第30話 漂流12日目 8月29日
もう全員が体力も無く夜の回漕も限界に近づいてきたように感じます。
オールを漕ぐ力もなくなってきたし、なにより艇長の私が掛け声をかけても全員が一定のリズムで漕げない様になって来たのです。
周りの二隻のカッターも同じような状況でした。
オールが規則正しく操作されていないのがすぐにわかりました。
カッターというものは「力」も大事ですが漕ぐ人間の息が合っていなければ非常に難しい乗り物です。
しかしそれは健康な状態の人間に要求できることで、満足に飲むことも食べることもできない我々がここまで続けてきたのが奇跡のように思えました。
毎晩見える南十字星が今日はことのほかきれいに輝いています。
「もう少し。もう少しだ」
自分にそう言い聞かせる私はその日夢を見ました。
子供のころの夢で佐賀の田舎の家でおばあちゃんと一緒に朝ご飯を食べているごくごく普通の風景の夢でした。
朝ごはんは白い米と味噌汁とお漬物だけでしたが今の私にとってはすごいご馳走でした。
夢から覚めると
「なんでもない生活がなんと貴重だったことか」
と普段ぜんぜんありがたいと思わなかった陸地や水、粗末な食事さえもが今となってはなんと遠い距離にあるのかしみじみ実感したのです。
もうこの頃には「お腹と背中がくっつく」と言う表現がぴったりの状況になってきました。
すなわちお腹が減っても「グー」と言う音すら出なくなっていました。
他の隊員も皆同じことであったでしょう。
いや彼らは漕ぐ仕事がない私以上に酷い状況であったと思います。
「もう少し!あともう少し」
そう信じて今夜もカッターは進むのでした。
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