~ 第8話 常識的な3/1 ~

 ── サイハ視点 ──


 サポーターが配属されて、3回目の朝が来た。

 また面倒臭い1日が始まる。



 洗面台で顔を洗い、頭上へ直立してる髪を、気だるい手つきで直していく。

 整った髪をかき分け、部屋のクローゼットを開ける。

 普段と同じ。


 いつもの訓練服を手に取り、着替えようとするが、その手は止まる。

 幸せを全て吐き出すかのような溜息をした後に、クローゼットを閉め、リビングへと向かう。


 リビングの隅には、クローゼットとは別に、衣類収納ラックがある。

 そのファスナーを開けると、中にズラッと並び、綺麗にアイロンがけされた黒めの服がある。


 それらを見て、次第に口が釣り上がった。

 

「まさか、俺の人生でこれを着ることになるとはな」

 

 俺は数ある『憂鬱ゆううつ』を適当に選別する。それらをまとい、食堂へ向かうため部屋を出た。


 そう。

 先日、直轄救助部隊専用の軍装一式・・・・が俺とシュウに配布され、「明日からはこれを着ろ」と十朱が言うのだ。


 礼服、準礼服、儀式用の軍刀、制服、野戦服、そして、卒業試験で貰ったバッチなどなど。


 とにかくたくさん種類がある。


 でも、そこまで礼服や準礼服、儀式用の軍刀に出番はなく、規則も緩い方だから、先輩らは制服や野戦服を適当に着てるらしい。


 しかし、黒を基調とした軍装だったのは良かった。

 俺はモノクロゴシックが好きだからな。


 軍刀の刺繍ししゅうが入った勲章くんしょうが、胸のところにあるのも実にいい。



 だが、俺の本日1番の憂鬱ゆううつ事項は、この軍装一式そのものだ。


 黒がなんだ、軍刀がなんだ、動きづらくてありゃしない。



 部屋を出る前、真剣に悩んだ末に、制服のジャケットを脱ぎ捨て、その下に着ている白のドレスシャツを晒す。

 そして暖かく、案外動きやすかった、礼服の黒色チノパンツを履く。


 結果、白黒のモノトーン系軍装が出来上がった。


 まあ、かなり着崩しているが、他の先輩達もこういう服装なのであまり問題はないだろう。

 だが、先程から少々周りの視線が気になるのは、俺の服装が独特過ぎるからだろうか。


 そんな事を思いつつ階段を降りていると、1人の男性隊員とすれ違う。


「おはようござ──」

「?」


 彼は俺の服装を見るなり、言葉を詰まらせる。

 俺は自分の服装を再度確認した。


 うん。おかしくない、おかしくない……はずだ!


「──います」


 そして彼は、そそくさとその場を立ち去ってしまった。


「……いや何なんですかァ? その間はァ」


 俺の言葉から逃げるように(俺の服装を見て逃げたとは思いたくない)、かたくなに俺と目を合わせなかった彼の後ろ姿を、俺は絶対忘れない。


 

 話はさかのぼり、軍装の余談になるが、昨晩シュウが俺の部屋に来るなり、軍服のフル装備を披露してきたのだ。遠征用のマントを着用しており、まさに厨二病全開だった。


 きっと、彼の心は何処か遠いところへ遠征に行ったのだろう。もう帰ってくることはなさそうだ。


 かなり興奮した様子だったが、俺としてはとことんどうでも良かったので、適当に格好良いとだけ告げて部屋から追い出した。あれから興奮し過ぎて一睡いっすいもしてないとか言い出しそうだな。


 有り得るのが怖い。



 そんなこんなで、セントラルスピア1階の大食堂へ辿り着く。

 辺りを見渡すが、救助隊の隊員達がポツポツといるだけで、シュウの姿はまだない。ずっと待っていてもしょうがないので、俺は日替わり定食と牛乳を頼み、朝食を食べ始める。




ーーー




 そろそろ30分が経過し、ぼちぼち人も混み始めてきた。

 上唇の端っこをぺろりと舐め、俺はラストスパートをかける。

 

