第21話 地雷原
地雷原
カンボジアといえば俺は、今から15年前、毎週火曜日にカンボジア・プノンペンに行っていたことがある。
それはある会合に出席するためである。
その会合は毎週火曜日の夕方にプノンペンのインターコンチネンタルホテルで行われる。
会議が終わると一泊してすぐにベトナムに帰るという強行軍だ。
俺はホーチミンから国境越えのバスの中で唯一、革靴・スーツとネクタイ姿で国境を越えていた。
短パン T シャツ、サンダルがスタンダードなバスの中で俺は異様に目立っていた。
一度こういうことがあった。
もう一人、異様に目立った若者がバスの中にいた。
日本の侍の格好をした日本人男性がバスに乗っていたのである。
そいつは長髪を束ねて下駄を履いており上は作務衣のような服で下は袴、おまけに木刀みたいなものを袋に入れて持っていた。
完全に侍ファッションである。
当然バスの中のベトナム人やカンボジア人、バックパッカーたちからは注目度満点であった。
侍姿を写真を撮る奴までいた。
俺は顔形、姿から日本人とわかったので国境のイミグレーションで待ってる間に後ろに並び「おい、日本の若者か?」と聞いた、
年齢は25くらいだったと思う。
「はいそうです!あなたも日本人ですか」と侍はうれしそうに俺に聞く。
「そうだ」
「こんなベトナム・カンボジア国境で日本人同士出会うなんて奇遇ですね。しかしなんでスーツにネクタイなんですか?この暑い中」
「俺は毎週に火曜日にプノンペンに行く用事がある。その会合ではスーツ着用が義務だ」
「えー!毎週なんですか」
「そうだ俺はホーチミンに住んでいるからな。ところでお前は何でそんな侍みたいな格好してるんだ」
「はい、実は私は坂本龍馬が大好きで憧れています。日本男児として人生で一回でいいからベトナムからカンボジアの陸路の国境越えを侍の格好でやりたいと思っていました。今日、夢が叶いました」
「そうか、それは良い心がけだな。俺も坂本龍馬は大好きだ、学生時代、司馬遼太郎で何回も読んだ」
「そうですか、ということはお互い坂本龍馬ファンですね」
そうこうしているうちに入国審査が侍の番になった。
かなり長い時間がかかっている、おまけになんか揉めている。
「すいません、審査官が何かチップ5ドルと言っているんですが」竜馬が後ろに並んでいる俺に助けを求める。
見ると真っ黒の顔をしたデブの審査官が親指と人差し指をすり合わせながらチップを要求している。
「何でチップが必要か聞け!侍なら自分で戦え!」俺が返す。
「審査官は『お前もコーヒーを飲むだろう?』と言ってますがどうしましょう?」弱い竜馬が俺に哀願する。
「戦え!『あたりまえだ、飲むけど自分の金で飲む!』とはっきり言え!」と返す。
入国審査官は公務員なので給料が安い。
そこで甘い外人観光客からチップを要求するなどは発展途上国では常套手段である。
「しかたない、行け」というような顔をした審査官にスタンプを押されて竜馬は出国審査場を無事通過した。
俺は最初から「コーヒーは自分の金で飲む!」と言い切ったから難なくパス。
迫力勝ちである。
「いやー、助かりました。思わず5ドル払うところでした」
「5ドルくらい安いけどやつらに気持ちで負けるのが気に食わない」
「そうですね、しかし僕が人生で一生に一回やろうとしていることを毎週、しかもスーツを着てやってるなんてなんか拍子抜けしました」
「まあそう言うなこっちに住んでるからできることだ」
「とにかくいい勉強になりました。ありがとうございます!」さすがに竜馬に憧れているだけあって好青年である。
「お前も、その格好でここまで来たんだから相当目立ったし、いい人生経験になっただろう?」
「はい」
国境を無事越えた俺たちはバスの席を隣同士で座った。
俺のでたらめなベトナム生活の話に花が咲く。
当時のプノンペン行きのバスは超おんぼろで床下に穴が空いて道が見えるようなタイプもあった。
しかしもっとおんぼろなのが道路である。
最近はホーチミンからプノンペンまでは道が舗装されて良くなっているので当時の半分ぐらいの時間で行くことができるが15年前はまだクメール・ルージュの破壊した橋がそのまま残っており道路なんかも未舗装で穴だらけであった。
川を渡るときは横手に爆破された橋を見ながら小さな四角い船にバスを乗っけて対岸に着くありさまである。
当然そのぶん時間がかかる。
あと日本人にとって困るのはトイレ休憩だ。
長い時間のバスの旅なのでおよそ1時間おきにレストランにトイレ休憩に入ることになる。
レストランというが日本の感覚で考えないでほしい、本当に掘っ立て小屋に毛が生えたようなものである。
そこでは30円くらいで飯が食えた。
サソリの唐揚げなんかも売っている。これがまた美味い!
出される食事もハエがブンブン舞ってる中食べなければならない。
そして問題はトイレだ
食事中の方には申し訳ないがここではとうてい描ききれないほど汚いトイレであった。
俺と坂本龍馬はこの汚いトイレを嫌ってレストランの裏にある平原で小便をした。
広々としたカンボジアの大地を見渡しながらの放尿はまさに「よくぞ男に生まれけり」である。
坂本龍馬は放尿の後、両手をぐっと伸ばしてい背伸びした。
「やー最高ですね!こんなところで小便ができるなんて!」と感激してあたりをウロウロしていた。
時間があるから写真なんかも撮り始めた。
「この辺りは蛇がいますか?」
「ああ、いるぞ。デカイのがな!気をつけろよ!」
トイレ休憩の15分が終わりバスがクラクションを鳴らす。
二人が小便から終わってバスに乗り込む時にバスの運転手が英語で言った。
「お前たちレストランの向こう側に行っただろ?」
「ああ、行った。それがどうした?」
「レストランの後ろは危ないから行かない方がいい」
「なんでだ」
「あそこは地雷原で未だに掘り起こしてない地雷がたくさん埋まっている」
さんざん地雷原を歩き回った竜馬と顔を見合わせる。
「あのな、そういうことは先に言え先に!」
無事生還できたからよかったものの。って言うかそんな場所でトイレ休憩させんなよ!
そういえばこの辺りはバスから眺めていたら手が無かったり足が無かったりする子供をたくさん見かけていた。
教訓
「知らないほど強いものは無い!」
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