~ 第9話 忘れられないもの ~
── サイハ視点 ──
長いエレベーターが地上へ到着すると、俺達はスピアを出て、そこから駅まで歩く。
その道中、俺達の前をバスが横切る。チラリと車内を覗くと、車内には運転手が乗っておらず、利用者のみが乗っているという、なんとも不思議な光景が広がっていた。
あれは移動補助型AIだ。CDAでは、AIが幅広く活躍している。例えば、朝食時に俺の唐揚げを回収した憎きアイツ。その他にも、壁の警護に携わる、駐屯隊の補助的な仕事を担う、飛行監視型AI。電車やバス等を、目的地まで勝手に運転してくれる移動補助型AI等々。そして、今から行く駅なんかも全てAIが運転、管理しているのだ。人の世も末ってやつか。
因みに、料金は0だ。CDAではお金を使うという概念が存在しない。欲しい物はある程度支給もされるし、今朝食べた朝食なんかも全て無料だ。まさにここは、人類にとっての楽園ってわけだ。
ーーー
俺達はスピアの目の前にある駅で電車に乗り込み、居住エリアまで移動した。
その間に、皇は色々とやらかしてくれた。それは電車に乗り込む前の事であった。
スメラギ『隊長、喉乾いてませんか? 私取ってきますので、何が良いか教えて下さい!』
俺『え? お、おう。じゃあ、カフェオレ(気がきくじゃないか)』
──数分後。
スメラギ『隊長! お待たせしました! どうぞ!(ニコッ)』
俺『おう、ありが──……おい、スメラギ』
スメラギ『はい!』
俺『これ、ブラックなんだけど……』
俺・スメラギ『……』
まあ、それはまだ……まだいいほうだ。
問題は電車から降りた時だ。
スメラギ『やっと着きましたね! 居住エリアまで後少しです!』
俺『そうだな。てかスメラギ、工具箱は? あれが無いと今日何もできないぞ』
スメラギ『あ、危ない! 電車に忘れたようです! ちょっと取ってきますね!』
電車『ドアが締まります』
スメラギ『あっ、あー! 待って下さい!』
俺・スメラギ『……』
「……何でそんなに鈍臭ェんだよオマエは」
「す……すみません」
もう、疲れた。
ーーー
そんなこんなで色々あったが、今は居住エリアの中にいる。ここは何と言うか、外とは世界が違う。上を見上げれば
しかも妙に居心地がいい。風も吹いるし、気温もまた絶妙だな。この気候は『春』そのものだ。一体風はどうしているのだろうか。
「これは……どうなってんだ?」
すると皇が「これはですね……」と呟きながら、リュックの中を漁り始める。ながいこと探していたが、ようやく目当ての物を見つけたのか、それを手に高々と掲げる。
「テレレテッテレー! メモ帳ー」
へぇ、メモ帳なんかもってたのか。マメだな。
……ん? まてよ? はァ!?
「オマエ手帳もってんじゃねェか!!」
「え? これメモ帳って言うんですけど……」
皇は眉をひそめ、こちらを見てくる。
「何で俺が知らない風になってんだよ、ちげェよ!!
あーもうクソ! 俺の周りは馬鹿ばっかかよ……」
「隊長大丈夫です。これを見てください」
「あァ?」
皇が持っているメモ帳に目をやると、CDA内の情報が事細かく、綺麗に色々と
「ほォ……」
「ふふん!」
メモ帳の中身はほとんど平仮名で書かれているが、見映えはいいようだ。開かれているページは最初の方なので、皇がCDA内を初めて回った時か。サポーターになるために、頑張って書いたんだろうな。この時のやる気を、今の仕事にも発揮して頂きたいものだ。
「じゃあ、早速読んでいきますね!
まず始めに、あの空や太陽は、全てドームに映し出された巨大ディスプレイによる映像らしいです!
