~ 第7話 似合わない名字 ~

 ── サイハ視点 ──


「ひでェ目にあった」 

「……全くだよ」


 耳鳴りがまだ続いている。治まる気配は欠片もない。


 歓迎の儀式かは知らないが、耳元で爆竹をぶっぱなされ、すぐさま十朱に外へ連れ出されたと思ったら、その当人は綺麗さっぱり雲隠れ。

 挙句の果てには、治安隊屯所前のベンチで待つ事になるとは。


 訓練兵卒業試験の発表は終わったばかりだというのに、何時間も経過したような気分だ。



 十朱はまだ来ない。


 遂に待ちくたびれたので、ベンチにふんぞり返るようにだらける。


「クソ、いつまで待たせんだ? 十朱の野郎……」


 俺はアイツの事が気に食わない。


 適当な事を抜かしてると思えば、たまに上からものを言いやがる。


 威張りきった人間が、下の人間を見下ろす感じではなく、相手をさとすような。どこか心の確信に迫った言葉を投げかけてくる。

 いつから俺達の教育を任されたのかは知らないが、アイツはいつか必ず見返してやる。

 1年前の、何も出来なかった俺とは違うって事を、絶対に証明するんだ。


「誰が、十朱の野郎だ?」

「ひゃあ!?」

 

 誰が聞いても情けないと答えるであろう。か弱い乙女のような悲鳴を上げ、ベンチを離れたと思う。

 耳元に、優しく息を吹きかけるようにささやかれたのだ。


 か弱い乙女のような悲鳴が出ても仕方がないじゃないか。


 俺が座っていたすぐ真後ろに、噂の十朱はいた。


 一体いつからいたのか、全く気付かなかった。


 シュウは気付いていたのか、既に立ち上がり、見事な敬礼をしていた。


 ……てか、気付いてたら先言えよな。



「……おまっ! ふざけんなよ!?」


 俺は十朱に、先程から止まっていた呼吸を全て吐き出すかのように責め立てた。


「おいおい、何だその態度は。俺、一応上官だぞ? 一応・・


 十朱はおどけた態度で、やれやれ……といったような身ぶりそぶりをしている。


「上官が気配消して、いきなり背後から現れるかよ!」

「上官は気配消して、いきなり背後から現れてもいいのだよ!

 上官・・だから!」

「はァ!?」


 得意顔をする十朱と言い合いをしていたら、ベンチに座っていたシュウは俺の隣に来るなり、モジモジし始めた。


 トイレならすぐそこなんだけどな。

 

「あ、あの……それでどうなったんですか?」


 シュウはおずおず、といった様子で十朱にたずねる。

 どうやら、話すタイミングを見計らっていたようだ。


「ん? あぁ、問題無しだ。とりあえず、スピアに戻るぞ」

「すぴあって、タワー……じゃなくて、セントラルスピア・・・・・・・・の事ですよね?」

「ああ、俺らはスピアって呼んでるんだ。

 そこにお前たちが使ってたトレーニングルーム、俺達の直救会議室やら色々あるんだが、とりあえず、お前ら専用の執務室も準備してあるから、帰るぞ」

「は、はい!」 

 

 俺らは歓迎の儀式の後、十朱に連れ出され、色々な施設を見て回った。


 スピア内で暮らすことになる部屋。専用の屯所。


 それからスピアを出て、治安隊の屯所へ赴き、そこのお偉いさんと挨拶やら、治安隊の施設を自由に行き来出来るようになるという権利書等を貰った。


 貰ったと言っても、形が残る紙ではなく、ガジェットのデータに、その権利書の情報等が追加されただけなのだが。


 正直、こんな権利書必要ないと思うのだが、隊同士でのいざこざを防ぐ為にも、この権利書等は必要なのだろう。


 その間にも、期待の新人とやらを一目見ようとしたのであろうか。

 はるばる駐屯隊の屯所から来た、お偉いさんからの直々の挨拶。

 治安隊の若い女性隊員達からの黄色い声援(男性達の視線を尻目に感じながら)。


 何故、俺達がここまではやし立てられるかと言えば、それは俺達が入隊する前に流れた噂にあるという。



 その噂の内容はこうだ。

『訓練期間僅か1年にして、特殊部隊に入隊した高校生』というものらしい。


 確かに、こうやって噂を聞くと凄いと感じるのかもしれない。


 そりゃ1年の訓練で、しかも学生が特殊部隊に入ったとあらば、誰だって驚くし、注目もするか。

 