「んー、やっぱり朝から唐揚げは腹にくるな……ん?」


 だいぶ食欲が失せるも、勿体無い誠心をフル活動中の俺は、頑張って唐揚げを食べ続ける。

 すると、何やら周りの隊員達の視線が、食堂の入口方向へ徐々に集まり始めている事に気が付いた。

 更に、自分の肌があわだっている事に気付くのも、そう時間はかからなかった。


 何なんだこの嫌な予感は。頼む、俺の予感が外れてくれ。最悪の事態が起こってしまう……。


 そう、最悪の事態。

 いや、タイミングと言ったほうがいいか。


 シュウが食堂にやってきたのは、俺が最後に残した唐揚げを頬張ほおばっている時だった。


「ぶぶぉっ!」


 最後の唐揚げは、シュウの姿を見て、不覚にもそんな吐息と共に噴き出した。


 俺の口から天高く飛び出した唐揚げは、宙を無惨に舞い、床へ落下した。

 するとすぐに、円形型の、床を這う掃除型AIがやって来る。AIは俺の唐揚げを素早く、かつ丁重に回収した。ものの10秒で、集まる──回収。といった一連の動作を終えたAIは、俺の元から去って行く。


「……」


 無言で掃除型AIを見送り、再度シュウへと向き直る。


 何故シュウを見て唐揚げを噴き出したかと言うと、アイツの服装が、異色を極めていたからだ。


 まず、儀式用の軍刀だ。

 恐らくCDA内では誰も装備していないであろう軍刀を、アイツは現在装備している。

 ハッキリ言おう。それだけでもう浮いている。


 そして、今年の新入隊員では俺とシュウしか渡されていない、黒と金色を基調とした『特別礼服』を着用。

 更に、昨日見せに来た、黒色で、背中に大きく軍刀の刺繍ししゅうが施された遠征用マントまで羽織っている。

 服装はかっこいいが、それと相反して、髪はボサボサ。目元はくまだらけで精気がない。


 今のシュウを何かに例えるならば、ホームレスが偶然スーツを手に入れて、着てみたら「あ、やっぱりホームレスだ」という感じだ。


 ウン、アイツ絶対昨日寝れてないナ。


 てか、特別礼服をフルで装備してるのは、立場上かならず特別礼服を着なければならない、直轄救助部隊隊長である十朱と、シュウくらいだろ。


 本当にアイツの将来が楽しみだ。いろんな意味で。


「言いたい事が多すぎて全然言葉が出てこねェ……」


 俺が一人頭を抱えている事など露知つゆしらず。周りの視線をモロに浴びながら、シュウは俺の姿を発見したのか、こっちに近付いてくる。


 こっちに近付いて来ないでくれ! 頼むから! 同じ分類だと思われる!


「よっ、サイハ。はやいねー」

 

 棒読みとも捉えられる声音で、シュウは容赦なく話し掛けてきた。


「……いやオマエさァ、寝れてないのはしょうがねェが、社長出勤もいい加減にしたほうがいいぜ?」

「サイハが早すぎるんだよ。十朱隊長もさっき食堂きてたし」

「……だからアイツが社長なんだよ」


 俺のツッコミを無言でスルーしたシュウは「お、日替わりは唐揚げか」と、目を輝かせながら椅子に座る。

 近未来的な──いかにもなテーブルにシュッと穴が開き、そこから白飯、味噌汁、唐揚げがトレイに乗って、シュウの前に出てくる。

 最近の技術者は沢山の便利道具を発明するんだが、技術者全員が面倒くさがり屋なのでは、と思う。そのうち、動かなくても生きていける世界になるぞこれ。俺は大歓迎だけど。


 シュウは大きな欠伸あくびをしながら、唐揚げをゆっくり口の中に放る。そうすると白飯を口に入れ、すかさず味噌汁をすする。

 うん、実にオールマイティーな食べ方だ。だが、いただきますを言わないのは減点だな。味噌汁で白飯を流し込むのも減点だ。


「サイハ。最近の調子はどう?」


 シュウは水を飲み、少し落ち着いてから話し掛けてきた。


「あァ、居住エリアの人間から来るクレームの対応ばっかだ。めんどくせェ」

「なんだサイハもか。俺もだよ」

「いいじゃん。お前体動かすの好きだろ」

「いや、なんか頭を使う仕事がわざと回されて来てるような気がしてならないんだよね……気のせいだと良いんだけど」


「……は?」


 逆だろ。

 回ってくる仕事絶対逆だろ。


 これはあれか。個人が持つ得意分野の、わざと逆のスタイルで仕事をさせるという、よく漫画とかであったやつか。現実では新手の嫌がらせでしかない。

 俺はこんなアホみたいな事をさせる奴は、一人しかいないのを知っている。


「十朱ェ……」

「……?」

「なんでもねェよ」


 まあ、それは置いておいてだ。

 

 コイツに聞きたかったことがある。シュウの補佐はどんな奴がしているのだろう。俺のとこの補佐と変わんねェのか?

