第24話 俺たちドラゴン族
「う……ん……」
目を覚ますと気絶した時の状況のままうつ伏せになっていた。
場所もそのままだ。
まだ頭がはっきりしない状態で前方を見ると、焼き払われた大口の化け物の消し炭が見える。
そうか、倒せたのは夢では無かったんだな、最後の止めを刺したのは俺じゃないけど。
「そうだあいつらは……!! いででででで……!!」
意識が飛ぶ寸前に見た影、それを探すため身体を起こそうとするが全身に激痛が走った、とてもではないが起き上がる事は出来ない。
俺は再びその場に突っ伏した。
「あっ……パパが起きた!! パパーーーー!!」
駆け寄ってくる軽い足音、俺の視界に入ったのは……。
「マーニャ……!!」
俺の目に涙が溜まり、顔に沿って流れ落ちる。
良かった、スーが言っていた通り、マーニャは生きていた。
こんなに嬉しい事は無い。
「エヘヘ……パパのお顔は大きいね~」
マーニャが俺の鼻先にしがみ付き頬ずりする、おいおいそんな事をしたら俺のザラザラの皮膚で擦りむいちゃうぞ。
「そうだマーニャ、リアンヌは、ママは無事か?」
「うん!! ママならあっちに居るよ!!」
「そうか……良かった……」
これで安心だ、二人の無事が確認できたのだからな。
「目を覚ましたんだって? リュウジ兄さん……」
次に俺の前に現れたのは、はちみつ色のボリューミーなショートヘアーを白いバンダナで纏め上げ、頭上でリボンの様に結んだ活発そうな少女だ。
服装もノースリーブのシャツにショートパンツと実に開放的だ。
「お前……ドラミだよな……?」
「そうだよ~懐かしいでしょうこの格好……そうそう、兄さんさ一度人間の姿になってくれない? ドラゴンのままじゃ重くて運べなくてさ~」
「うん……? ああ、そうか分かった……」
何でここに放置されていたのかと思ったら、それが理由かよ。
確かにドラゴンは身体に対して腕が異様に短くて小さい、だから仲間のドラゴンを直接運ぶとなると難しい所があるんだよな。
俺が気絶していた時間がどれほどかは分からないが、魔力も少し回復したようだな……人間体になるのには差し支えないだろう。
「これでいいか?」
「うん、これなら私一人で余裕で運べるわ」
そう言うとドラミはひょいっと俺を抱え上げた、俗に言うお姫様抱っこと言うやつだ。
「ちょっ……ちょっと待った……!! さすがにこの抱き方は……!!」
「いいっていいって!! 遠慮しないの!!」
「いや、そういう意味では……」
遠慮とかそう言うんじゃあなくてだな…恥ずかしいだろういくら何でも…。
「ウフフ……パパお姫様みたい!!」
「いや~!! 言わないで~!!」
それを見たマーニャに早速指摘された……俺は両手で顔を覆い、イヤイヤをする。
ほらみろ…こうなるから嫌だったんだ……。
「マーニャちゃん、ママたちの所へ戻ろうか」
「うん!! ドラミおばちゃん!!」
「ドラミお姉さんよ、マーニャちゃん」
聞いちゃいねぇ……仕方ない、少しの間我慢するか……でもいつの間に仲良くなったんだ君達。
ドラミに抱え上げられて戻って来たのは俺の住処である洞窟であった。
俺の記憶にある限り、ドラゴの魔法攻撃により巨大な岩が落下した場所だ。
ドラミの腕から降り、彼女に肩を貸してもらいながら歩みを進めるが緊張で落ち着かない。
マーニャの受け答えの感じからリアンヌは無事な上にケガなどの深刻な状態でないのは分かっているが、いざ自分の目で確認となると途端に不安になって来る。
「あらリュウジ……お帰りなさい……」
洞窟の中には藁のベッドの上で横になっているリアンヌが居た。
俺は痛む身体もお構いなしに一心不乱に彼女に駆け寄りぎゅっと抱きしめた。
「良かった……無事でいてくれた……もう会えないかと思った……」
この匂い……間違いない、俺のリアンヌだ。
存在を確認するかの様に彼女の顔に頬を寄せ、身体をより一層強く抱きしめる。
「もう……大袈裟ね、でもみんな無事で何よりだわ……」
彼女はポンポンと俺の背中を優しく叩く。
「ところでどうしてベッドに? どこか痛めたのか?」
「違うわよ……少し疲れてしまって……」
よく見るとリアンヌの顔色があまり良くない。
「よう、戻ったかリュウジ……」
「リュウイチ……」
森の方から沢山の小枝を抱えてリュウイチが人間体で現れた。
相変わらずの赤毛のモブ顔……髪の色以外、何でそんなに目立たない姿に変身する様にしたのか……イメージでもっとイケメンに化ける事も可能なはずなのに……でもそんな控えめな所がリュウイチらしいと言えばらしいのだが。
「必要になると思って薪の材料を拾って来たよ」
「リュウイチ……さっきは助かったぜ、ドラミも……お前たちが来てくれなかったら今頃俺たち家族は…」
「いいっていいって……それにリアンヌさんとマーニャちゃんを守ったのは僕たちじゃあないからね……」
「うん? それはどういう事だ? 俺はてっきり……」
違うのか? では二人はどうやって助かったんだ?