 そういう意味では、俺達は異例なんだろう。


 先程シュウから話を聞いたんだが、あの時、少しばかり鋭い目線も感じていたらしい。物珍しさで来て、野次馬が向ける羨望の眼差しとは違う。獣の様な視線。


 軍事組織は強く、そして、認められた者だけが上へとのし上がっていく、弱肉強食の世界だ。


 今では天才だ、異例だ。とか言われてるが、実際、力の差などあって無いようなもの。


 今の現状に満足して、自身を鍛える事を止めれば、すぐに足元をすくわれるだろうな。

 

 慢心は駄目だ。今の状態を維持していこう。



 そんな事を切り抜けていく内に、かなり疲れた。体がダルイ。


 十朱が先頭をスタスタ歩く。その後ろを、俺とシュウがついていく。


 だが、シュウの歩くスピードが若干早い気がする。しかも、目が爛々と輝いていた。『専用の執務室』という言葉に興奮しているに違いない。


 一年前にも、こんな事があったような気がする。遠いようにも感じるが、こういった場面で早くも感じられる。


「お前達の救済階級は、訓練兵から異例のAだから、いきなり分隊長に任命される。いわゆる、リーダー的なもんだな。

 CDA内の依頼の処理、物資見積の作成、隊員の教育……その他諸々。まぁ基本こっちじゃ地味な仕事ばかりだが、戦闘の時はお前らは隊長・・なんだ。それぞれの隊を指揮しなければならない。

 ま、俺はこれでも直救の司令官だから、お前ら分隊長達を、俺が仕切ってんだけどな!」


 十朱は、俺達にウケると微塵でも思ったのか、思ってないのかわからないが、高らかにいきなり笑い出す。


 正直ウザイ。

 



ーーー




 そうこうしている間にスピアに着いた。


 スピアはCDA支部の中央に位置しており、高さはおよそ250メートルで、50階建て。

 そして、その隣には、先程俺達がいた治安隊の屯所がある。

 スピアの屋上から見る景色は、シュウ曰く絶景らしい。


 ──が、俺はあまり好きではない。荒廃してる世界しか見えないからな。

 

 スピアの外観は、ここからでは見たまんま、普通のビルだ。


 だが、作りは普通のビルとは異なる。


 壁は特殊な鉱材で出来ており、窓は防弾仕様。そして、スピアの頂上は、鋭利な槍のように先がとがっている。

 CDAの中央に位置し、外観が槍の様になっている事から『セントラルスピア』と名付けられたそうだ。


「で、次は一体何を? 少佐殿」


 俺は十朱に、少しおどけた様子で聞いた。


「お前達には、これからサポーターに会ってもらう」

「さ、さぽーたー……?」


 十朱の言葉に、シュウは疑問を浮かべ、首をかしげる。


「身の回りの世話や、事務的な仕事を受け持ってくれる。まぁ秘書って思っときゃいい。お前らはまだ若いからな。いきなり他の隊長達と同じボリュームの仕事をさせるほど、俺は鬼じゃねぇ。少しでも、お前らにかかる負担を軽くするようにと手配した」


