも 『数百年以内』 と言われる地球温暖化の海面上昇よりも、ずっと
結局の所、月が砕けたところで、日々の生活にまるで影響がない。
そういう『現実』が徐々に明らかになると、誰も彼もが 『月』 から興味を失っていた。
人々は、天変地異という『非日常』から、つまらなくも平穏でありふれた『日常』へと戻っていた。
こうして、世界中が月から関心を失った。
そして、その無残な姿に慣れていった。
誰もが、砕けた月と、まき散らされた破片の群れを、見慣れていった。
夜空に輝く歪な形の月が、当然の物として
10年20年と時が流れるにつれ、 『もともと月は丸かった』 などという年寄りの昔話に、半信半疑の顔をする世代も出始めた。
それはつまり、月本来の姿を忘れ始めたという事なのかもしれない。
── だから、だろうか。
こんな
── 『満月』 に祈れば、願いがかなう、と。
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