 もし比較的同じ知能だとすると……。


「お前の所の補佐はどんな奴なんだ?」

「うーん、仕事的には助かってるんだけど、何か先生っぽいんだよね……苦手だよ」

「ほォ、俺のとこと真逆だな。正直いらねェんだよな。仕事の邪魔でしかねェ。

 体力使う仕事はそこそこやってくれるけどよ」


「「……」」


 俺の考えは違ったようだ。

 この見事にアンバランスな天秤てんびん状態が何を意味しているのかが腑に落ちない。

 だが、これ以上話すとただの愚痴になりそうだ。これくらいにしてそろそろ行くか。


「まァ、今日も1日頑張ろうぜ」

「……そうだね」


 そういうと、食べ終えた皿を乗せたトレイが、またシュッと机の中に消えていく。



 大食堂を後にし、道中すれ違う救助隊の隊員達に軽く会釈をしながら、執務室へ向かう。正直執務室とは名ばかりで、ただの事務所みたいなものだが。


 エレベーターに乗り、44階まで着くとそこで降りる。スタスタと廊下を歩いて執務室に着いた。

 大食堂から執務室への移動時間はおよそ10分。広いのはいいと思うが、もう少し近くにしてくれても良かったんじゃないかと思う。


 扉を開けて中に入るが、まだすめらぎは来ていないようだ。もう溜息も出ない。何せ、3日間全て遅刻だからな。


 顔合わせの次の日。

 いわゆる、すめらぎにとって、朝からの初出勤日に2時間という大遅刻をかまし、流石の俺も立場上怒らざるを得ず、言うべきことを言った。「時間を守れ、ルールを守れ、甘えるな」

 よくありがちな言葉を並べただけだったが、それがかなりこたえたようで、少し顔を暗くした。そのよく分からない落ち込みにも関わらず、アイツは更に2日遅刻を重ねている。両日ともに俺が怒って、落ち込み、次の日遅刻。という茶番を繰り返しただけだ。


 頭に逆発想マシンでも取り付けているのか。



 出勤時間から数10分がたった。


「す、すいませーん! 遅れました!!」


 走って来たのか。華やいだ声は、荒れた呼吸で少しせわしなく聞こえる。


「何回目だ」

「え……?」

「お前のすいませーんを聞くの。これで何回目だと聞いてるんだよスメラギ補佐よォ」

「え、と……ちょっと電卓持ってきていいですか?」


 皇は落ち着いた呼吸を取り戻しつつ、何か考えたと思えば、走る体勢を取る。


「いや、待て! 3回だ! ……もういい。今日は?」

「あ……へ、へい!」


 Hey?

 礼儀もへったくれも無いアメリカンな返事をした皇は、いそいそと自分の机を漁り、書類を探す。

 これも初日に教育として話してあるし、資料も渡してるんだけどな。

 いい加減、前日にまとめることを覚えて欲しい。


「はい。今日の業務は34ブロックの、おて……? えっと」

「あ? どした」

「あ、あの……すみません。これ、なんて読むんですかね?」


 皇は、まるで産まれたばかりの小動物のように、びくびくしながら聞いてくる。俺はそんな様子を気にもとめず、書類を受け取り、読んでいた箇所を見つける。


 『34ブロックの御手洗様から、トイレの流れが悪いとの申し出により、原因調査の依頼』と書かれていた。

 