「まあまあ、積もる話はお茶でも飲みながら、ね?」
でもリアンヌが床に伏せっているのに俺がここを離れる訳には……。
「行って来たら? 久し振りの兄弟の再会なんでしょう?」
リアンヌが微笑む。
「でも……」
「大丈夫よ、少し休めば良くなるわ……ほら行って来て」
「分かった……すぐに戻ってくるからな」
「ごめんなさいねリアンヌ
ドラミは茶目っ気たっぷりに手を振り、リアンヌもそれに微笑みながら応える。
リアンヌの事は気掛かりだったが、今は近くにいる事が出来るからそう深刻に考える事も無いのかもしれない。
居間として使っている部屋に移動し、ドラミに促され俺はテーブルに着くことにした。
実は立っているのも辛いのでありがたい。
「そうだね……何から話そうか……」
俺たち家族が普段使っている切り株や倒木を利用して作られたテーブルと囲み、お茶会が始まった。
「じゃあ聞きたい、なぜお前たちは今日、この時、ここへ来てくれたんだ?」
「まあ最初はそこが気になるよねやっぱり……実は夢を見たんだ……」
「夢……」
リュウイチがドラミに目配せし、ドラミも頷く。
「そう、夢枕にスーが出て来てね……五日後、リュウジお兄ちゃんが危ないから助けてあげてってね、言ったんだよ」
リュウイチが優し気な微笑みをたたえる。
「スーが? でもそれだけの事でよく来てくれる気になったな……文字通り夢かも知れないのに……」
「いえ、それだけじゃないのよ……これ、憶えてる?」
「それは……俺達がリューノスを旅立つ時に交換した……」
ドラミが手に持っているのは青い鱗だった……リューノスを巣立って別々の道を歩もうともずっと俺達は兄弟だ……そんな約束を込めてお互いに交換した鱗……。
「そうよ、夢を見た後に起きたらこのリュウジ兄さんの青い鱗が光っていたのよね……」
「うん、これは何かあると思ってすぐにリュウジの消息を探すことにしたんだ」
俺もドラゴとの戦いで死にかけた時、スーが現れて俺を再びこちらの世界に引き戻してくれた、きっと夢の件も鱗の件もスーの能力なんだろう。
自らの命が失われてから初めて発揮される能力……きっとスーはその事を知っていたのだろう。
スーは死して尚俺たち兄弟を見守ってくれているんだな……。
そういう意味では彼女はまだ死んでいない……俺はそう思う。
「別れてから長い事お互い連絡も取っていなかったのによくここが分かったな」
この広大なドラゴニアで、当てもなく人を探すなど何日掛かるか知れたものでは無い……よく見付けてくれたものだ。
「闇雲に探しても期限までに見つけられないと思ったからね、冒険者ギルドの情報網を使わせてもらったんだ」
「私もそう、リュウイチ兄さんとは別の国のギルドだけど、酒場の掲示板を調べれば青いドラゴン絡みのクエストならすぐに見つかると思って……」
「何!? まさかお前たち、人間に成りすまして冒険者をやっているのか!?」
「うん、そうだよ」
「うん、そう!!」
「お前ら………」
これは驚いた……この二人、ドラゴンでありながら人間社会に溶け込み、冒険者になっていたのか。
でもこれは異世界転生物ファンタジーとすれば王道、俺はすぐに所帯を持ってしまったからもう無理だが、確かにその選択はありだ。
当然だがお前達はお前たちで自分の物語の主人公なんだな。
俺も血沸き肉躍る冒険をしてみたかったぜ。
「ついでに聞いておきたいんだが、人間には俺の事はどう捉えられているんだ?」
俺は過去に人間の村を一つ滅ぼしている……今やその痕跡はもう無いが……。
人間に害をなすドラゴンは当然モンスターのカテゴリーに入れられ、冒険者の討伐クエストの対象になるはずだ。
実際、この二人が俺の元に来れたと言う事はそういう事なんだろう。
「行き過ぎたドラゴン信仰の村、ゲトーが青いドラゴンに滅ぼされたって情報は確かにあったんだ……でもどこにも討伐クエストの依頼は出ていなかったんだよ」
