第7話 僕のドラゴンアカデミー


 (俺の属性って何だったんだろう……)


 前日の訓練場での事、俺は他の兄妹のアドバイスにかまけて、自分の力を引き出せないままに終わってしまった。

 あれから数日たったが、次回の訓練場での実技訓練は一向に実施される気配がない。

 その事が尚更俺を焦らせる原因になっていた。

 このままでは俺だけが後れを取る事になってしまう。


「リュウジ様、ティアマト様がお呼びになっていますよ」


「ああエミリー、待ってたぜ!! 今日こそ実技訓練だな!?」


「あの……それが……」


「どうした?」


 俺のお付きの侍女、エミリーの目が泳ぎ、俺と目を合わせようとしない。


「……まことに申し上げ辛いのですが、今日は座学とティアマト様は仰っていました……」


「何ですと……!?」


 何でだ!? これでは俺はいつまで経っても自分の可能性が発見できないではないか!! 嫌がらせか!? 可能性除け者か!? 

いや、今のはただ言ってみたかっただけなんだ、何故だか分からないが……。


「座学? 母さんは一体俺たちに何を教えようって言うんだ?」


「さあ……流石にそこまでは仰せつかっておりません……」


「……取り敢えず来いって事だな、母さんの部屋でいいんだな?」


「はい」


 まあまだまだ実技訓練のチャンスはあるだろう、もし今日の座学が拍子抜けするほど取るに足らないものだったら一言文句を言ってやろう。

 ともかく俺は座学の講義場となる『ティアマトの間』を目指すことにした。


 『ティアマトの間』は俺たちが現在住まう『リューノス』の中心に位置するティアマト母さんが普段生活している場所だ。

 東京ドーム四個分の広さがある、って東京ドームって何だ? 自分で言っててさっぱり分からない。

 まあとにかく物凄く広いと言っておこうか。

 因みに俺たち兄弟が卵として産み落とされた場所でもある。

 卵から孵って数日は俺たちもそこに居たが、それ以降は各々個室が与えられ食事や遊ぶ時以外はその個室で過ごす事が多い。

 距離もそこまで離れておらず、今の身体が大きくなった俺たちなら歩いても十分と掛からない。

 そうこうしている内に俺は『ティアマトの間』に辿り着く。

 中には既にリュウイチとドラミが到着していた。


「よう」


 俺は右手の人差し指と中指を二本立て、額に当ててから斜め上に向かって放す。

 挨拶する時には無意識に出てしまう行動だが、これも前世の記憶と関係しているのだろうか。


「やあ、来たねリュウジ」


「リュウジ兄さんおはよう」


『おはようリュウジ……』


 リュウイチとドラミが笑顔で出迎えてくれる、さらに奥にはティアマト母さんの姿もあった。

 はて、スーとドラゴの奴が見えない様だが…。


「………」


 不機嫌な顔で無口のままドラゴが入室して来た。

 いつも通りの挑戦的な鋭い眼差しだ。


「ごめんなさい、遅れました……」


 ドラゴからやや暫く遅れてスーも部屋に入って来た。

 彼女の酷くおどおどした態度から、ドラゴが怖くて距離を取って歩いて来たのが見え見えだ。

 何かあったら俺に言えと伝えてはあったのだが、スーの優しくて引っ込み思案な性格故か、ドラゴに気を使っているのか、一度も俺にその辺の事情を訴えてきた事はない。

 俺が自ら行動しようか? いや、やめておいた方が良いだろう。

 この手の案件はデリケートだ、下手に当事者でない俺が口を挟むと却って話が拗れる可能性がある。

 いくらあの凶状持ちのドラゴでもそうそう迂闊な事はしないであろう。


『皆さん集まりましたね? それでは今日の課題を発表します……』


 早速ティアマト母さんが講義を始めた……ゴクリ……果たして今日の課題は……。


『今日、皆さんに習得してもらうのは……人間に変化する術です』


 それを聞いた途端、俺以外の兄弟たちが騒めく。

 確かにあまりに急で突然だ。

 だがその術がこれからの俺たちに必要になるという事なのだから、これからの展開はおのずと察しが付く。


「母さん、俺たちは将来的には何をする事になるんだ? まだその話を聞いていないんだけど」


『リュウジ、あなたは本当に頭が回りますね、どこか達観しているというか……まるで二度目の生を受けたのではと思う位に……』


「え~と、それは……」


 俺は心の中で大量の冷や汗をかいていた。

 まさか……俺の事を母さんは感づいている……?


