第22話 漂流4日目 8月21日
この日以後は小林大尉の命令どおり食料を節約して朝は乾パンを1つだけ食べるようにしました。
「たったこれだけか」
「子供じゃああるまいし」
小声でそのような不満を聞いた私が声の聞こえたほうを向くと隊員はあわてて下を向きました。
その後乾パンを食べたものから順番に眠りにつきました。
昼間は暑いのでカッターの底にもぐりこんでなるべく陽が当たらないようにして寝ますが、スコールが来たときは全員が大きな口をあけて上を向いて水分の補給と体や頭を洗います。
着ている軍服は当然ずぶぬれになりますがスコールが去った後の直射日光でものの30分もすれば乾きましたので、このことだけはありがたかったです。
服が乾いた後はまた深い眠りにつきます。
夕食時にもう1枚乾パンを支給しますが食べ盛りの若い人にはなんの足しにもならない量です。
しかし私にとっては足元の樽の中身がどんどん減っていくのがまるで寿命のともし火が減っていくように感じられました。
突然誰かが叫びました。
「おい!時計がとまったぞ!」
その声に続いて
「あ、おれの時計も止まっている!」
私も自分の腕時計に目を落とすと防水加工されていない当時の時計ですからすでに止まっていました。
しかしこのことは私の中では想定内でしたので
「ついに来たか」ぐらいにしか感じませんでした。
ここでみなさんに質問です。
このあとの回漕は24人が一時間ごとに交代で行いますがどのようにして時計のないわれわれは1時間を計ったのでしょうか?
答えは指を使ったのです。
兵学校で天体観測の授業で知っていた知識が役に立ったのです。
腕をまっすぐピンと伸ばして手のひらを下に向けて次に親指が下になるように軽く手首を立てます。
力をいれずに自然に開いた指は親指と人指し指との間が約15度になります。
そして、皆さんもご存知のように地球は24時間で一回転します。
すなわち。「360度÷24時間=15度」となるのです。
さいわい夜の回漕ですから星はよく見えます。
水平線上に目標の星を一個決めてその星が親指から人差し指まで移動する時間が1時間なのです。
夜になり星が出てきたらまた回漕が始まりました。
10時間の回漕でどのくらい走ったかがわからなくてこの先何日同じ作業を繰り返すのか話題になりました。
計画では1日10時間で30マイル(約48キロ)を漕ぎ12日で600キロを踏破する予定でしたが角度が違っていたらその分距離が長くなります。
幸いこの日は風が出ていたので回漕を中止してオールに軍服の先を結んで帆に見立てて帆走することができましたが走行距離がわからないのは同じです。
2日間連続でオールを漕ぐと人によってはきのうできた豆が破れて血が出て固まり、さらにその上に新しい豆ができた者もいました。
全員が朝が来たことを確認して豆で痛む手をかばうようにして夜に備えて眠りました。
全員の中に昼間は夜間の回漕に備えて睡眠、夕方から回漕という日課が定着しました。
しかしいくら漕いでも夜間に見えるものと言えば月と満天の星空と星座、あとは夜光虫がカッターの周りに漂うだけで何も変わり映えもしない毎日です。
夜間回漕時に
「本当にこの方向で大丈夫かのう」
「わしら反対方向に向かっていてもわからんのう」
「あー腹減ったー」
と不満とも文句ともつかない言葉がささやかれ始めました。
しかし軍隊という組織は上官の命令は絶対ですので、いかに不満であれオールの手を緩めることはできません。
最初は空腹でおなかが鳴っていましたが4日目ともなるとかえって空腹すぎておなかもならなくなりました。
しかし全員の顔からはあきらかに空腹と疲労のためのストレスが目立ってきました。
私はこのころから隊員の、「息抜き」が必要だと感じ始めたのです。
このままだと我々指揮官に向けられる内部の不満が爆発して最悪の事態が発生すると感じたのです。
カッターを寄せて小林大尉にその旨を伝えると大尉も同じことを考えていたようで「松永、明日の昼寝は抜きだ!そのかわり海水浴にする!」と言われたのです。
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