~ 第6話 直轄救助部隊 ~
── サイハ視点 ──
教官からの発表は無事に終了。
それぞれの部隊に配属される事が決定した新兵たちは、これからお世話になる部隊へ向かい、挨拶を兼ねたブリーフィングを行うらしい。
大号泣をかました誰かさんのお陰で、トレーニングルームを最後に出た俺達は、まだ知らされていない、直轄救助部隊のいる駐屯所をブラリと探し始める。
「おいおい、まだ泣いてんのか? いい加減引くぞ?」
「うるっさいなぁっ、いいだろどうだってぇ」
「……はァ」
鼻水をすすりながら、とぼとぼと歩いているシュウの後ろを、更にとぼとぼとついていく。
「教官。いい人だったね、サイハ」
「あ、あァ。そうだな」
あんなの、只のうるさい頑固オヤジみたいなもんじゃねェか。
だが、実質いい人なのには変わりない。
1年間、戦いの基礎から応用までを、事細かく教えてくれていたのだ。
自分たちの成長を願い、悩み、考え、喜んでくれる。
この1年で、もう1人の父親ができたような感覚だった。
「あの教官の為にも、沢山助けないとな」
シュウは何かを決意したように、後方にあるトレーニングルームへと振り返り、ビシッと敬礼をする。
俺は先程教官から貰った、金色のバッチを確認する。
田辺達のバッチ同様。
盾の形をしたバッチには、十字の形をした軍刀が描かれている。
俺もトレーニングルームへと振り返り、軽く敬礼をする。
「あァ、そうだな」
シュウのその言葉には、率直に賛同する事が出来た。
ーーー
俺とシュウは、支部内を散々歩き続けた。
結果、方向音痴なシュウに道を選ばせたのが運の尽き。
タワーの地下20階~1階までを細かく調べ、見事に迷い、受付カウンターまで来る羽目になっていたのだ。
出だしからとんでもない状況だ。
「あ、あのーすみません」
「はい。なんでしょうか?」
シュウは受付の女性に恐る恐る話し掛ける。
受付嬢はキラキラした瞳、透き通った声、そして満面の笑みでシュウの顔を見つめている。
俺はその様子を、高みの見物をするかのように、後ろから眺めている。
「し、CDA直轄救助部隊の駐屯所に行きたいんですけど」
「はい。CDA直轄救助部隊作戦計画会議室ですね。でしたら、そちらのエレベーターで35階まで上がって頂いて、エレベーターを降りて、すぐ左に曲がってください。真っ直ぐ歩いて頂くと、目の前に
「
流石、こんなに大きい基地の受付嬢だ。
シュウはテレテレと頭を下げている。
そして、再度受付嬢に深く頭を下げたシュウは、こちらに駆け寄ってきた。
「さぁ! 場所もわかったし、
シュウは改心の得意顔を俺に見せつけ、グッドポーズを披露した。
「おまえ、意味わかってんの?」
俺はこの時、人生で一番の真顔をシュウに披露する事が出来たと、自身が持てる。
ーーー
そんなこんなで、直救会議室の扉の前に辿り着いた。
「え?」
唖然とする。
何かが、憧れじゃないが、俺らの中の『直轄救助部隊』というレッテルが、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
地味に高い想像力を恨む。
「なんか、思ってたのと違げェな」
「う、うん。なんか……」
全体的にボロい。
「扉は何回もペイントされたような感じがするね」
「おまけに鍵式だ。今時オートじゃねェなんて、終わってるぜ」
階の一番奥に部屋を構えている割には、威厳が釣り合っていない。
所々ペイントが剥がれ落ちた扉を前にして、緊張するかと思ったが、案外そうでもない。むしろ、この扉で少し期待が下がった感じだ。
本当に日本の希望の部隊なのか?
「ま、細けェことは中に入ってからじゃねェの?」
「そうだね。サイハ、挨拶どんなのにする?」
「普通に名前と意思表示くらいでいいだろ」
「しまらないなぁ。これからお世話になるとこだよ? もうちょっと工夫とかないの?」
「ないね。それだけ」
シュウは肩をすくませ、ため息を一つ。
そう、特に力む必要はない。マイペースが一番だ。他人に自分の流れを乱されたら、たまったもんじゃ──
「──じゃあ、いくよ!」
ここにいたわ。俺のペースを乱す奴がここにいたわ。
「お、おい!」
まだ心の準備が出来てねェよ!