太陽自体は熱を持ってなくて、地熱や空調で温度管理をされているらしいですね。いわゆる、
「いや、もう少し言葉を選べよ」
「でですね!? あのドームには隠し玉が──」
「聞いちゃいねェ……」
しかし、初めて皇に感心したかもしれない。これを書いていた頃の皇は、多少は仕事熱心だったんだろうな。
皇の話によると、あの穏やかな風の正体は、どうやら空調を良くするために流れている風らしい。いわば換気だな。
そしてこの居住エリアには、朝と夜もちゃんとあるらしく、それぞれの時間帯で明るさや温度が調整されているとのこと。
問題は電力だ。支部内には様々な発電設備が整っているが、主力となっているのは地熱、風力、波力、太陽光らしい。それだけで足りるのか疑問だが、現に問題なく設備が動いているので大丈夫なのだろう。しかし地球に優しい発電方法だな。
それにしても凄く綺麗な眺めだ。昔を思い出す。
居住エリア内には大きな建物等はなく、仮設住宅ばかりで特に面白味はない。
そりゃ、面白味も何も無いところでずっと暮らしてたら、
そうして、その鬱憤を俺達にクレームとしてぶつけることで、鬱憤晴らしをしてるんだろうな。
「おにーちゃん、おねーちゃん!」
ふと、背後から幼い声がきこえる。
振り返ると、まだ小学生にもなっていないと思われる男の子と女の子が、仲良く手を繋いでいた。よく見ると、2人の腕には、何やら銀色の腕輪のようなものが付いていた。
「どうしたの? 迷子かなぁ?」
「迷子じゃないよ。遊んでたの!」
「そう、おねーちゃんも一緒に遊んじゃおうかな」
皇が2人の手を引こうとしている。
「スメラギさん? 今はお仕事中。
遊んだら駄目って、教わらなかったんですか?」
俺は一芝居打ち、再び皇と歩き始めた。
あとで腕輪について皇に聞くと、居住エリアに住んでいる人間は腕輪をつけ、心拍数や体温。いつも
これもENDから人々を守り、新たな犠牲者を出さない予防法なのだとか。
「……ここか」
「ここですね!」
皇の話を聞いている間に、34ブロックの仮設住宅に到着した。
仮設住宅は真っ白な塗装がされており、とてもシンプルに作られている。
すぐさま34ブロックの管理室にいき、無線機で御手洗さんを呼びかける。
それは皇担当だ。
「直轄救助部隊で~す! 御手洗様はいらっしゃいますかー?」
「……直轄救助部隊です!」
「あっ……直轄救助部隊ですっ!」
すると、仮設住宅から1人のお婆さんが出てきた。お婆さんは俺達の姿を見ると否や、シワついた顔を更にシワクチャにして喜んでくれた。
「あぁ、水道屋さんかい? すまんねぇ、わざわざ来ていただいて……」
「あ、あの。直轄救助──」
「ここの排水口が詰まっててねぇ。トイレも流れやしないんだよ」
皇の言葉を聞こうともしないおばあちゃんは、要件と詳細を一方通行で伝えて、家に戻っていった。
「あ、あれ……」
「後は任せるって事だろ。はァ、めんどくせェがやるか」
「は、はい!!」
持ってきた工具箱からプラスドライバーを取り出し、さっそく作業に取り掛かる。
排水口が詰まる原因として考えられるのが、給水ポンプがイカれてるか、水の配管に何かが詰まってるか、だ。
御手洗宅の近くを見渡すと、水配管の集合体があったのでまずはそこを調べることにする。
水配管の集合体と、本管をつなぐ部分のボルトを取り外し、器具を掴んで挟んでおく。そこに仕切りを入れて元をたどれば、原因がわかるはずだ。
「スメラギ。仕切り」
「しきり……しきり……あ、これですね!」
「……おいおいおい」
絶句しそうだった。手渡された物。それはうちわだった。
「す、すみませーん。持って来るの忘れちゃって……」
「流石にないわ」
無能のサポーターは放り、別の手段を使おう。
多少強引なやり方だが、マンホールを開けて、中を這っている配管1つ1つに、俺の力を使い、水が排出される方へ重力で水を流し、水が流れて来ない場所を探そう。
時間が掛かり、下手したら配管を壊してしまいそうだが、
「ま、待ってください!」
皇は俺の肩を掴み、華やいだ声を少し震わせながら懇願する。
「私も連れて行ってください!」
「駄目だ」
「……嫌です! 連れて行ってくださいっ!」
コイツは一体何がしたいのかがわからない。自ら位を落としに来ているのか? それとも、喧嘩を売ってる?
だがそれ以前に、俺はドSだが、外道ではない。
女をわざわざ汚い所へ連れていくなんて、そんな行為は絶対に行いたくないし、しない。
彼女は別の分野で頑張れば良いのだ。汚れ仕事は俺だけで充分だろ。
「隊長は、私の事がお嫌いですか?」
俺の肩を掴んでいる皇の手が、震えている。
「いや別にそんな訳じゃ……」
「なら私も行きます。先に降りますので、隊長は後で」
俺の肩を手で押し、皇は前へ出る──。
「──だから邪魔でしかねェのがわからねェのか!!」
「ッ……!!」
皇は一瞬肩を震わせ、下を向く。そして下唇を噛み、苦渋の表情を浮かべる。
嘘半分だとしても言い過ぎたな。もっと言葉は選ぶべきだったのかもしれない。だがなぜだ。失敗を犯す為に付いてくるのか?
