§01 赤点王と赤目のバニー

001▽さまようバニー


 ── ミーンッ ミンミンミンッ


 街路樹から聞こえるセミの大合唱が、陽炎かげろうの立つ夏の熱気を、さらに鬱陶うっとうしいものにしていた。


 南国・九州の夏は、今年はまた一際だった。

 そのためか、昼下がりの街中を行き交う人々は、男女ともに薄着と汗をぬぐう姿が目立った。


 そんな焼けるような炎天下に、季節外れの白いロングコートを羽織はおった女性が2人。

 しかも、サングラスをかけていてもそうだと分かる、整った顔立ちだけに、周囲の関心を買っていた。


 ── カツカツカツ……と、少し急ぐような足取りで先行する妙齢の女性へ、その背を追う少女。

 よく見れば、血のつながりを思わせる、似通った顔立ちだ。


「た、隊長……その、本当にいいんですか?」


 どこか迷った末に発せられた声は、おどおどと、気弱そうだ。

 端正な顔立ちをサングラスで半分隠した少女は、場違いな所に迷い込んだかのように、不安そうに周囲を見渡している。


 ── カツンッ と、規則正しく響いていた靴音が止まり、先を歩いていた女性が問い返した。


「何が?」


 隊長と呼ばれた妙齢の女が振り返ると、コートの白い生地を押し上げる豊胸が、たわわに揺れた。

 年上の女性が少し前かがみになると、コートの襟からのぞく胸の谷間が、いっそう際立つ。


 少女は、急に覗き込むように顔を近づけられて、驚いたように一歩下がる。


「何がって……。

 マスターから勝手に来ちゃダメって、言われてるじゃないですか?」


「そう……?」


 言われて上司の女性は、鮮やかなルージュの引かれた口元に手を当て、黙考。


 付き従っていた部下の少女は、上司が腕を組む事で持ち上げられた、豊かな双丘に目が行き、小さくうめく。

 白地に赤いラインの入ったジャケットに半分隠れていても、うらやましい程のボリュームは少しも隠されていない。


「そうですよ!

 マスターが、『無闇に人前にでるな』 とか言ってたじゃないですか」


「そうだっけ?」


 年上の女性は、思い当たる所がないのか、小首をかしげた後、別の事を口にする。


「── これを昼間に着ると、流石に暑いわね……」


 妙齢の女性は、そんな事をぼやきながら、羽織っていたロングコートを脱ぎ、脇にかかえる。

 するとその下の格好が、明らかとなった。


 ハイレッグカット水着のようなコルセット・ウェアと、脚線を鮮やかにする網タイツ。

 さらに、頭に2本の突起が付いたカチューシャと、豊かなヒップラインの上に白い綿毛のワンポイント。


 ── そう、バニーガールである。

 しかし、正規フォーマルのバニーガール・スタイルから外れている所も少なくない。


 ハイヒールの代わりに、かかとの高いロングブーツ。

 整った美貌を隠すように目元を覆う、ゴーグル型サングラス。

 ウサ耳というよりアンテナのような頭飾り。

 さらに、その頭飾りには、通信機インカムのヘッドセットなのか、ヘッドホンとマイクも付いている。


 会員制クラブの女給服ユニフォームというより、何かの仮装服コスプレのようでもあった。

 だが、どちらにせよ、日中の街中を歩くには、目立つ格好に違いない。


「う……うぅ……っ」


 10代半ばの少女は、周囲の奇異と好色が半々の視線を浴びて、白いロングジャケットの前袖を合わせるように、両手で握りしめる。

 どうやら、気恥ずかしそうにしている少女の方も、白いロングジャケットの下は、同じような格好らしい。


 少女は、上司にだけ聞こえるような小声で、苦情を漏らす。


「……な、なんでこんな所で脱ぐんですかぁっ」


「なんでって……暑いからじゃない。

 フゥ……早く片付けて、えたビールがみたい……」


 妙齢の美女が気怠けだるげなため息と共に、セクシーな格好で享楽きょうらくな台詞をつぶやいた。


 彼女は、豊乳を強調するように腕を組んで、ちらりと周囲を見渡す。

 通行人達は、魅入られたように凝視する者と、気恥ずかしそうに目線をそらす者にわかれた。


「フン……」


 彼女は、小さく鼻を鳴らして、口元を歪めた。


「……の視線を集めた所で、面白くもないのね。

 血のにおいも、あまりそそられないし……」


「── た、隊長ぉ……っ

 ダメですよ、そんな事を人前でいっちゃぁ……っ」


「大丈夫、誰も聞いてないわよ。

 ── それにしても、マスターがそう言ったの?

 『人前にでるな』って?

