第25話 こんにちはドラゴン


「うっ……うわああああっ……!!」


 寝室に駆け付けた俺の目に入って来たのは声を張り上げこれ以上無い程もがき苦しむリアンヌの姿だった。


「おい!! 大丈夫か!?」


「ああっ……リュウジ……急にお腹が……うあああっ!!」


 大きくなったお腹を抱えながら尚も苦しむ…まさか陣痛が始まったのか?

 いや待て、リアンヌは妊娠してからまだ五ヶ月だぞ、臨月にはまだ早いはず……。


「ちょっとリュウジ兄さん、何やってるの!?」


「ああっ……」


「もう!! どいて!!」


 何も考えられなくて立ち尽くしてしまった俺を押しのけドラミがリアンヌの容態を見る。


「子供が生まれるわ……!!」


「そんな……!? まだ早いんじゃ……」


「早いも何も生まれるものは生まれるのよ!! しっかりしてよ!!」


 よく妻の出産にあたって旦那が全く役に立たないと聞くが、まさに今、その事を俺は身をもって実感している…テンパってしまって何をどうして良いのか判断できない……。


「リュウイチ兄さんはお湯を沸かして!! ファイアブレスで沸騰させちゃ駄目よ!! 少しぬるい位にして!!」


「分かった!!」


「マーニャちゃんは綺麗な布を多めに用意してくれるかしら?」


「うん!! 分かった~~~!!」


 リュウイチとマーニャが急ぎ足で部屋を出ていく…それにしても凄いなドラミの奴、てきぱきと指示を出して……こんな時だって言うのに堂々として肝が据わっている。

このタイミングでドラミがここにいてくれて助かった……勿論リュウイチも。


「ほらほら、リュウジ兄さんは義姉さんの手を握って励まして……」


「あっ…ああっ…」


 慌ててリアンヌに寄り添い手を握る……すると物凄い強さで握り返された。

 なんて力だ…それだけ子供を出産するという事は激痛を伴うのだな……。


「頑張れ!! 頑張れ!! リアンヌ!!」


「う~~~~~!!! もう十分頑張ってるでしょう!? 無責任な事言わないで!!」


「ごめん……」


 リアンヌに怒られた……気が立っている様だ。


「あっ……!! が見えてきたわよ!! もう少しよ義姉さん!!」


「うぐっ……うわあああああああっ……!!!!」




 今この時……無事、俺の子が生まれた……。


 いや、まだ完全に生れたわけではない……なぜそんなおかしな言い回しをするかって? それはまだ殻の中にいるからだ。

 さっきのドラミが言った頭が出ている……は卵の先端が出ているという事だったのだ。

 

 リアンヌの身体から出て来たのは、大人が抱える程大きな卵だったのだ。




「リアンヌ義姉さんおめでとう……とても立派な卵ですよ」


「ありがとうドラミさん……でも何だか複雑な心境だわ……人間の私がこんなに大きな卵を産むだなんてね……」


 枕元に運ばれたピンクの水玉の卵を見て愛おしそうに目を細めるリアンヌ。

 しかしリアクションが薄くないか!? 卵だよ!? あなた人間なのに卵を産んだんですよ!? もっと驚いてもいいと思うんだが……。

 こういう時女性は落ち着いているものなのか?

 かく言う俺も卵から生まれているけど前世の記憶があったから混乱したものさ。


「フンフンフ~ン……」


 卵を床に敷き詰めた藁の上に移したあと、沸かして来たお湯で布を湿らせ卵を丹念に拭うリュウイチ。


「悪いな、そんな事までさせちまって、でもお前、何だか嬉しそうだな」


「そりゃそうさ、僕の甥っ子か姪っ子が生まれたんだ……こんなに嬉しい事があるかい?」

 

 満面の笑みを浮かべるリュウイチ……本当にお前は気のいいやつだよ。


「ねぇねぇ!! 赤ちゃんはいつ生まれるの!?」

 

 マーニャが卵を見ながら足を落ち着きなく動かす。


「う~ん、そうだな~遅くても今日中には孵ると思うけど……」


「カエル?」


「いや生まれるだね……」


 人間の子供が卵から生まれるのは常識ではないからな……もう少し大きくなったらマーニャにはしっかりと教えてあげないと。


「あっ!! いま動いたよ!! 卵が動いた!!」


「本当か!?」


 マーニャの指摘通り、卵が小刻みに揺れている……これはそろそろくるか?

 そうこうしている内に揺れがより激しくなっていく……そして卵の側面に亀裂が入り破片が剥がれ落ちる。

 やがてその亀裂から小さな二つの突起が見えた、それは何度も出たり入ったりを繰り返し穴を広げていく……あの突起は何だ?

