第22話 ドラゴン×ドラゴン


 気が付くと俺は暗闇の中に居た、それも何故か人の姿で。


 その闇の中を水面に浮かんでいるような感覚でユラユラ仰向けで漂う。

 このパターン、前にどこかで見た様な……俺は軽いデジャビュに陥る。

 そうか、俺は死んだんだな……ふと思い出したがこれは俺が人間だった前世からドラゴンとして生まれ変わってこのドラゴニアに転生した時の状況に酷似している。

 という事はまた転生するのか俺……記憶を持ったまま人生をやり直せるってきっと順風満帆な生活を送れるのだとばかり思っていたが、思った程いいことだらけではないもんだな、今回の人生で嫌という程思い知らされたよ。

 なまじ前世に未練とコンプレックスがある上、倫理観が既に備わってしまっているものだから、それに反発する行動に出ようとする、俺のこの行動理念がこの結末を招いたのは疑いようのない事実。

 もしこのまま新たに別の異世界へ転生するのなら記憶を引き継がずに行きたいものだ。

 もう殺伐としたファンタジー世界はご免だ、出来れば近未来がいいな。

 そうだいっその事、今度は女の子に転生するのも悪くないかな……そうすれば穏やかな人生を歩めるかもしれない……綺麗なフリフリの洋服に甘いスイーツ……実に平和的だ。


「まあ、お兄ちゃんにそんな趣味があったのですか? 初耳ですね……」


「……!? 誰だ!?」


 いきなり若い女性の声で話し掛けられ俺は心底驚いた。

 まさかこの空間に俺以外の存在がいるとは思ってもみなかったからだ。


「お久し振りです、お兄ちゃん……」


 ボワっと闇の中にピンク髪の少女の姿が浮かび上がる。

 彼女はフリフリのフリルまみれの甘いワンピースを着ている。

 俺と目を合わせると少女はニッコリと微笑み小首をかしげる。


「おっ……お前は……スー!! スーじゃないか!!」


「はい、スーですよ? お兄ちゃん」


 彼女の今の姿はリューノスにいた頃、人間への変化の術を習った時にスーが化けた時の姿そのものだ。

 俺の目に涙が溜まっていく、何だか最近感極まって泣く事が多くないか?

 そんなに泣き虫では無かったはずなんだがな……。


「あらあら、どうしたんですか? あんなに強くて頼り甲斐のあったお兄ちゃんが、らしくないですよ?」


「俺は弱き者が強き者に虐げられる世界を正したくて今迄必死に生きぬいて来た……

妻を娶り、娘同然の存在も出来た……そして新たな命も授かったばかりだったのに……それを俺の力が及ばなかったばかりに全て失ってしまったんだ……

 俺は……強くも無ければ頼り甲斐も無い……所詮はいじめっ子に面と向かって文句も言えなかった弱虫のいじめられっ子さ!!」


 分かってる、これは質の悪い愚痴だ。

 それこそ死んでしまったスーに吐露したところで彼女に不快な思いをさせるだけ。

 ただどうしても誰かに聞いて欲しかった、こんな事、例え妻であってもリアンヌには聞かせられない。

 しかし今は、これまでため込んで来たものを洗いざらい吐き出せる相手が欲しかったのだ、慰めてもらいたかったのだ。

 しかしスーから返って来た言葉は俺が求めていたものとは違うものだった。


「じゃあお兄ちゃんは諦めるのですか?」


「えっ……?」


「そんな優しい世界を創るって決めたんですよね? まだ実現もしていないのに、お兄ちゃんはそれを投げだして、みんなを見捨てて一人だけでどこかに行ってしまうんですね?」


「今の俺にはどうする事も出来ない、それにみんなって言ってももう俺の家族は……」


「では聞きますが、逃げた先に家族はいますか? 異世界に転生すれば会える? 天国に行けば会える? いいえ、そんな所へ行ってもお兄ちゃんは家族に再会する事は出来ません」


「うっ……」


 返す言葉も無い。

 あの優しかったスーからは想像できない程、熱の籠った叱咤だ。

 本当に目の前の少女はスーなのか?


「何故だかわかりますか? それはリアンヌさんもマーニャちゃんもまだ生きているからです」


「ええっ…!? それは本当か!?」


 スーの衝撃の発言、あの二人が生きている?

 確かに住処の洞窟の場所に岩は落下した…、かし二人の死を直接この目で確かめたわけではないのも事実。

 もしかして運よく逃げ延びたのか? しかしどうやって?

  

「俺、戻るよ……この目で二人の無事を確認しなきゃいけなくなった……」


 もし生きているなら、俺が一人だけ死んでしまったら誰が二人を守る?

