新しい自分へ

鹿奈 しかな

ある日記帳

◯月◯日


 ついに今日から念願の一人暮らし。

 小煩い母さんたちや、意味もなくからかってきた同級生たちともついにおさらば。せいせいとした気分で新生活が始められる。


 大学でもうまくやっていければいいな。思わず不安になって近くの神社にお参りなんてしちゃったけど、まあ笑い話にはなるかもしれない。

 『大学でうまくやっていけるよう、生まれ変われますように』なんて、お願いされる神様も困ってしまうだろう。

 いたら、だけど。


……


◯月△日


 急に眼鏡がいらなくなってしまった。

 朝起きて、眼鏡をかけたら急に視界が歪んだので何事かとおもってしまった。携帯の見過ぎでまた目が悪くなったのかもと心配になったのだけど、どうもそうではないらしい。

 裸眼のほうがはっきり見えるなんて不思議だ。どうして急に目が良くなったんだろう?


……

 

◯月□日


 今朝、携帯が故障した。

 指紋認証がどうにもうまく働かないらしい。何度やっても弾かれる。仕方なく登録をし直したら、無事に働くようになった。

 他の機能は問題ないみたいだけど、これを機会に買い換えてもいいかもしれない。


……


◯月□日


 最近、靴や服が急に着られなくなっている気がする。

 この歳になって成長期もなにもない気がするけど、恥を忍んで計測を頼むと妙に以前のサイズと食い違っている。

 突然出費が増えて懐が痛い。バイトとか始めたほうがいいかも。

 

……


◯月×日


 体が怠い。喉が痛い。頭が痛い。

 朝起きるのも億劫になってきた。この日記ももう日が沈んでから書いている。

 講義もだいぶ休んでしまっているので、連絡しなければ。けどいつの間にか意識を失ってしまっている。かなりまずい。


 大学では友達もできたのに、誰も心配してくれないのだろうか。


……


△月◯日


 久しぶりに母さんから電話が来た。出た途端、間違えましたと電話を切られた。

 人の声を忘れたのかと怒鳴ってからぞっとする。

 私、こんな声だったっけ。


……


△月△日

 

 久しぶりに昔撮った証明写真を見る。友達に見せたら、根暗だのなんだの言われそうな陰気臭い顔が恨みがましくこちらを見ている。

 鏡を見る。それよりも雰囲気が明るくなった私がこちらを見ている。大学に入ってから良い印象を持たれるよう、髪型に気を使った。

 ……変わったのは本当に髪型だけ? 顔つきそのものが、あの頃とは違う?


……

 

△月□日


 ようやく気づいた。

 見覚えのない物が増えている。見覚えのない連絡先が追加されている。

 ……逆に、いつの間にか無くなっている物や連絡先もある。その中に実家の電話番号があることを悟って、心臓が止まりそうになった。


 意味がわからないけど、私は消えつつある。なにか別の人間に置き換わろうとしている。少しずつ時間をかけて、着実に。

 携帯の写真を見る。撮った覚えのない写真の中で、会ったこともない人間と笑顔で映っている私がいた。もう私じゃない私が。


 なんでこうなってしまったんだろう。なにが原因で? 

 眠りたくない。寝てしまうと、もう二度と昔を思い出せなくなってしまう気がする。頭が痛い。

 こういうのは精神科とかに相談すべき? こんな時間でもやっているところはある?


 仮に相談するとして、どう言えばいいんだろう。

 私の名前は

 なんだったっけ


■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


「……なんだろ、これ」


 △月×日。今日も爽快に目覚めた私は、机の上に置いてある見慣れないノートに首を傾げた。

 何気なく見てみると、どうやら日記帳らしい。自分とはまるで違う、硬くて几帳面な字でつらつらと日々のことが綴ってある。マメな人が書いてたんだなあ、と感心してしまった。


 ……最後の頁に行き着く頃にはその感心も吹き飛んでしまったのだけれど。ずいぶんと錯乱していたのか、字が震え、書いてある内容も支離滅裂だ。

 どうしてこんなものが机の上にあるんだ。夜中に見つけて、捨てようと思って机の上に置いたのかもしれない。どうにも私は朝方なので、夜になるとぼんやりしてしまっていけない。


 ここに以前住んでいた人が、引っ越す際に忘れてしまったのだろう。

 ちょっと心が痛むけれど、私はそれをゴミ箱のなかに放り込んだ。私の生活には不要なものだ。


 さあ、気を取り直して今日も張り切っていこう。

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