 へぇ……コレ、独占したいのかしら?」


 妙齢の美女は自身の肉体を見下ろし、悪戯に微笑みながら、腰を左右にくねらせる。


 肩紐のないセクシー水着のようなボディスーツに包まれた、豊かなバストとヒップがたわわに揺れて、肉感を主張する。


 ── うぉぉ……っ と、周囲にざわめきが起こった。


「や、や、や、止めて下さい……っ

 他の人たちが見てますってばぁ……」


 年下の少女は、そんな急なセクシーモーションを慌ててて止めに入った。

 そして、周囲の好奇の目から隠すように、両手をバタバタと振り回す。


「別にこのくらいを見られた所で ──

 ── あ、でも、マスターに 『外で、色々な男に見せつけてきた』 とか言ったら、怒られるのかしらね?」


 妙齢の美女は、今度は急に機嫌が良くなる。


「……なんで、怒られるのが、そんなに嬉しいんですか?」


「フフフッ、冗談よ、冗談。

 ── でも、マスターが『人前にでるな』か……。

 本当にそんな事言ってた?」


 美貌のバニーガールは、進む足取りも軽く、そのスキップじみた歩調に合わせて、美しい黒髪も跳ねた。

 そして、白い綿毛の尻尾飾りのついたヒップラインも、豊かに弾む。


 (同系統なのに、不公平だ……)


 発育で悩む同性の部下でなくても、思わず目が行ってしまうほどの存在感を主張していた。


 部下の少女は嫉妬混じりの羨望を覚えていると、上司は軽く長い黒髪を揺らすように小さく頭を振り、肩をすくめる。


 「そう言えば、この前、風呂上がりにかえでとビールで乾杯してたら、『そんな格好で人前に出るなよ』、とか言われたような……?

 あの時は、二人ともバスタオル巻いただけだったわねぇ……」


 妙齢の美女は、赤いハイレッグ・ウエアに包まれた豊胸を持ち上げるように腕を組んで、首をひねる。

 しばらくして、ポンと手を打ち合わせた。


「── ああ!

 アレって、もしかして『嫉妬』?

 だとしたら、意外とカワイイところあるじゃないっ」


「……よくわかんないです。

 ── ねえ、隊長ぉ、もう戻りましょうよぉ……っ」


 少女が小走りで追いつき、年上の女性の片腕を捕まえる。

 だが、それも簡単に振りほどかれ、代わりに鼻先をつつかれる。


「何を言ってるの、これは緊急事態。

 柔軟かつ迅速に行動しないとね」


「でも……。

 みんな、呆れたような目で見てましたよ?」


「そうね、本当に呆れるわ。

 あの男、こんな緊急時に携帯電話ケータイの電源を切ってるなんて、何を考えているの?」


「いやアレは、ルンルンで飛び出てきた隊長に呆れてたんだと思います、きっと……」


 年下の少女は、上司のあからさまに誤魔化すような言動に、微妙な表情をする。

 そして、物言いたげな表情だった、メイド服姿の銀髪美女の生真面目な顔を思い返した。


「……あのぉ、隊長?

 マスターの事を『あの男』なんて、みんなに怒られるんじゃ……」


「── ん、なんで?

 ウチの部隊で『男』ってマスターだけなんだから、いいじゃない?」


 部下の忠告に、上司は不思議そうな表情をするだけ。

 肉感的なバニーガールは、すぐにきびすを返して、規則的な歩みを再開する。


「ねえ、隊長っ

 大人しく車の中で待ちましょうよぉ。

 これ以上目立つと、きっと怒られますよぉ」


 白いコートを着込んだ少女は、呼び止めるように声を上げた。

 しかし、水着じみた格好の上司は、振り返りもせずに応える。


 「でも、マスターったら全然電話に出ないんだから、呼びに行くしかないでしょ?

 もう、出動要請から軽く1時間は経つのよ」


 美人上司は、こうと決めたら譲らないようで、部下の再三の制止を当然のように一蹴。


「……うぅっ

 なんで部隊うちの隊長格って、性格に問題があるヒトばかりなのかなぁ……」


 少女は、困り果てたように眉を下げ、そんな事をつぶやく。

 そして、黒髪を後ろでまとめた三つ編みを、まるで尻尾のように弾ませて駆け出し、慌てて上司の背を追いかけていく。


 隊長と呼ばれる女性が、レンガブロックの門の中へと入っていくところだった。


 ── 私立・九州経営大学。


 バニーガールの美女に次いで、白いコートの美少女がくぐった門には、そう刻まれた大理石の表札が掲げられていた。





//── 作者コメント ──//


2020/01/13 変更点

 ・内容を微訂正

 ・ストーリー順番入れ替え 004 → 001 




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