『冗談ですよ……仮に生まれ変わりがあったとして、前世の記憶を持ち越すなど考えられませんもの』


 そうか、こればかりはその世界の宗教観や価値観に頼る所があるからな。

 少なくとも生まれ変わりという考え自体が一般的ではないという事。

 何千年も生きているティアマト母さんが言うんだ、間違いない。

 少なくともドラゴンの界隈では。


『良い機会です、今ここであなた達の将来について語りましょう、よくお聞きなさい……』


 降って湧いたタイミングだが、これで俺たちドラゴン兄弟が何のために生まれ、何を為すために訓練や勉強をさせられているのかが分かる訳だ。

 俺たちは固唾をのむ。


『あなた達はいずれ他種族の暮らす広い世界へと旅立つ日が遠からずやってきます、これはその為の準備の一つなのですよ』


 なるほど、今まで語られていなかった事だが、俺が睨んだ通り、やはりこの俺たちが住んでいるリューノスの外には別の世界があった。

 俺たちの世話をしてくれているエミリーたち人間やエルフの少女がいる時点で彼女たちの社会があるだろうことは察しは付いていたが、まさか世界の管理なんて重たい役割がある事までは考えていなかった。


『ドラゴンの姿のままでの生活は多種族の目に留まり大変危険です……人間や他種族への変化は身の危険を回避する上でとても重要なのです……』


 もっともな考えだ、下界に降りてもじっと山や穴倉に籠っている訳にはいかないもんな。

 それに前世が人間だった俺にとってみれば人間の姿の方が都合がいいってもんだ。


「……何故そんなに正体が割れる事を恐れるんです?」


 ティアマト母さんに異議を唱えた者がいた、ドラゴだ。

 さすがにティアマト母さんにだけは敬意を払って敬語で話しかけている。


「曲がりなりにも我らはドラゴンですよ? 

 他に比類なき最強の存在である我らがどうしてそこまで下等な者共に気を回さなければならないのですか?

 もし奴らが戦いを挑んで来るなら片っ端から蹴散らしてしまえばいい……

 いや、いっその事我々ドラゴンが世界を支配してしまえばよいのでは?」


 ドラゴ、こいつ……前から思っていたがどこまで勝手な奴なんだ。

 弱い者は強いものにひれ伏せって? コイツの言ってる事を聞いていると何故か胸がざわつく。


『ドラゴ、あなたは……』


「別に他の奴らが人間化の術を覚えたいのなら止めませんよ、好きにやればいい……

ただ俺はご免被りますけどね」


 母さんの言葉をろくに聞かず、ドラゴは奥の方へ歩いて行き、そこでうずくまりふて寝を始めたではないか。

 

「あいつ~~~!! なんて太々しい!!」


『よいのですリュジ……さあ私達だけで勉強を始めましょう』


 侮辱された母さん本人がそう言うなら俺も一旦引き下がるが正直、次に何かあったら自分を抑える自信がない。

 俺もまだまだ精神の鍛錬が足りないらしい。


『まずはお手本よ』


 ドロン……といった効果音が付きそうな煙が立つと同時にティアマト母さんの巨大なドラゴンの姿が消える。

 煙が晴れるとそこには眼鏡をかけた美しい大人の人間の女性が立っていた。


「どうです? 簡単でしょう?」


(え………)


 困惑したみんなが顔を見合わせる……一体どうやったんだ?


