第4話

「ハリー。ドクター知らない?」

暖かな午後の日差しの中、顕微鏡から顔を上げて振り返るとアルフレッドが手を振っていた。

「お疲れ様です。今日は見てないですね。検死室じゃないんですか?」

「んー、そっちにいなくてさあ……」

腰に手を当てて考え込むアルフレッドの向こうから、彼の相棒のルカが小走りにやってくるのが見えた。

「食堂行ったらしい。入れ違いみたいだな」

「あいつ、本当早く助手取るべきだよ」

「僕も食堂へ行くつもりなので声かけときましょうか?」

「うん、よろしく。――そうだ、ハリー。お前にお願いがあってさ」

「何ですか?」


立ち去ろうとしていた足を再びこちらへ向けながら、アルフレッドは眉間に皺を寄せて言った。

「この前来てたNCISの捜査官いるだろ。あの人にお前の電話番号教えてもいいか」

「えっ?」

僕が返事を返す前に、彼は溜息を吐いた。

「何か知らないけど俺に電話かかってくるんだよね。爆弾に関しては完全に素人だって言ったのに」

「嫌がらせじゃないのか」

「あ、それ多分……」

僕があなたに確認するように言ったためです、と言い訳するより先にアルフレッドからメモを押し付けられた。

「おそらく海軍絡みの爆弾に関することしか聞かれないから、答えられる範囲で答えてやって」

「面倒事押し付けるなよ」


辟易というルカにアルフレッドは一瞬むっとした視線をやると、突然にやりとした。

「あー、もしかしたら俺に気があるのかもなあー」

わざとらしく張り上げられた声にどきりと反応してしまう。

僕に対してルカは冷静なものだった。

「そんな希少な人間がいるなら是非会ってみたいものだな」

「同じ人間に惹かれる者同士として?」

「同じ人間に苦労させられる者同士として」

「お前、いつも俺が問題児みたいな言い方するけど、そっちだって……」

彼らの漫才のようなやり取りに口を挟む隙もない。結局何も言い返せずに彼らが去っていくのを見送ってから、僕は小さく溜息を吐いた。


食堂は人もまばらで空いていた。

窓際のカウンター席に目的の人物を見つけて、僕はトレイに乗せたサンドイッチを持って歩み寄った。

「ドクター、アルたちが探してましたよ」

眼鏡をかけた白衣の男性は怪訝そうに顔を上げた。

「ちょっとくらい休ませろって話だ」

可愛い顔に似合わず毒舌な彼のギャップに僕は苦笑いを浮かべる。

「タイミング悪かったみたいだね。行き違いって言ってたし」

「あの人たちすぐからかってくるから会いたくない……」

机に突っ伏して独り言を零す。こちらは苦笑を浮かべるしかない。

卵サンドを口に運ぼうとした時、突然ドクターは顔を上げていった。

「そういえば君のことも探してる人がいたよ」

「……誰?」

サンドイッチを持つ手を止めて、僕は首を傾げる。ドクターはこめかみに指を当てて考え込んでいた。

「多分、外部の人間。スーツ、背が高い、爽やか」

口に咥えたまま動作が止まってしまった。無理やり水で流し込む。

「いつの話?」

「午前中。いないならいいって、すぐ帰ったけど。……恋人?」

半分楽しんだ様子で覗き込む眼鏡に、僕は咳き込んだ。

「何言うんですか!」

「いや、俺も誰かからかってないとストレスが溜まるからね」

「僕で発散しないでください!」


ひらひらと手を振る背中に向かって叫ぶも虚しい。

言い返すのを諦めて食事を再開する。

片手にサンドイッチを持ちながら、もう片方で無意識に携帯を開いていた。

もちろん着信などないことはわかっているのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る