 ここで俺はある疑問を抱く……ドラゴンである俺と人間であるリアンヌの血を受け継ぐ子は一体何者なのだろうと……。

 ドラゴン? 人間? それとも……だがそんな事は些細な事だな……どんな姿だろうと俺の子に変わりはない。


 殻の穴が一際大きくなり、中から何かが飛び出してきた……頭だ、どちらかというと人間に近い容姿……そして殻を割る時に見えていたのは額の両脇には生えた角だったのだ。


「ぴゃああああっ………!!!」


 手足を伸ばし完全に殻を破壊して出て来たのは人間寄りの容姿をした女の赤ん坊だった。

 ただし人間と大きく違うのは頭の角、お尻の尻尾、背中には恐らく翼が生えるであろう突起もある……そして身体の要所要所には鱗の存在も確認できた。

 

竜人ドラゴンハーフ』……彼女を種族で呼ぶならきっとこうだろう。


「わー……女の子だ!! 私に妹が出来たよ!!」


 小躍りして喜ぶマーニャ。


「良かった……本当に……」


 やっと生まれて来てくれたという実感が俺の中に芽生える……頬に一筋のうれし涙が伝う。

 今度こそ母親であるリアンヌとベッドでご対面だ、リアンヌも喜びをかみしめ我が子を優しく抱き寄せた。


 そう言えばさっきのリュウイチたちとの会話で出たリアンヌの腹が輝いて魔法障壁が張られたっていう話……もしかしてこの子が胎内から魔法を展開したのではないかと俺は思う。

 生まれる前から母と姉を守るとは……これは将来が楽しみな逸材になるのではないだろうか。


「ねぇ、リュウジ……この子の名前は? 考えてくれてるんでしょう?」


「ああ勿論、この子の名前はミコト……そう、ミコトだ」


「綺麗な響きね……パパが名前を付けてくれましたよ~これからよろしくねミコトちゃん」


「ミコト~~~私がお姉ちゃんだよ~~~マーニャお姉ちゃんだよ~~~」


 ミコトとは俺の前世の記憶では『命』を現わす言葉だ。

 生まれる前から家族の命を守り、彼女自らも種族間を越えて奇跡的に命を授かった……願わくばこれからの生涯、沢山の命を守っていってもらいたい……。


 それからお祝いムードの中、リュウイチとドラミは三日間ここに滞在してくれた。

 その間、俺達兄弟は別れてからの出来事をお互いに話して過ごた…どれもこれも俺に負けず劣らず波乱万丈な冒険譚ばかりで時間はあっという間に過ぎ去った。

 そして二人とのお別れの朝が来た。


「本当にありがとうなリュウイチ、ドラミ……」


 森の開けた所で二人を見送る。

 見送りにはリアンヌと彼女に抱かれたミコト、マーニャが一緒に来ている。

 リアンヌは産後の肥立ちがよく、もう既に立って歩けるほどに回復していた。


「いいっていいって、そんなに何度もお礼を言われたらこちらが逆に恐縮してしまうよ」


「そうよ、こんな機会でもなければ兄弟がみんな揃う事は無いんだから……それにリュウジ兄さんのお嫁さんや姪っ子にも会えたんだから私は楽しかったわよ」


 二人共満足げだ。


「そう言えばドラゴの奴は……」


「……それなんだけど、あの怪物の焼け残りの中にはそれらしき亡骸は見つからなかったんだよ…多分、僕のファイアブレスに焼き尽くされる前に地中に脱出したんじゃないかな……」


 あり得る……ドラゴの土属性魔法に逃走用の穴を瞬時に地面に開ける魔法があったはず……となればまた奴とは相まみえる事があるかも知れない。


「あの化け物の事はどう思う?」


 なるべく後ろにいるリアンヌとマーニャに聞こえない様に小声で話す。


「詳しくは分からないけどなんだろうね……僕らが世界を守らなきゃいけない理由は……」


「あの化け物から世界を守るために私達が世界に散らばってるって言うの? リュウイチ兄さんは」


「俺もリュウイチの意見に賛同するよ……リューノスに居た時、ドラゴンが地上を守護する理由をティアマト母さんが口を濁して俺達にハッキリ説明できなかった事があったろ? 恐らくあの化け物が関係しているのは間違いないと思う……」


 だが俺達ドラゴン族が悠久に亘って世界を守り続けているのは何故なんだろう……化け物を全て根絶やしにしてしまえばドラゴン族が地脈に縛られるような不自由を強いられることも無くなるというのに……。

 きっとそう出来ない理由がある……あの化け物の正体にきっと深く関係している筈だ。


「なるほど……戻ったらその辺の事も改めて調べてみるよ」


「私もそうする」


「頼んだぜ、俺にはそういった行動は難しいからさ……」


 チラッと家族の方を見る。


「分かってるよ、何か分かったら必ず知らせるからさ」


「それじゃあ私達はそろそろ行くね……」


「ああ、また会おう!!」


 俺達三人は拳を突き出しぶつけ合う……今度も笑って再会しようぜ。


 リュウイチとドラミはドラゴンの姿になり飛び立っていった。


「バイバーーーーイ!! リュウイチおじちゃん!! ドラミおばちゃん!!」


 マーニャが大声で叫び手を振り回す。


「ドラミよマーニャちゃん!!」


 飛びながら首だけ後ろに向けてドラミが訂正する。

 やっぱりまだおばさん呼びはして欲しくないらしい……。


 颯爽と飛び去っていく二頭のドラゴンを見送った後、俺はリアンヌとマーニャの間に入り、両腕で二人の肩を抱きながら家路についた。

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