「なりたい姿を頭に思い浮かべて念じるだけよ? こうバーンと思い浮かべてドーンと変身……」


 いやいやいや、そんな訳はない……どうしてすでに出来る人はこう、教え方が下手なのか。

 よくゲーム雑誌の攻略記事で「ここは特に問題ないでしょう」とか「ここは気合いで抜けます」とか書くライターがいたが、俺は君たちが説明を省いた「ここ」に躓いているんだよ!! 言ってる意味、分かってもらえる!?

 ゲーム? 一体何の事だ? またまた前世の記憶が垣間見えてきたようだ。

 ただ愚痴っていても始まらない、一応それなりにはやってみようと思う。


「ムムムムム……」


 俺は目を瞑り念じる。

 さてどんな姿に化けようか……困った事に俺は前世の自分の姿を忘れてしまっている。

 ならいっそのこと超絶イケメンを連想してその姿に変身してやろうじゃないの。

 そう、乙女ゲーのキャラみたいな、女の子が「それ無理…♡」とか言いだしそうな容姿のな。

 

 ドロン……!!


 おっ、何とか変身出来たようだな……さて。

 俺は母さんが用意していた姿見のある所へ行き鏡を覗き込んだ。

 

「おおっ!! これは!!」


 俺の目の前の鏡にはすらっとした容姿の黒髪の長髪の好青年が立っていた。

 顔立ちは男らしいがっしりとしたものではなく、少し中性的で優し気のある二重にキラキラの瞳……絶対俺の前世はこんな整った容姿ではない事は間違いない……悲しい事に。

 だがこれはキャラクターメイキング大成功!! 前世の人間界の経験は伊達じゃないぜ!!


「なかなか立派ね……でも前は隠した方がいいわよん?」


「えっ……? わあああっ……!!!」


 母さんが唇に人差し指を当て頬を染めながら物欲しそうな目で俺の下半身を見つめている……俺は慌てて股間を隠した。

 何と俺は一糸まとわぬ素っ裸だったのだ。


「服も一緒にイメージすればいいのよ」


「あっそうか!!」


 言われた通り服をイメージすると、ちゃんと着た状態で人間の姿になる事が出来た。


「凄いな!! 流石リュウジだ!! 僕にもやり方教えてくれよ!!」


「兄さん、私も私も!!」


「スーも……」


 三頭の兄妹たちがドラゴンの姿のまま俺を取り巻く。

 こうして見るとドラゴンって相当大きいんだな。

 改めてその姿のインパクトに驚かされる。


「まあまあ落ち着け、順番に教えてやるからさ」


 何故かこの俺が人間変化の術を皆に教える役になってしまった。


「なあなあ、まずどうしたらいいかな!?」


「そうだな……お前も男なんだから俺の姿を真似するところこら始めてみようか……」


「分かった!!」


 リュウイチは元気良く返事をすると、目を瞑り精神を統一し始めた。


 ドロン……。


「やった!! 出来た!!」


 リュウイチは見事人型になった。

 しかし一重瞼にボサボサな赤毛とどこか垢抜けない……俗にいうモブ顔というやつだ。


「あ~~~……うん、いいんじゃないかな……」


 まあ、奴は生まれてこの方人間の男の姿をまともに見たことがないので仕方がないか。


「次!! 私!! 私!!」


「分かった分かった……じゃあお前のお世話をしてるカレンさんを参考にしてみろ」


「うん、分かった!!」


 ドロン……。


「どう? どう?」


「へぇ……中々いいんじゃないか」


 ドラミは蜂蜜色のショートヘアーに活発そうな意思の強い瞳の美少女になった。

 元気一杯なドラミに相応しい姿だ。


「お次はスーだな」


「うん……」

 

 ドロン……。


「どう……かな?」


 ほう、これはこれは……普段から色々な本を読んでいるだけあり、スーは正統派の妹系の庇護欲をそそられる、ふわりとしたピンク髪の幼い容姿の美少女になった。

 うん、これは文句なく可愛い。


 しかし変化の術で盛り上がっていたせいで、ドラゴが俺たちにどす黒い怒りの籠った眼差しを向けていた事に気付いていなかった。

 この時点でまさか数日後にあんな惨劇が起る事など誰も想像出来なかったのだ。

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