第6話 ドラカツ!!


 ある程度体力が回復したスーを連れ、俺はみんなが待つ訓練場に舞い降りた。

 岩が積まれて門の様になっている入り口で白い巨体が佇んでいる。

 ティアマト母さんだ。


『来ましたね、待っていましたよ……』


「ごめん母さん」


「ごめんなさい……」


 ティアマト母さんは特に咎めるでもなく俺たちを迎えてくれた。


『他の兄弟たちはもう始めていますよ、あなた達もいきましょう、さあこちらへ』


 母さんに続いて、岩で囲われた通路を奥へ奥へと歩いて行く。

 やがて通路を抜けた先には恐ろしく開けた平地へとたどり着いた。


『今日、あなた達には自身の能力の開発をしてもらいます』


「能力の……開発……?」


『そうです、私達ドラゴンは生まれついての強靭な肉体と高度な知能を持ち合わせています、しかしあなた達には個体別に各々別の能力アビリティという個性が眠っているのです、ですからそれを自分自身の発想と努力で見事能力を開花させてみてください』


 なるほど、これは興味深い……ゲームなんかだとドラゴンと言えば真っ先に思い浮かぶのが強力なファイアーブレス攻撃だろう。

 この世界にも属性なんてものがあるのなら、炎以外も使う事が出来るかも知れないな。


 訓練場内に目を移すと、やや離れた所にリュウイチが居た。

 少し離れた大きな岩盤に向かって首を突き出し大口を開けている、きっと俺がさっき思い浮かべた通り炎を吐こうとしているのだろう。

 しかしリュウイチの口からはブスブスと黒い煙が漏れるだけだった。


 俺が思うにリュウイチは体表が赤……恐らく炎属性だ。

 煙が燻っている以上まず間違いない。

 きっとみんなにも母さんは俺にしたのと同じ簡単な説明しかしていないのだろう。

 そもそも見たり聞いたり、経験が無い事は表現出来ないものだ。

 失敗したのはきっと自分の頭の中で炎のイメージがしっかりできていないのが原因なのだと思う。

 しかし……。


(目の前でドラゴンが火炎を吐いている所を見てみたい……)


 そんな己の欲求を満たしたくて、俺は居ても立ってもいられずリュウイチに駆け寄った。


「なあリュウイチ、ちょっと頭の中で炎を思い浮かべて見ろよ」


「ああ、やってはいるんだけど上手くいかなくてね……」


 俺たちが生まれてこの方、見た事がある炎と言えば、侍女たちが俺たちの食事を調理する時に使っているかまどの火か、暖を取る時の焚き火くらいしかない事に思い至る。

 俺は前世の記憶があるからもっと派手な炎を想像できるが、リュウイチはそうじゃない。

 じゃあコイツにはどう伝えたらいいのかと思考する。


「なら焚き火のもっと凄いのを思い浮かべろ」


「うん、分かったよ」


 リュウイチは長い首を一度後方に大きく逸らし、再び前方に振り下ろす。

 そして開いた口からはキャンプでバーベキューする時の火起こしに使う小型バーナー程の炎が放射されたのが見えた。


「おおっ!! 出た出た!! リュウイチ!! 炎が出たぞ!!」


「うん!!」


 ほんの数秒だが確かに炎は出た、ゲームなんかに比べたら取るに足らないかもしれないが、実際の当事者であるところの俺たちにしてみたらこの進歩は感動ものだ。


「その調子だリュウイチ、どんどん大きくて凄い炎をイメージして練習するんだ!!」


「うん分かったよ!! リュウジのお蔭で炎が吐けたよ、本当にありがとう!!」


 これでリュウイチはもう大丈夫だろう。

 踵を返し俺が自分の訓練をしようとその場を離れると、ドラミが俺の前に現れた。


「リュウイチ兄さん凄いね!! あんな炎が吐けるなんて……今のリュウジ兄さんが何かアドバイスしたんでしょう!? 私にも何か教えてよ!!」


 今度はドラミか。


「じゃあ、お前もリュウイチみたいに炎を頭に思い浮かべてやってみな」


「うん、分かった!!」


 喜々としてリュウイチとは別の岩盤に相対するドラミ。

 尻尾が派手に揺れている、やる気満々だな。


「それ~~~~っ!! あれ…?」


 ドラミは見様見真似でブレスを吐く体制をするが口から炎は出なかった。

 リュウイチの様な燻りすら起こらない。

 という事はやはり俺たちには個々に得意な事、出来ない事があるって事か。

 ただ俺はブレス失敗のドラミの口から僅かながらにプラズマの様なものが光ったのを見逃さなかった。

 う~ん、そうなると……そうだ!! ドラミは体表が黄色いから雷属性なのではないか?

