第4話 海軍兵学校 1

海軍兵学校



 海軍兵学校は明治2年(1869年)に東京の築地で創立された海軍の士官を養成する学校で当時は東京から移転して広島県の沖にある江田島という島の中にありました。

私の入学した昭和12年(1937年)4月はこの

兵学校ができてから68年目にあたりましたので入校した我々300名は海軍兵学校68期生と呼ばれます。


 全国から志願した頭脳、体力、精神力とも優秀な生徒とともにこれ以後は江田島の学校内にある宿舎で勉学や体育のみならず寝起きもともにするわけです。

 みなさんの学校と違って海軍兵学校は兵隊を指揮する将校を教育するところですのでその教育方法は一般の学校とは違って非常に厳しいものでした。

 たとえば集合時間を1分でも遅れたら「鉄拳」といって1発殴られて、もし言い訳をしようものならさらに1発殴られます。

 また遅れた1人だけが殴られるのではなく遅れた生徒が属している班のメンバーすべてが「共同責任」として均等に殴られることもありました。

 この鉄拳で顔を殴るしつけを「修正」と呼んでいました。

以下は修正の手順です。

「貴様!集合が遅い 1分遅刻だ!」

「気合を入れるから一歩前」

「はい!」

「足を開け」

「はい!」

「歯を食いしばれ」

「はい!」

「眼をつぶるな」

そして次の瞬間左の頬に拳骨で「ゴンッ」と容赦ない一発が飛んできます。まさに目の前に星が光るような感覚が襲ってきますがそれでもよろけたり倒れたりせず踏ん張って先輩の次の声を待ちます。

「終わり」

「掛かれ」の声でやっと開放されます。

毎日廊下や食堂などでこれが行われますが非常にシンプルに短時間で終わります。

そして信じられないでしょうが殴ったほうも殴られたほうもそこには私情はまったくありませんので恨みを持ったりすることはまずありませんでした。

入ったばかりの我々新入生は4号生徒と呼ばれ、3つ上の1号生徒に生活態度や精神育成までまるで「親父」のように毎日厳しく修正されたものです。






また2つ上の2号生徒は「お兄さん」のような立場で厳しく我々新入生徒に指導してくれました。

そして1つ上の3号生徒はまるで「お姉さん」のように優しく接してくれ、1号生徒に鉄拳修正をされて沈んでいる私達を文字通り「父に叱られた弟を慰める姉」のような役割してくれました。

 私も新入生のときは「早く1年経って殴られない3号生徒になりたい」と思っていたのですが私達4号生徒の見えないところで3号生徒もやはり殴られていたことがあとでわかりました。

 兵学校の授業の内容は一般の高校と同じく国語、漢文、英語、数学、理科、社会などがありますが、当然、軍人を教育する場所ですから武器の使用方法、戦術、戦闘、柔道、剣道を文字どおりスパルタ教育で教え込まれたのです。

またその他に、軍人である前に船乗りでもあるので、航海術、気象学、海洋学、天文学などの艦船に配属されたあとでも必要な教育もありました。

 学校内の成績はハンモックナンバーと呼ばれて卒業後も軍人を続ける限り一生ついてまわり、この席次によって海軍内での昇進や昇給が決まるので全員が一生懸命勉強したものです。

 また海軍軍人は

「スマートで目先が利いて几帳面、負けじ魂これぞ船乗り」

と教えられていました。

ですから男性でも身だしなみや服装のチェックなども怠ってはいけないと言う理由で学校中すべての廊下の端には等身大の大きな鏡があり、必ず身なりをチェックしてスマートであることも要求されました。


 また行動は敏捷が美徳とされており校内の階段はつねに2段づつ急いで駆け上がり、降りるときは急いで1段づつ降りることがスマートとされていました。

 その他に、約束時間の必ず5分前に行く「海軍5分前の精神」や難しい作業や準備は先に済ませておく「出船の精神」、トップが常に危険に身をさらして見本を示す「指揮官先頭・率先垂範の精神」、指揮官が危険な現場を離れるのは常に最後であるという「キャプテン・ラストの精神」など洗練された海軍の教えは戦時中のみならず戦後の会社の経営者にも影響を与えているほどです。

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