008▽新任課長



 「新しく九州支局の特別防疫対策室とくべつぼうえきたいさくしつの課長に就任しゅうにんした、細山ほそやまだ」


 神経質そうな、細面の男性が、どこか不機嫌な表情で名乗った。


 アヤト達が乗った白いミニバンが現地に到着し、警察に誘導されながら対策本部と書かれたテント前に下ろされる。

 すると、既に数人の白衣の男達が待ち構えていた。

 その中でも、おそらく上役であろう男が、一人歩み出てきて、そう告げたのだった。


 「ええっと……前の課長さんは?」


 アヤトが、『鋭い』 というか 『険しい』 に近い眼光に気後れしながら尋ねると、新任課長は眉間にしわをよせながら、ぶっきらぼうに答える。


  「権丈けんじょうは ── 前任の権丈けんじょう君は、先月いっぱいで長崎の方へ異動になった」


 細山課長の目がちらりと、西の方へ ── 長崎県方面なのだろう ── 動いた。

 アヤトの目線もつられて動き、遠い湾港に沈む夕日が一瞬目に入る。


 「それで?」


 無愛想で、端的な声を出したのは新任課長の方。


 「……?」


 アヤトが話の流れが読めず首をかしげていると、細山はゴホンと咳払せきばらいを一つ。

 それに慌てたのは、一歩引いていたスーツ姿の女性、セイラだ。


 「── あ、……ああっ!

 ええっと、彼が<DDディディ部隊>の実質的な窓口になります、『鉄鎖てっさの魔術士』 です」


 「ああ……」


 アヤトが、自己紹介を促されていたのか、とようやく気付き、片手を差し出す。


 「どうも。よろしく」


 「………………」


 しかし、アヤトの差し出した握手の手には応じず、細山は別の事を口にする。


 「前任者の権丈けんじょう君は、九州支部が長かった」


 「はあ」


 「そういう事は、公的機関の人事としては、あまり好ましい事ではない。

 人間関係の固定は、中立性や公正さをそこなう事が多い」


 「はあ……?」


 「部外者とのいなど、最も避けるべき事だな」


 「………………」


 どこか嫌み混じりの言葉と、握手の手を険しく一瞥いちべつする目線に、アヤトもうっすらと理解する。


 (このおっさん、握手すらイヤなのか……)


 アヤトが収まり悪く手を引っ込めると、流石に見かねたのかセイラが口を挟む。


 「課長……お言葉ですが、彼らは、<DDディディ部隊>は我々厚労省の<外部協力員エージェント>ですよ?

 特災事案とくさいじあんの解決には、彼らのような専門家の協力は不可欠かと……」


 「より正確に言えば、

 ──『厚生労働省の支局である九州厚生局きゅうしゅうこうせいきょくの、さらに一部署に過ぎない特別防疫室とくべつぼうえきしつ』の、<外部協力員エージェント>だな。

 どこに目や耳があるか、わからん世の中だ。

 こんな妖しげな連中が、まるで『国家の信任しんにんている』ように受け取れる不適切な表現はひかえるべきだぞ、楠木」


 「妖しげな連中、って……っ

 課長、それは流石に言い過ぎではっ?」


 「──正直に言えば、だ。

 私は、新たにこの九州支部の特別防疫室とくべつぼうえきしつを預かる事になった、この私・細山は、実働部隊は<猟犬ハウンド部隊>だけで十分ではないか、と考えている。

 彼らは、我々と同じ厚労省の『人間』であり、格闘術・射撃術、突入・強襲・制圧の専門訓練を受けた、精鋭中の精鋭、『我々の部隊』だ。

 戦力として申し分ない事は当然として、機密保持や、綿密めんみつな連絡、協力体制、隊員個々人ここじんの使命感、そういった諸々もろもろを考えれば、やはり役所内部の人間こそが適切だと思わないか?

 どうだ、楠木。

 さらには今回のように、呼び出してもいつまでも来ないなどという、緊張感のない連中など。

 まったく……、信頼度にかくぜつ絶とした差がある、としか言いようがないな」


 「……しかし、その<猟犬ハウンド部隊>だけでは手が回らない『現実』があるからこそ、<DDディディ部隊>に委託を行っているのが『我々の実態』です」


 「理解できん。

 何度聞いても、な。

 何故、我々には必要な実行力をもった部隊がありながらも、何故、高い金を払ってまで 『米軍からお払い箱になったような連中』 を使ってやらねばならんのだ?」


 「ですから、それは ── 」


 「── 『<猟犬部隊ハウンド>には<猟犬部隊ハウンド>の役割、<DD部隊デミドラ>には<DD部隊デミドラ>の役割が』、か。

 聞き飽きた話だな。

 上層部うえ融和ゆうわ路線で、部隊の一本化を目指しているらしいが……

 現場を知らん連中の妄言もうげんだな。救いようがない」


 細山は辛辣しんらつな体制批判をしながら、アヤトと彼に付き従う一団を一瞥いちべつして、あらためて眉をひそめた。


 それも仕方ないだろう。

 何せアヤト達は、お堅い役所の人間から見れば 『不真面目だ』 と怒ってもしかたないような格好をしている。


 おとぎ話の魔法使いのように、青い丈長のコートで、フードを目深にかぶった少年が1人。

 その後ろには、メイド服と、バニースーツの女達が2セットずつ。

 もはやハロウィンの仮装か、学園祭のコスプレとしか言いようがない。


 少なくとも、避難指示が出されている非常時や、警察や消防が慌ただしく駆け回っている現場では、まったくもってつかわしくない格好であるのは間違いなかった。


 細山は、彼らの姿には言及げんきゅうしない代わりに、小馬鹿にするような鼻息を一つ。

 そして、女性の部下に向き直る。


 「本州の惨状を ── <御角みすみネット>の現状を見てきた私からすれば、『危機感が足りない』 としか言いようがない。

 そもそも、『人間ではない者』に金と権限を与える事の意味を分かっているのか?

 感謝感激の涙を流し、『今後も忠義にはげみます』 とでも言うと思ってるのか?」


 侮蔑ぶべつ嘲笑ちょうしょう、あるいは呆れ果てたとばかりの苦笑。

 そういう負の感情の色をまるで隠す気も無い新しい上司に、楠木セイラはため息。


 「……はぁ……例え、それが正しいとしても、今この場で言う必要があるとは思えません。

 それとも課長は、『彼らを帰らせて、別件に当たっている<猟犬ハウンド部隊>を呼び戻せ』、とでもおっしゃるのですか?」


 ── そんな悠長ゆうちょうな対策が採れる状況ではないはずだ。

 そう言外に告げる部下に、上司は渋々と引き下がる。


 「ふん……確かにな。

 手が回らない現状では、例え『猫の手』であってもだ、使える物は使わないといけないな」


 そう言うと、すぐに細山はスーツの上に着込んだ白衣をひるがして背を向け、一瞬だけアヤトに目線を振った。


 「どういう手筈てはずで<天祈塔バベル>を片付けるつもりかは知らん。

 だが、逐次ちくじ報告だけは欠かさずお願いしたいものだな」


 半ば言い捨てるように告げると、そのまま本部テントに引っ込んでしまう。


 それからしばらくして、ようやくアヤトが口を開く。


 「…………何言ってるのか半分くらいわからんかったけど……

 とりあえず、新しい課長さんが難儀なんぎな人だってのは分かった……」


 「……私が頭痛い理由、分かったでしょ……?」


 アヤトの単調なつぶやき声に、セイラが応えると、二人はそろってため息をついた。


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