 ナイス十朱。


 仕事の説明聞いてめんどくさいとか思ってたけど、そういうことなら俺は無敵だ。


「……お前達の方が立場は上だが、そいつらは丁度半年前に試験から就任した奴らだ。

 一応、お前らの先輩にあたるから、節度は保てな」


 先輩か、全部仕事を押し付けるのは無理だな。



 スピアに入り、エレベーターで44階まで上り、5分程歩いたところで、十朱がある扉の前で立ち止まる。


「ここは零乃の執務室だ。まぁ、きっちり挨拶しとけ」

「……はぁ」


 無意識に溜め息がこぼれる。


 先程まで訓練兵であった俺達が、今や皆から、羨望の眼差しで見られる英雄のような立ち位置になるとは、誰も予想しなかっただろう。


 俺達に、こんな大役がつとまるのだろうか。


 本来、喜ぶべきことなのかもしれないが、そういった気持ちが芽生え、喜びよりも不安が勝る。


「……え!?」


 シュウは後ずさり、短くも大きな声をあげた。


「ん? 峰山、どうかしたのか?」

「い、いえ……何でもありません」


 十朱はシュウを見やる。


 シュウは目を見開き、少し動揺したかと思うと、ぶんぶんと頭を振り姿勢を正した。


 トイレ……そんなに行きたかったのだろうか。


「大丈夫かお前……まぁいい。峰山はこっちだ」

「は、はい!」


 そう言ってシュウは、十朱に違う部屋へと連れていかれた。


 1人になる。


 このまま突っ立ってても何もないしな。


「……まァ、入るか」


 黙って扉を開く。


 まだサポーターとやらは来ていないようだ。


 部屋の一番奥には、何やら白い机があり、その脇にもう一つ机がある。

 他にも、観葉植物やら応接用の机。小さなキッチンには、コーヒー用のコップやバリスタが置いてある。


 充分生活できそうな部屋だ。


 奥の白い机に添えられている椅子の仰々ぎょうぎょうしさが、十朱の物と似ていたので、そこが自分の席だとわかった。

 

 いつも持ち歩いているウエストバッグを自分の机に置き、椅子を眺める。


「よっ」


 それにダランと腰をかけた。


 見た目は固そうだと思ったが、それとは真逆に、椅子はふかふかしている。扉を閉め忘れたが、この座り心地を前にすると、そんな事はどうでもよくなる。


 なんだこれ、超気持ちいい……。


「おおォ。こりゃあいいわ……」


 クルクルと椅子を回す。


 同じ景色が延々と繰り返され、視界がそれに慣れてくる。回すスピードは徐々に早くなり、スピードが最高潮に達したと同時に足を上げる。

 

 フワッとした感覚が、まるで俺に空を飛んでいるかのような錯覚を与えてくれた。


 そう、俺にも翼はきっとある。


「あっはは〜」

「あ、あの!!」


 華やいだ声がすると同時に、俺の翼は跡形もなく消し飛んだ。声のした方を見ると、いつの間にか見知らぬ少女が扉の前に立っていた。


 滲み出てくる汗。


「「……」」


 扉、閉めときゃよかった。



 俺に声を掛けたのは、スーツ姿の金髪碧眼の美少女だった。


 背は俺より少し小さい。

 大きい瞳は潤んでおり、まつげは長い。俗に言うパッチリお目目だ。

 髪の長さはセミロング。サラサラとした髪の左側には、花柄のゴムで縛った髪が、ちょろんと垂れ下がっている。


 黒のスーツがとことん似合わない少女だ。

 スーツの隙間から見える白シャツは、ボタンが2つほど空いており、着こなし方はまぁまぁだ。


 見事にラフってる。


「ほ、本日付けで、零乃才羽隊長の補佐を務めることになりました!」


 若干緊張しているのか。少女の華やいだ声は、鈴のように少し震えている。

 そして、机にそそくさと寄ってきた。


 できれば、今は近寄って欲しくない。

 もう、どういう対応をしていいかわからないんだ。


「こ、これ!!」


 少女は両手を前に突き出して、1枚の紙切れを全力で渡してきた。


 なんだこれ。


 メモ帳か何かを破いたのか。少々小汚い紙切れには、直筆で何か書かれている。


「これ……名刺か?」


 少女はホッとした表情を見せ、黙って頭を縦にこくこくと振る。行為を悟り、名刺と断定して紙切れを見る。


 『零乃才羽専任サポーター 皇 栞菜』

 と、そこに記されていた。


「スメラギ……カンナ?」


 俺がそう言うと、少女の顔がパアッと明るくなり、頭を縦にこくこくと振る。


「はい! 皇 栞菜です! 凄い。私の名前を読み間違えずに言えた人って少ないんですよ?

 今日からよろしくお願いします隊長!!」


 華やいだ声でそう言うと、すめらぎは胸の前で両腕ガッツポーズをする。


「あ、あァ……よろしくな」



 なんて似合わない名字だ。


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