 これは試してみる価値があるかも。


「なあドラミ、何か嫌な事があった時はお前はどう思う?」


「どうしたの? 突然」


「いいから」


「そうね……こうムキーーーーッ!! ってなるかな」


 ドラミは身体を縮こませてから一気に腕を外側に向けて伸ばす、その仕草が何処か可愛らしい。


「そうか、ならそのイメージをあの岩にぶつける様に吐き出してみるんだ」


「オッケー!!」


 再びブレスの予備動作に入るドラミ、そして口を大きく開いた。


「ムッキーーーーッ!!!」


 いや、その掛け声はいらないと思うぞドラミよ……。

 だが掛け声の間抜けさとは裏腹に彼女の口からは夥しく幾条にも枝分かれして轟く電撃が発せられたではないか。

 その電撃は目にも留まらぬ速さで的である岩盤に向かって飛んでいき、見事粉々に粉砕してしまったのだ。


「スゲぇ……」


 正直まさかここまでの威力のものが初っ端から出てしまうとは……ドラミ、恐ろしい子……。


 おっと、人の事ばかりにかまけていられない、俺はドラミに手を振ると其の場を離れた。

 今度こそ自分の才能をだな……。


「お兄ちゃん……」


 不意に腕を引っ張られてその方向を見ると、そこにはスーが居た。


「スーにも……教えて……」


 恥ずかしそうに俯くスー。

 訓練場には一緒に来たのだから始めから言えばいいのに……。

 まあ、引っ込み思案なスーの事だ、中々言い出せなかったんだろう。

 みんなにも教えた訳だしスーだけ仲間外れは可愛そうだ。

 こうなればみんな纏めて面倒を見てやる。


 しかしスーはどうしたものか、身体の色は鮮やかなピンク色……属性は何だ?

まったく想像できない。

 だが俺に向けられる期待を込めた彼女の眼差しを無碍には出来ない。

 こうなったら他の奴らとはアプローチを変えてみよう。


「スーの好きな物は何だ?」


「スーはお花が好き……」


「花か……」


 花と言えばリューノスの俺たちの居住区には花壇があった。

 侍女の五人の少女たちが持ち回りで世話をしていた花壇だ。

 俺は花には詳しくないが、咲き誇る花を見て癒されていたのは間違いない。

 思えばスーはよくこの花壇の側に居て花を眺めていたっけ。

 それならばいっそのこと花を思い浮かばせてみてはどうか?


「お前が良く眺めていた花壇があったろう?」


「うん」


「あの花壇に咲き乱れていた花をイメージしてご覧……自分を取り囲むようにお花畑を想像するんだ」


「うん、やってみるね」


 ちょっと無理があったか? いやどうしたらいいか分からない時は取り敢えず色々試すしかない。


「ううんんんん~~~~!!」


 目を瞑り、身体に力を籠め一生懸命精神統一するスー。

 プルプルと身体が小刻みに揺れている、大丈夫だろうか。

 すると彼女の足元の土から一本の植物の芽が生えてきた。

 それを皮切りに次々と芽が生えていきスーの周りだけに緑のカーペットが出来上がった。

 発芽した芽はやがて双葉となり更に丈を伸ばしていく。

 それはまるで植物をビデオカメラで撮影して映像を早回ししたかのように急激に成長していき、とうとう色とりどりの美しい花畑が出現したのであった。


「わあっ……綺麗……」


 自分で出現させた花たちを見てうっとりするスー。

 これが一体何の役に立つのかと言われればそれまでだが、今に限ってそんな事はどうでもいい事だ。

 あの兄弟の中では少し成長が遅れているスーが何かをやり遂げた事に意義がある。

 そんな事を考えていた時、突然の轟音と振動に俺は我に返る。

 音のした方を見やるとそこには大地を割りそそり立つ巨大な岩々があった。

その中心にいるのは濃緑のドラゴン、ドラゴだ。


「あいつ、自力で自分の能力を開花させたのか……」


 見るからに地属性である事が推測できる。

 この短時間で能力を修得した上あの威力が出せるとは脅威だ。

 ドラゴと目があった……明らかにこちらを威嚇している。

 なぜそこまで他の兄弟を目の敵にするのか、俺にはドラゴの胸の内がさっぱり分からなかった。


『はい、今日はここまで!! みんな帰りますよ!!』


 ええっ!? ちょっと待った!! 俺、自分の能力まだ見付けて無いんですけど!?

 ティアマト母さんに続いてみんな訓練場から出て行ってしまった。

 ちぇっ……まあいい、次の機会には必ず自分の能力を見つけてやるさ!!

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