「それはまたどうして?」
「うんとね、それは村の住人がドラゴンの逆鱗に触れて滅ぼされてからって理由らしいよ、依頼する者が出なければ冒険者ギルドはクエストとして取り合わないからね、報酬が用意できないから」
「なるほど、でも人間の脅威になるとしたらどこかの国の軍隊が動きそうなものなんだが、そっちはどうだったんだ?」
そう、人間は自分たちの立場や財産を脅かす存在を絶対に野放しにはしない。
国民の安全の確保の名目で報酬が必要ない国の軍隊が討伐隊を編成しても何ら不思議はないのだ。
「流石に私には軍隊がらみの知り合いはいないんだけど、街の噂にすらそんな話が出て来た事は無いのよね、不自然なほどに……」
「そうか……」
僅かに腑に落ちない部分もあるにはあるが、ひとまず俺は胸をなでおろす。
俺がしでかした事で俺だけが人間に討たれるならばそれは仕方がない事と割り切る事が出来るが、今は家族がいる、新しく生まれてくる命もある、簡単に討たれる訳にはいかない、将来的に人間が攻めて来た時は全力を以て抵抗させてもらう、この世界はそういう世界だ、そう割り切るしかない。
「でもやっぱり一番驚いたのは、リュウジ兄さんが結婚していた事よね~」
「そうそう、それに子供まで居るなんて羨ましい限りだよ……」
彼らは空気を読んでか気にしていないのか、すぐに話題が切り替わる。
「そっ、そうか……?」
「そうよ!! 他種族と交わって子を
あ~~~私も誰か見つけて結婚しようかしら~~!!」
立ち上がりうっとりした表情で手を伸ばしクルクル回り出すドラミ。
「いいんじゃないかな、ドラミは僕から見ても十分魅力的だし、その気になればすぐに彼氏が見つかるよ、僕が人間の男だったらこんな可愛い子を放ってはおかないんだけどな」
「ありがと~~~!! リュウイチ兄さん!!」
無邪気な笑顔でリュウイチに抱き着くドラミ。
リュウイチも満更ではなさそうだ。
そう言えばこの二人は昔から仲が良かったっけ、でもリュウイチのあの言い回しは……でもまさかね、ところでドラゴンの近親婚って可能なんだろうか……?
「おっと話が弾んじまって後回しになったが肝心な事を聞いていなかったな、
リアンヌとマーニャはどうやって助かったんだ?」
再会して二人の様子を見る限り、リアンヌが疲れ気味なのを除けば全くの無傷で助かっている…勿論それは喜ばしい事だが、なぜそうなったのかは知っておきたい。
「実は私達も直に見ていた訳じゃないからマーニャちゃんの言ってた事をそのまま伝えるね?」
「ああ、頼む……」
「『ママのお腹がピカーッ!! と光ってね? マーニャたちをクルンとして飛んで来た石をポヨンポヨンってしたの~~~!!』……て言ってたわ」
「イマイチ伝わってこないんだが……」
まあマーニャは幼いから語彙が少ないのは仕方ない……。
「リアンヌさんが何かしらの防御魔法を発動したんじゃないのかい?」
「いや、リアンヌに魔法は使えないんだ、それはあり得ない」
リュウイチの意見はもっともだ、誰だってそう思うだろう。
しかし実際に魔法が使えない二人が助かっている以上、それは本当に起った事なのだ。
そして腹が光ったというのも俺を混乱させ不安にさせる。
「パパ!! パパ!! ちょっと来て!!」
「どうしたんだマーニャ? そんなに慌てて……」
俺が頭を捻っていると、リアンヌに付いていたマーニャが血相変えて俺達の居る所に駆けこんで来る。
「ママが!! ママが大変なの!! 早く来て!!」
「何だって!?」
今迄の和やかな空気が一変、俺達は慌てて席を立つ。
少し疲れていると言っていたがそこまで具合が悪いようには見えなかったんだが、やはりそばを離れるべきではなかったか。
一体リアンヌの身に何が起きたのだろう……?
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