第17話 名取撃沈


8月18日午前2時ごろでした。

夜間艦橋にて見張り員の大きな声が響きました。


「前方雷跡確認!敵魚雷急速接近」

「おもかじ一杯!魚雷をよけろ!」


よける暇もなく名取に魚雷がぐんぐん近づいてきてついに船腹に突き刺さりました。


私は通信長として艦橋に配置していましたがこの声を聞いた直後「ドーン」というものすごい音と何かにつかまっていなければ立っていられないほどのすさまじい振動が同時に伝わってきました。

戦艦のような装甲の厚い艦なら魚雷の1本や2本は平気ですが、5500トンクラスの巡洋艦などひとたまりもありません。

「やられた!」

「魚雷だ!応急処置を取れ」

「火だ!先に火を消せ」

「負傷者の手当てをしろ!」

 真っ暗になった艦内ではさまざまな怒号や叫び声、命令が飛び交いました。

魚雷が命中した付近は艦の装甲に大きな穴が開き、そこから海水が一気にどっと入ってきます。また魚雷は装甲を突き破って大爆発を起こしますので艦内にはいたるところで火災が発生して火とともに有毒ガスが発生しました。


もうもうと渦巻く煙と火炎のなか、怪我が少なかった乗組員が日ごろの訓練どおりに必死に応急処置をしますが、彼らの奮戦もむなしく広がる火と増えてくる水の勢いは全く衰える様子はありません。

 しかし傷つきながらも名取はなんとか速力6ノットでまだ航行が可能でしたが午前3時半にしつような潜水艦はとどめを刺すためにもう一度魚雷を発射してきました。

 速力6ノットではよける暇もスピードもありません。まるで止まっている的を打つように2本目の魚雷も名取を捕らえました。

 もうだめかと思い目をつぶったときに艦の後方に突き刺さった魚雷は幸いにも不発でした。

 しかし付近にはまだ潜水艦が息をこらしてわれわれを狙っているのがひしひしと伝わってきます。

 その中で艦内の様子が伝えられます。

 「火災発生 消火不可能」

 「艦内有毒ガス発生」

 「主砲弾薬庫付近温度上昇」

 各部署からの報告をじっと聞いた後ついに久保田艦長は立ち上がって伝声管に向かってこう叫んだのです。

 「沈没を避けるために艦内の重量物、武器を海に投下せよ」

相手と戦うために運んでいた重たい砲弾や銃、武器などがつぎつぎと海中に捨てられていきます。

続いて

 「カッターに生水と乾パンを載せるように」

 「艦内の木材で急いでいかだを組み海に浮かべるように」

てきぱきと艦長の指示に従ってパラオへの食料、弾薬、兵器などが海に投下されましたが名取の艦首はどんどん海に沈んでいくのみです。

「カッター、内火艇、いかだを降ろせ」

この指示に従って全員が救助船を海に降ろし始めました。

しかし朝の5時過ぎに苦りきった顔で機関長と話をしていた艦長はついにこう命令したのです。

 「総員退去!総員上甲板へ!」

 この命令が出たら軍艦の最後です。全員がどんな任務も放棄して艦の一番上に出てきてすぐに海に飛び込み、少しでも艦から離れて避難しろという最後の命令です。

 あちこちのドアやハッチから顔にやけどをしたものや片腕をもがれた者、骨折して片足を引きずるものが甲板上に集まってきました。

 傷を負っていないものたちはすでに海に飛び込んで泳いでいます。

艦上では部下の飛び込む様子を久保田艦長はじっと見ており

「我が人生の最後のぜいたくをするぞ」

といって一度に2本のタバコに火をつけて吸い始めました。

そして甲板の最後の兵が飛び込むのを確認した後に艦長室に入り中から鍵をかけました。

 艦長は艦が沈むときは責任を取って最後まで残るというのが日本海軍の伝統でした。

 そのことを知っていた私は艦長室に敬礼をして最後の別れをしたあと部下とともに何も持たずに海に飛び込みました。

 さっきまで私たちが乗っていた名取は波間で泳いでいる我々の後方で逆立ちするような姿勢のまま海に沈んでいきました。

 その中にはパラオ島に運ぶ予定だった大切な食料や武器、弾薬が残されたまま、脱出できなかった兵士とともに海の藻屑となったのです。

 私はその様子を泳ぎながら見て、われわれの物資を心から待っているパラオ島の兵士と沈んでいった仲間のことを思うと

 「畜生、アメリカめ!今に見ていろ!」

と歯ぎしりをするような悔しさを感じたのです。

 


 戦後わかったのですが私たちを沈めた潜水艦はハードヘットという名前の潜水艦で輸送任務中の名取をかなり前から追跡して魚雷を発射したそうです。

 沈没地点は北緯12度5分,東経129度26分でした。

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