第9話

何が、と聞くより先にカチカチと一定のリズムを刻む音が耳に届く。

アルフォードはそっと音の根源を探りながら歩を進める。僕もそのあとを続いた。

一つの扉の前で立ち止まると、彼は銃を取り出した。こちらに目配せして、慎重に扉を開くと、勢いよく中へ銃を向けた。

湿った空気が僕たちを襲う。

静寂と暗闇に支配された部屋に人の気配はなかった。アルフォードは素早く周りを観察しながら足を踏み入れた。


真紅の絨毯が敷かれ、奥には雰囲気のある重厚な机が鎮座している。少し狭いが、執務室のようだった。

アルフォードが部屋の奥に置かれたチェストの前で屈むとそこに耳を寄せた。彼の瞳が僕を捉えると、棚の中を確かめることを告げた。

僕は少し離れたところで静かに扉を開く彼を見守る。

「やっぱり……」

呟いて、棚の中に視線を向けたまま僕を呼ぶ。

「君の専門分野だろ」

そう言われて確信した。

僕は彼の隣に屈みこんで中を覗く。想像通りだが、思わず吐息を吐いていた。

音を聞いた時からなんとなくわかっていた通りのものが、そこにあった。

「時限爆弾ですね」

「取り出せるか?」

「どうでしょう……」

独り言のように呟いて、僕は中に顔を突っ込んだ。一見、奥に置かれただけのように見えるが、どうやらその先があるらしい。僕は身体を半分、外へ出した格好のまま報告する。

「爆弾の向こうに穴があけられていて、コードが伸びてます」

「この部屋の隣はボイラー室だ」

僕は顔を出して告げた。

「繋がってますね」

「――無理に外すと……ドカン」

「おそらく」

アルフォードの顔が更に険しくなる。

この規模の船の燃料に引火すれば、半径百メートルの被害は優に超えるだろう。それを言うと、彼は忌々しく吐き捨てた。

「奴の最後の作品と言ったところか」


僕が出てきた棚の中に今度はアルフォードが顔を入れた。すぐに出てくる。

「残り時間の表示は三十分を切ってる」

真剣な表情でそう告げられる。

数秒して気が付いた。

「僕が解体するんですかっ?」

「できるだろ」

「いや、無理です!危険すぎます」

「処理班を待ってる時間はない」

「いや、でも――」

「お前の腕は信頼している」

断言されて僕は言葉に詰まった。彼の表情は、嘘でもその場の勢いでもなかった。そこまで言われて投げ出せるはずもない。


それにこれは僕の仕事だった。

「わかりました。でも本当に何が起こるのかわからないので、周囲に避難指示を」

「そこは心配するな。部下に任せてある」

「じゃあ、あなたも避難してください」

真剣に言ったつもりなのに、なぜかアルフォードはリラックスした様子で肩を揺らした。

「俺はここにいるよ。お前を置いてはいかない」

「いや、危険……」

「大丈夫だ。


ハリーを信じているから」


そんなに堂々と言い切られると、もう何も言い返せなかった。彼のあっけらかんとした顔を見ていると、意地になるのも馬鹿らしい。だがお陰で張っていた気が少し緩んだ。

僕は諦めて半身を棚の中へ潜り込ませた。

「駄目ですよ、そんな簡単に他人を信用したら」

「簡単じゃない。今まで見てきてハリーの腕は確かだと判断した」

彼にそこまで言わせるほど実力が伴っているとは思わないが、

今は彼の言葉が何よりも心強かった。


僕は腰につけたポーチからドライバーを取り出す。仕事終わりにそのままの格好で来たので最低限の道具は揃っている。あとは僕の知識次第だ。

爆弾自体は複雑な作りではないので慎重にやれば解体は可能だが――。

額に流れる汗を拭う。

一人での実践は初めてだ。もし失敗したらと考えると、途端に震え始める。

その時、足元に重さを感じた。アルフォードが優しい手つきで宥めるように擦ってくれた。

「大丈夫。落ち着いてやれ」

寛いだ低い声を聞いて、次第に緊張が解けていく。

手の震えも止まっていた。

――ありがとうございます。

心の中で呟いて、僕は解体作業に集中した。


沈黙を、ワイヤーを切る音と秒針の音だけが支配していた。それと鼓動の音。これが一番うるさく、僕の心を掻き乱す。

僕は汗を拭ってちらりとデジタル表記に目をやった。順調に進んでいたにも関わらず、残り五分弱になっていることに驚いた。

だが何とか間に合いそうだった。手順通りならば次で最後のはずだ。僕は慎重に最後のワイヤーを切った。

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