第3話 私のおいたち 2
目的地の澎湖島は、台湾と中国本土の間にある小さな群島で私はここで父と母と妹に久しぶりに会うことができましたが、運悪く、途中の門司港でたくさん食べたバナナが原因で「腸チフス」という伝染病にかかり高熱が出てきました。
大好きな家族には会えましたが、楽しみにしていた観光や買い物、海水浴もできないまま到着したとたん、すぐにおとうさんの部下の上与奈原軍医大佐が手配してくれた馬公海軍病院に緊急入院することになりました。
しかも、私のかかった腸チフスは伝染病ですから他の患者に伝染しないように病院の中の一番奥にあった隔離病棟に移されておよそ40日間テレビも娯楽もまったく無い、しかも壁にはヤモリが這うような殺風景な病室で過ごしました。
入院中、台湾人の17歳になるやさしい看護婦さんが専属で私の面倒を見てくれました。私は年上の彼女に親しみを込めて日本語で「おねえちゃん」といつも呼んでいました。
腸チフスにかかったらまず食事が制限されます。当時はペニシリンなどの腸チフスに対する特効薬が無く、ただ絶食して熱が下がるのを待つというだけの処置でした。
絶食中は、割り箸の先につけた水あめを1日5本だけなめるという食事療法でしたので中学1年生の食べ盛りの私にとってこの地獄のような治療方法はあまりにも過酷で我慢ができないものでした。
そのために毎日、「おねえちゃん、これじゃあ全然足らないよ、もっと食べ物をください」と何度もお願いしたものですが軍医の方針を貫かれた「おねえちゃん」は心を鬼にして嫌われ役に徹していたのです。
そのかいあって私は40日後に退院できることができましたが大切な夏休みはすでに終わっていました。
このお世話になった「おねえちゃん」には戦後40年経って私が所属していた佐世保ロータリークラブと台南ロータリークラブという2つの組織の連携で再会することができました。
ロータリークラブとはお医者さんや会社の社長さんなど、社会的地位のある会員を世界中に持った社会奉仕を行う組織のことです。
澎湖島で40年ぶりにあった「おねえちゃん」は57歳になっていましたが当時の面影は残したままでしたが事故で片足を無くして車いすに乗っていた姿に苦労がしのばれました。
「おねえちゃんおひさしぶりです。松永です。あのころは無理ばかり言ってごめんなさい」
といった私の言葉に涙を流してうなずきながらしっかり手を握り締めてくれました。
おねえちゃんが57歳、私が53歳の再開でしたがそのときだけはまるで時計が40年逆転して17歳と13歳の少年時代に戻ったようでした。
さて、まるで病気になるためだけに行ったような台湾旅行から同じ船旅で無事に日本に帰ってきた私でしたが、海の広大さ、潮の香り、船の魅力に惹かれてますます海軍の将校になる意思が固まりました。
しかし海軍の将校になるには当時、広島県の江田島という島の中にあった海軍兵学校を受験して合格しなければなりませんでした。
この学校は日本全国から海軍将校を目指す優秀な生徒がたくさん受験するので、東京の陸軍幼年学校と並んで難関とされていました。
また兵士になることが前提ですのでただ単に学力だけではなく身長、体重、視力、聴力などの身体テストもあり体の小さい私にとってはまさに難関中の難関でした。
事実、中学4年生のときに受けた試験は、身長がわずかに足らずに不合格になり、がっかりしました。
やっと身長が伸びて規定の最低ラインを超えた中学5年生のときは受験ができたものの筆記試験で点数が足らずに不合格になりました。これにはもう一回がっかりしました。
2回も不合格だったので周りの目に「本当に大丈夫か」という視線を感じ始めた私は、「お父さんのような海軍将校に本当になれるのだろうか」と自分自身でも大きなプレッシャーを感じるようになりました。
しかし「3度目の正直」と言う言葉があるように、なんとか次の年に受けた試験がパスして念願の海軍兵学校の狭き門をくぐることができたのです。
このときの入学試験倍率は20倍でしたので、よく自分でも通ったものだと感心しました。私のほかに同じ佐賀県三養基中学からは平山成人君と広尾彰君という生徒が2名、私を入れて合計3名が合格したことになります。
兵学校から届いた合格電報をもらったときは苦労して難関校に通った喜びよりも「やった、これでもう試験を受けなくていい。怒られなくて済む」という重圧から開放されほっとした気持ちが先にたったことを覚えています。
数日して落ち着いてからようやくうれしさがこみ上げてきて「やっとお父さんと同じ海軍兵学校に入れた、これでお父さんに負けないような立派な将校になることができる」と実感が湧いてきたのでした。
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