だとしたらなぜ。まさかこの仕事に不満が?
上からの圧力。理不尽な要求。だから早く辞めさせられる為に、わざとミスを犯すか。
「スメラギ、正直に答えろ。この仕事は嫌か?
嫌なら俺1人でもやれるって十朱に──」
「そ、それは違います!! 隊長の下で仕事が出来て、とても……本当に光栄で!」
「じゃあ何故、お前はそんなにミスをしにくる」
すると皇は右手で頬を掻き、モジモジしだす。若干彼女の顔が火照ったように赤い。
「そ、それはですね……」
ん? 何故そこで頬を赤らめる。いったいどこにそんな要素が存在した。
「初めて隊長にお会いした時……私、見てしまったんです」
「な、ナニ……を?」
無意識に危機を悟った俺は、頭の中の情報を総動員させる。
まさか……。そんな、やめてくれ。俺の傷を再び抉ろうと言うのか。皇と初めて会った日──俺の黒歴史リストが更新された日だ。名付けて『
……やめよう。
そんな俺のめでたくも
──ハッ。
まさかコイツ、あの時の俺の様子を見て?
いやいやいや、それはない……ないだろ。
なんてったって、俺の
自分で言うのもあれだが、あんな子供染みた事をしたのだ。引かない奴がいるわけがない。そうだ、もう何も考えない。俺は何も考えないゾッ。
「あ、あの時の隊長の笑顔はとても……とても素晴らしかった、です。あの笑顔が、私はいつの間にか
皇は俺から目を逸らし、耳まで顔を赤く染め上げながら告げる。
「す……好きです」
てかやっぱり、笑顔云々じゃなくて、黒歴史の翼であり、更新日(笑)じゃねェか!!
「……くそゥ」
顔が熱い。
きっと今、俺は物凄く赤面しているだろう。
底知れぬ恥ずかしさと、自身の情けなさによって。
「でも、隊長はあの時から一向に笑ってくださらない、むしろ怒ってばっかりで。
だから、私が笑わせようと思ったんです!」
ん? てことは皇は、
「……まさか、やっぱわざとミスをしてたってことか?」
「ま、まぁ……わざとじゃないミスもありますけど」
皇は少し口を尖らせ、パッチリとした潤んだ瞳を、下へ向ける。
俺は溜め込んでいた息を吐く。そして大きく息を吸い込み声の限りに叫ぶ。
「こんの大大大バカがッ!!」
俺はここから、永遠に語り継がれる事になるであろう、伝家の宝刀、右手チョップを、皇の頭に軽く直撃させる。
「あうっ!!」
軽くした筈なのだが、皇は頭と膝を抱え、座り込んでしまう。
俺は気恥ずかしくも、皇の目の前に座り込む。そして、皇の顔を覗き込むように語りかける。
「あのなァ。お前がクソくだらねェミスを連発するから、俺は怒ってんだ。
しかもわざととは、タチが悪すぎる。相手を怒らせることしかしてないからな」
皇は頭を上げ、顔をこちらに向ける。その顔は呆気(あっけ)に取られたような表情だ。自分は一体何をしていたんだろう。そういった表情をしている。
「無理に笑わせる必要なんてなかったんだ……」
「そういう事だ。
現に俺は、仕切りとうちわを間違えてました……そういうのでは絶対に笑わねェよ。普段もあんま笑わねェがな」
すると皇は何を思ったのか、パアッと顔を明るくする。
「わかりました! 私、これからはちゃんと一生懸命頑張りますね!!」
「あァ、期待はしてんだかんな。
よし、仕切り持ってこい。リスタートといこうじゃねェか」
「えへへ……わかりました!!
よーし! では、執務室から仕切り取ってきます!!」
皇は元気良く立ち上がり、両腕ガッツポーズをかます。そして
「──いや、走れ!!」
「ハッ! ……はいっ!!」
パタパタと一所懸命に走る小さな背中を見送る。
「いいコンビじゃないか」
「うわっ!!」
背中からいきなり声を掛けられる。
そこにいたのは、原因調査の依頼を申し付けた
こ、このばあちゃんも気配消せるのかよ……。いや、俺の注意不足なだけか。
「……はァ、んなわけねェよ。
もう少し頭の回る奴だと良かったんだが」
「でも、今のあんたの顔を見たら、そうは思えんがねぇ?」
ん? 顔?
顔を全力で擦る。すると、顔の筋肉が
「あ、あれ。何だよ、これ……」
「それが、あの子の言っていた
『忘れられないもの』か。
「ふっ……まぁ。
今の所は」
俺は、皇の姿が見えなくなるまで、一所懸命に走る小さな背中を見送った。
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