 ここは是が非でも戻らなければ、たとえ死んでいたとしても気合いで生き返ってやる。


「良かった……本当はこれ、内緒だったんですよ? でもあまりにお兄ちゃんがグダグダ言うからつい……」


 スーはウインクして唇の前に人差し指を立てた。

 こいつめ、俺を手玉に取るとは中々やるじゃないか。


「じゃあ俺はもういくよ、色々ありがとうなスー…」


「うん、頑張ってねお兄ちゃん…」


 俺はスーを優しく抱きしめた、生前に叶わなかった兄妹のふれあい。

 死して尚、俺を励ましに来てくれるとは、なんて出来た妹だ。


「あっ……そうそうお兄ちゃん!!」


「どうした?」


「実はもうすぐ………」


 俺の視界が突然真っ白になった、スーが何か言いかけていたが途中から聞き取れなくなってしまった。

 何を言おうとしたんだろう、物凄く気になる。




 再び視界が回復すると、俺は空中を現在進行形で落下中であった。

 このままでは地面に衝突して本当にあの世行きだ。


「うおおおおおっ……!!!」


 大声を上げ自分自身に喝を入れる、背中から腹に貫通している大穴に手を当て『癒しの水ヒーリングアクア』を唱える事で塞ぐ。

 取り敢えずの応急処置、死ぬほど痛いが死ぬほどではない。

 そしてくるっと体制を立て直し地面に着地した、ギリギリだ、危なかった。


「ゼエ……ゼエ……ゼエ……」


『ほう、まだ死んでなかったか、流石にしぶといな』


 ドラゴの憎まれ口に対抗しようにも息が切れてそれどころでは無い。

 ここで少し俺自身も頭を冷さなければ……。

 このまま戦いを再開しても俺に勝ち目はないだろう、なら如何にしてこの戦いを終わらせるか。

 いや、不可能だ、ドラゴの奴は心底俺を憎んでいる、俺のタマを取るまでは絶対引き下がらないだろう。

 何かこう、とんでもない不測の事態が起こって戦闘が有耶無耶にでもならない限りは。


『……何か仕掛けて来るかと思い警戒していたが、どうやら万策尽きたようだな……

では今度こそ引導を渡してやろう!!』


 ドラゴの奴、どこからそんな芝居じみた言い回しを憶えてきたのか。

 人間を見下し、全く興味を示していなかったくせに、いつの間にか人間文化に毒されてるんじゃないか?

 追い詰められた状況なのに何故か笑いが込み上げてくる、俺も相当いかれてるぜ。

 しかし何でこのタイミングでいつもの閃きが起らないかな、この逆境を覆すだけの大魔法とかが覚醒してほしい所なんだが。


『んっ……? 何だこの不快な臭いは……?』


 突如、ドラゴの表情が険しくなった、奴の超嗅覚が何かを捉えたのか?

 少し遅れて俺の水探知もある反応を拾った……何だこれは……!?


「うぷっ……」


 気持ち悪い……今迄感じた事が無い程の不快な感覚、吐き気を催す邪悪とはこの事を言うんだろう。

 その物体はどうやらここへ近づいているようなのだ、しかし一体どこから?

 何故か来る方角が特定できない……方位磁針コンパスで例えるなら北を指す事が出来ず、クルクル針が回転している状態なのだ。


 辺りを見回しても何も居ない、俺はふと視線を上に移す………居た!!


「おい!! 上を見ろ!!」


 思わず敵であるはずのドラゴにまで教えてしまった。


『何だあれは……』


 あのドラゴが上空のを見るなり固まってしまう。


 目があるのだ、空に……それもとてつもなく巨大な一つ目が……。

 まるで空がガラスで出来ているのではと錯覚する様にひびが入って割れ、砕け散る、その裂け目からその巨大な目玉がヌルンとこちら側へと滑り込んで来た。

 目玉の化け物の全身像が初めて垣間見えた、巨大な目玉の後ろはブヨブヨとした光沢を放つゲル状の黒い胴体で、手も足も生えていない。

 何と例えるべきだろう、俺は今迄こんな姿の生き物を見た事が無い。

  何かがやばい、俺もを見付けてから背筋が凍ってしまったかのように冷たいのだ。

 蛇に睨まれた蛙……今の状況を表すのにこれほど明確な例えは無いだろう。

 だが俺はさておき、あのドラゴがこんな情けない醜態を晒すのだ、この世界において、あの目玉の化け物は俺達ドラゴンにとって天敵なのではないかと直感した。

 

 ドラゴとの戦闘をご破算にしたいとは願ったが、これは願い下げだ。

 リアンヌ達の事もある、早く探し出さなければ……本当はこんな奴の相手をしている暇はないのに。


 でもどうすんのこれ? 正直、生き残れる気がしない……。

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