シュウが扉に手をかける。だが、その動きは止まる。
扉を手にした瞬間伝わってくるのだろうか。
自分が救助された部隊に
そしてこれからは、自分が
シュウの頬を汗が伝う。
緊張か。
久しく感じなかった感覚が、体中にピリピリと伝わっていくようだ。
シュウも今、同じ感覚なのだろう。
果たして、ここで結果を残すことができるのか。ただ頭が他人より優れているといったって、所詮軍隊は体力勝負。
どこまでついていけるかわからないが、やれるとこまでやり切るんだ。
考えない時は考えない。めんどくさいからな。
よし、覚悟は決まった。
「──シュウ。いくぞ」
「うん!」
シュウは扉を思い切り開ける。
そして、初めて目の当たりにした。扉の先に広がっていた風景を──
「やーっときたぜ。遅せぇぞルーキー」
「いいじゃないか。遅刻ではない。減点だがな」
「おお! 新人、新人でゴザル!」
「うるっさいぞ騒ぐな。驚かせてわるいな」
「てか、2人少佐の推薦だろ!? すげえなオイ!」
「あら、2人とも可愛いわね。うっふ」
「きもいぞオカマ」
4人の先輩が一気に声を上げる。
そして部屋の片隅に、
CDA直轄救助部隊のサブリーダー。救済階級はS。役職は中尉。
何事にも冷静沈着で、公私の区別はきちんとつけている大人な人。
十朱とは訓練兵時代からの知り合いで、とても馴染み深い存在らしい。
いやいや、そんな一気に喋られても、わかるものもわからねェよ。天羽さんはともかく、そもそもこんなユルっとしてていいものなのか?
すると、隣のシュウが1歩踏み出す。
「あ、あの! 本日付けで入隊する事になりました!
峰山秀と申します!
よ、よろしくお願いします先輩!」
「「お……」」
おおおぉぉ!!
湧き上がる先輩達からの歓声。
「せ、先輩! いい響きすぐるぅ!!」
「だが、先輩と言うのはどことなく不確かな気が」
「細かいことは気にしないでいいの!」
「いいねぇ! 生きがいいじゃんか!!」
先輩方は一気にシュウへ押し寄せる。
やばい。出遅れた。
出遅れたよどうしよう。
とりあえず、早く挨拶しなければ。
「あ、あの──」
「ヘイヘイ諸君おはよーう」
まるで二日酔いした壮年男性のような声を発し、俺の後ろから、頭を
俺の言葉を遮り、扉から入ってきたのは、十朱 薫少佐だった。
「て、てめェ!」
頭に乗っている十朱の手を、勢いよく振り払う。
「よっ。相変わらず目つき悪いなぁ、お前」
顔の堀が深く、ハーフのような顔立ち、まるで都会のホストのようだ。
十朱は、1年前、俺達が窮地に陥っている所を、救ってくれた恩人だ。
救助部隊に入りたいと思ったのも、全ては十朱が、俺達を救ってくれたからなのかもしれない。
だが、俺は十朱が嫌いだ──
「「──御早う御座います少佐!!」」
一瞬であった。
シュウの周りに群がっていた先輩達は、一斉に十朱に向かい敬礼をする。約5秒程の敬礼だったが、洗練された動きに、ただただ固唾を呑む事しかできなかった。
そして何より、体を突き抜ける先輩方の挨拶で、『CDA』という、組織の統率力がしっかりと取れている事が見えた。
一気に場の空気が引き締まったのがわかる。十朱はよしと頷いた。
「入隊隊員は峰山1人だけじゃない。ほら! 挨拶挨拶」
十朱は、俺に挨拶をしろと言わんばかりに、ハニカミながら背中を軽く叩いてくる。俺の心理を悟ったのかは知らないが、気に食わない奴だ。
「零乃才羽です。よろしくお願いします」
「おう。よろしく!」
「よろしくねー」
「よろしくお願いします」
先輩達から声が返ってきて、少しホッとする。
若干シュウの影に収まるかと思ったが、今の所は大丈夫そうだ。
「よーし。揃ってるからミーティング始めるぞ。まあ、2人外に出てるがな。……あぁ、2人には悪いが、立ったままで聞け」
言われるがままに、俺達は部屋の端っこの方に並んで立つ。
「最初に言っとくが、今日の出動は無しだ。このところENDSの動きが大人しいってのもあるが、今日は違う。それはな、俺達CDA直轄救助部隊に、新たなメンバーが加わったからだ!
救助部隊も増やせる。大助かりって訳だ。こいつらの階級は訓練兵から異例のA。俺はこいつらを第9分隊、第10分隊の隊長に任命しようと思ってる。
まぁ、この実力ならすぐに実戦に出ても問題はないが、今日はこいつらに、各隊長の仕事を確認してもらおうと思う。
他には、サポーターの紹介や部隊編成。部屋の割り振り。実戦の前にやってもらいたい事は山ほどあるんだ。
まぁ、一気にやんなくてもいいから少しずつやってけ。わかったな?」
俺とシュウは同時に固く頷いた。
「よし、いい面構えになって帰ってきたな。歓迎するぞ。よっしゃおまえらぁ!」
「「イエッサー!!」」
先輩達はどこから出したのか、手に爆竹とライター。クラッカーなんて、どこの指の関節を使って20個も片手に持っているんだろう。
なんとなーく先は読めたが、出来ればやめて欲しかった。
もう、手遅れなのだが。
「「ようこそ我が部隊へー!」」
数分に渡る歓迎の儀式『爆竹祭り』は、爆音と十朱の高笑いが、俺達の鼓膜をさらに震え上がらせただけで幕を閉じたのだった。
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