「みたらいだ」

「そ、そうでしたね! みたらいさまからトイレ──」

「はいはい34ね。とっとと支度していくぞ」

「は、はぃ……」


 駄目だ。効率が悪すぎる。顔はいいが、頭の出来が微生物並だな。



ーーー



 準備を終えた俺と皇は、エレベーターに乗り、1階へと下り始める。

 ガラス張りになっているエレベーターから、ぼーっとスピア内を眺める。数秒ごとに次々と変化する景色が、実に心地いい。そして振り返ると、壁に囲まれた世界が一望できる。


 CDA西日本支部は瀬戸内海上に、中国地方と四国地方を繋げるように存在する。その為、北と南は陸。東と西は海となっている。

 そして、CDAをぐるりと1周囲っているのが、高さおよそ100メートルの壁。通称『CLA』だ。


 CLAには港がいくつか存在し、そこで外国からの物資搬入が行われている。

 そしてCDA支部内には、壁の警備を担当している駐屯隊の屯所が4箇所設けられている。CLAの東西南北に1箇所ずつと言った方が、イメージしやすいだろう。


 補足だが、直救部隊と西日本救助部隊は、スピア内にそれぞれ屯所を設けている。どちらもCDA外で助けを待ってる人、逃げ遅れた人々を救助している。

 まぁ、説明はこのくらいにして、居住エリアの位置を確認するか。


 ここセントラルスピアから3キロ程先に、巨大な半円状の輪っかが、360度スピアの周りを囲んでいる。

 これが、救助された人々が何不自由なく暮らしている『居住エリア』だ。


 なので上空からCDAを見れば、2重の丸の真ん中に黒い丸があるような光景になるだろう。絵描き歌を作るとなると、かなりつまらない歌になるはずだ。


「……はァ」

 

 実は、居住エリアに行くのは、今回が初めてだ。

 ここ最近は、居住エリアに住む人々から日常品の発注要請や、クレーム対応ばかりだった。

 今まで、直に居住エリアの人々と関わる事なんて無いものだから、不安が募る。



「あの!! 私ってやっぱり、使えないですか?」


 空気が重いのを悟ったのか、皇は突然喋り出した。


「……いや、使えなくねェよ」


 嘘をついた。現段階でだ。


「で、でも。いつも考えてた事が上手くいかなくて……それでいつも空回って、それで……」

「たぶん考えた結果、オマエは忘れる訳だ。それを上手くいかないと勘違いしてる。まずは、考えた事を忘れない方法を考えろ……てか、これも忘れるかもしんねェのか。ちょっとまってろ」


 皇から妙な視線を感じるが、ジャケットの内ポケットに入っている手帳を取りだし、皇に手渡す。

 

「これは……?」


 皇は手帳をクルクルと回し、凝視する。


「手帳だ」

「てちょう……」

「手帳は書くことに意味がある物だ。

 覚えられなかったら、これにやる事書いて自分で管理しろ。気に入らなかったら捨てていい」


 コイツの口から悩みを聞くのは初めてだな。頭は微生物だが、多少は考えてるってことだ。傾向としちゃ、悪くは無いな。


「今も全力でやってんなら、それはそれでかまわねェ。漢字だって読める奴は読めるし、読めねェ奴には読めねェ。そこで漢字を覚えるのもいいが、俺が教えればいい。

 いいか、優先順位を考えろ。まずは自分に出来ることからだ。俺がやれねェ事を、お前がやれ。いいな?」


 気の利いた言葉が思いつかない。

 これが響くかどうか……。


「わ、わかりました!! 私、頑張ります!!」


 皇は胸の前で両腕ガッツポーズを取り、ニコッと笑う。

 なんて眩しい笑顔なんだろう。その輝かしい美貌と相まって、まるで太陽だ。

 

 ──何てことは一切思わない。


 これまでの事と、この輝かしいガッツを比較してみろ。9:1だ。

 てかコイツ、俺が手帳って言った瞬間、よく分からない顔したよな。大丈夫か。


 ここはあえて厳しくいこう。皇の為にもなるからな。


「遅刻に関しては、お前のやる気不足なのはわかってるよな? 

 スメラギ。次遅刻したら罰ゲームだ」

「ええぇ!? そんな!! 何が待ってるんですか!?」


 罰ゲームと言った瞬間、皇は顔をひきつらせ、整った顔が絶望の色に染まる。

 ここまで表情がコロコロ変わると楽しいな。でもこれは皇の遅刻癖を改善させる良い機会だ。少し拍車はくしゃをかけるとしよう。


「はっ、そりゃ遅刻してからのお楽しみだ。先に言っておくが、俺は生粋のドSだからよろしく」

「そ、そんなぁ……」


 皇は肩を落とし落胆する。

 

 これでもう皇は遅刻しないだろう。

 まず常識的に考えて、遅刻すること事態あり得ないんだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る