第5話 シスタードラゴン


 俺たちドラゴン兄弟が生まれて約ひと月。


 俺たち五頭はティアマト母さんに呼ばれてリューノスの中心部にある訓練場を目指して飛行中だ。


「訓練場って、今日は一体何をするんだろうな……リュウジ、分かるかい?」


 並んで跳びながらリュウイチが俺に尋ねてくる。


「多分だけど俺たちも随分育った訳だし、そろそろドラゴンならではの身体の使い方を教えてくれるんじゃないのか? 例えば戦い方とか、魔法とか……」


 事前にエミリーに聞いた話だと、俺たちが今向かっている訓練場というのは岩以外は何も無いかなりだだっ広い平地らしい。

 そんな所で教えてくれる事と言ったらそういう方面の事だろう。

 まだティアマト母さんからは何も聞かされていないが俺たちがこのリューノスを旅立つ事は間違いない筈だ、しかもそう遠くない未来に。

 何故そう思うか? それは俺たちより前にも母さんには子供がいた形跡があるからだ。

 ドラゴンの子供を育てるための施設があまりにも充実し過ぎている、それなのに今のリューノスには母さん以外にドラゴンが一頭もいない。

 つまりはそういう事なのだろう。

 

 今、俺たちは平然と空を飛んでいるが、跳べるようになったのはつい最近だ。

 いつの間にか遊びで翼を羽ばたかせているうちに次第に飛べる様になってはいたのだが、ここまでの長距離を飛ぶのはこれが初めてなのだ。

 俺とリュウイチ、ドラミ、ドラゴは普通に飛べているが、問題はスーだ。 

 ここまでの期間で俺たち五頭の体格には明確な格差が出来ていたのだ。

 ドラゴは日に日に身体が成長していき、今やティアマト母さんに迫る程の大きさまでになっていた。

 それより一回り小さい俺とリュウイチ、次いでドラミ、そして一番小さく生育の悪いのがスーだった。

 彼女は兄弟の中では最も小食な上、あまり運動をせずに昼寝をする事が多かった。

 それが身体の成長に悪い影響をもたらした。

 育ち切らない身体は当然、体力も筋力も未成熟……よってスーは他の兄弟より身体能力が低く飛ぶことも苦手なのだ。

 言ってる側から兄弟たちから遅れ始めるスー、息を切らし見るからに苦しそうだ、ちょっとこれは放っておけない。


「リュウイチ兄、ドラミとドラゴを連れて先に行っててくれ」


「ん? どうしたリュウジ」


「スーが辛そうなんだ、俺が付き添って少し休ませる」


「分かった、僕から母さんには言っておくから心配いらないよ」


「よろしく頼む」


 リュウイチは少し頼りない所があるものの、とても優しい性格に育った。

 一応長兄としての自覚も芽生えてきたようだ。


「チッ……スーめ、あいつは本当に足手まといだな……」


 ドラゴはわざと聞こえる様に悪態を吐く。

 奴は前から素行が良くなかったが、ここにきて更に辛辣な態度を取るようになっていた。

 特に兄弟の中で何事にも一番劣るスーを目の敵にする事が増えてしまったのだ。

 幼少のスーへの噛み付き事件からも俺は何度かドラゴと言い争いになっているが、俺が前世の財産である小賢しい話術と機転で翻弄しているせいか、俺にもあまり良い感情を抱いていない事は確かだろう。

 兄弟たちもドラゴのヘイト発言をスルーするスキルを身に着けており、無闇に言い返さなくなっていた。

 それは正しい……俺もドラゴがよっぽど心無い発言をしない限りは何も言わなくなっていたからだ。

 口喧嘩になって嫌な思いをしたくない、考える事は皆同じだった。


「じゃあリュウジ兄さん、スーをお願い」


「ああ分かった、任せろ」


 ドラミが俺に手を振り飛び去っていく。

 彼女は特に俺に友好的だ、素直に言う事を聞いてくれるし、とても俺を慕ってくれている。

 前世は一人っ子だった俺に下の姉弟を可愛いと思わせてくれた貴重な存在だ。

 …って、俺は人間だった時は一人っ子だったんだな、今思い出した。

 こうやって何かが切っ掛けで前世の記憶がよみがえってくる事があるんだな。

 自分の名前と、どういう人生の最後を迎えたのかも思い出す時が来るんだろうか? 

 何だか知りたいような知りたくない様な……。

 取り敢えず今はスーを休ませないとな、俺は着地するのに都合の良いなるべく高台の岩場を探した、そういう所に降りた方が再び飛び立つ時に楽だからだ。


「スー、あの岩場に降りるぞ」


「うん、リュウジお兄ちゃん……」


 見回した中では比較的広くて高い岩場があったのでそこにスーと一緒に降り立つ。

 スーは体力の限界だったらしく、着地と同時に体勢を崩し地べたに腹ばいになってしまった。


「大丈夫か!?」


「うん……大丈夫……」


 どう見ても大丈夫ではなさそうだ、完全にへばっている。


「これを、水でも飲んで一息付けよ」


 俺は大腿部に縛り付けていた木製の水筒をスーに差し出す。

 遠征にあたり、試しにリューノスに自生している機密性の高い木材を一度真っ二つに割り、中をくり抜いてもう一度つなぎ合わせて動物の皮で巻き水筒を作ってみたのだ。

 工作するにあたり俺のドラゴンの手では上手くいかない所も有ったのでエミリーにも手伝ってもらった。

 思った通り水漏れを起こさずここまで持ってくることが出来た。

 こういった備えはまず他の兄弟たちは考えもしない事だろうな。

 まさに人間の知恵、俺が前世に人間だった証。


「ありがとうお兄ちゃん!!」


 スーは浴びる様に水筒の水を一気に飲み干してしまった。

 俺も少しは飲みたかったがまあいいか、目的地まではそう遠くないのだから。


「ゴメンね、スーの身体が弱いばっかりに……」


「気にするな、お前も辛かったらすぐに言うんだぞ?」


「うん……ありがとう……」


 俺は落ち込んでいるスーの頭を優しく撫でた。

 彼女も気持ちが良いのか目を細めている。

 俺たちドラゴンの体表はザラザラした皮膚部分と硬質な鱗で覆われた部分がある。

 しかしこのスーは俺たちと違い、唯一身体に羽毛が生えているのだ。

 だから撫で心地が良い、俺はスーを撫でるのが密かに好きだった。

 確か実は恐竜は鳥に近く、羽毛が生えていたのではという研究結果があったな。

 それこそ今、目の前にいるこのスーがその恐竜の姿に近いのかもと思ったりした。

 あっ……これも前世の記憶の断片か?


「かなり休んだし、もう大丈夫よ」


 暫くの休憩後、スーの表情がだいぶ良くなった。


「そうか、じゃあ行くか」


「うん!!」


 俺たちは皆の待つ訓練場を目指して再び飛び立った。

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