第3話

彼は今日もスーツを身に付けていた。隙がなく、厳しそうな印象を受ける。

身長も相まって萎縮してしまいそうだ。


僕は吐息を吐いた。

「科学捜査班のハリー・ホワイトです」

彼のもとへ歩み寄る。机の前に立ちつくしていた男は左手を差し出した。

「捜査官のベンジャミン・アルフォードだ。NCIS」

大きな手を握り返す。その時、がっちりとして骨張った指に、指輪が光るのがちらりと映った。

「NCISの人だったんですね」

目線を上げながら改めてじっくりと観察する。

NCISは、海軍関連の事件捜査を専門とする機関だ。多くはないが海上での事件が彼らの管轄になることもあるため、合同捜査を行うこともあると聞いている。


手近の椅子を引いて本題へ入った。

「先日の爆弾についてという話ですけど……」

確か、海軍には関連していなかったはずだ。爆弾が設置されていた現場にあった遺留品から犯人が割れ、事件は解決している。

ああ、と頷いてアルフォードは胸ポケットから黒い手帳を取り出した。

先ほどまでの表情とは一変して、一瞬で厳格な雰囲気を纏っていた。その変化にこちらまで気が引き締まる。

「具体的にどんなものだったか教えてほしい。手作りだったよな?」

「はい。よくあるプラスチック爆弾で、作りは簡単なものでした。

遠隔ではなく、設定された時間が来れば爆発する類のものです。

少し知識があれば作れると思いますが…」


爆弾というものは、どこかしらに作り手の特徴がみられることがある。それは複雑になればなるほど顕著で、制作者の癖だったりこだわりだったりする。

反対に簡易的なものであれば、解体することは簡単だが特徴が見つけにくい。

手順通りに作れば誰でも作れてしまうので、癖を出す場面がなくなるのだ。

ただ一点、違うところと言えば……

「設置されていた船と一体化しているところがありました。無理に外せば爆発するような仕組みで」

しかし特徴と呼べるほどのものではなく、犯人特定の決定打にはならなかった。


「あの、それが何か…」

自分たちの調査に不備があったのかと不安に思い、僕はおずおずと尋ねた。

アルフォードは考え込んだ姿勢のまま説明した。

「いや、また爆弾が設置されていたんだ。同一犯のものかどうか、判断が出来なくてね」

「というと?」

「今回はこちらが処理する前に爆発した。

つまりほとんどの部品は粉々になってしまっている」

なるほど。それは確かに同一犯と特定するのは難しいかもしれない。

僕が低く唸る姿を見て、アルフォードはふっと笑った。彼が笑うと意外なほど厳しそうなイメージが和らいだ。

そのギャップに動揺する。

「簡単なもので特徴は見られないという報告は受けていたんだが、一応現場の人間からも聞いておきたかっただけだ。悩ませてすまない」

困ったような微笑を浮かべる。

僕は紅潮する熱を払うように首を振った。

「いえ、お役にたてず申し訳ありません」

「そんなことはない。参考になったよ」


立ち上がるアルフォードについて僕も部屋を出た。

「でも、同一犯という可能性は低いのでは?」

アルフォードの言う爆破がいつ起こったものかはわからないが、こちらの犯人は一昨日にはすでに拘留されていたはずだ。

「爆弾そのものを作った犯人はそいつで、設置したのは別人かもしれない。

今回は船じゃないし、設置場所と一体化していた形跡もなかった」

爆破した現場から遺留品を見つけ出すのは難しいのかもしれない。爆弾の制作者がわかれば、そこから関係していた人物を洗っていくのだろう。


階段を降りる広い背中を見つめていると、なぜか急に涙が溢れてきた。

わけがわからずたじろぐ。

まさか彼の期待に応えられなかったから?

それは事実だが、そんなことが泣くほどの理由にはなりえないし、

これくらいの協力なら今までだって幾度となくあった。

もちろんこんな感情を抱いたことなど一度もない。

まさにそのタイミングで、アルフォードが振り返るものだから僕は階段から足を踏み外した。

「――っ、大丈夫か?」

何かが地面へ落ちる軽い音が響いて、気づけば僕の目の前にはアルフォードの驚愕に固まった顔があった。

僕を抱え込んだ腕は逞しく、突然の出来事に対する対応とは思えないほどびくともしなかった。

「す、すみません」

慌てて身を引く。転ぶ前、一瞬視界に入ったアルフォードは驚いたように目を見開いていた。おそらく、泣いている姿を見られたのだろう。

「大丈夫です。……目に何か入ったみたいで……」

さっと腕で拭って笑顔を向けると、アルフォードの琥珀色の瞳が油断なくじっと見つめ返した。その視線に心が揺れ、また目頭が熱くなる。

僕は目を逸らした。

「アル……ウルフ捜査官を呼んできます。ここで待っててください」

「いや、声をかけるつもりだったから俺が直接行く。

時間を取らせて悪かったな、ありがとう」

「力になれず、すみません」

「そんなことはない。そうだ」

呟くと彼は手帳を取り出した。僕が首を傾げる前で何か書き込むと、

そのページを破って僕へ差し出した。

「俺の番号だ。何かあれば連絡してくれ、いつでも」


それを受け取った時、アルフォードを呼ぶアルフレッドの声が聞こえてきた。

僕たちは目を合わせて苦笑を浮かべた。

「また邪魔しにくるかもしれないけど、そのときはよろしく」

「は、はい!こちらこそ」

柔らかい笑みを浮かべて立ち去る姿を、今度はなかなか忘れることができなかった。

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