第19話 死ぬかと思った 2
カンボジア軍の軍服を着た20人ぐらいのうちの半数が各自の銃を抜いてにやにや笑いながら俺達3人の周りに集まってきた。
ジープを運転していたやつからの指示で俺たちをどこかに連れて行けと言う指示が出たようである。
ジープ野郎は始終笑顔でガムをくちゃくちゃやりながら余裕で萎縮している俺たちに「あっちへ行け」と砦中の建物の方を指さしたのである。
銃を持つた10人に囲まれた俺は「世界中の行方不明になった人ってたぶんこうやって死んでいくんだろうな」と本気で思い始めた。
今更ながら銭形のとっつあんを恨む自分であった。
アクション映画の主人公か刃牙の親父のようにとっさに10人の武器を奪ってタタキのめして颯爽とその場を離れるようなことができればいいが俺も格闘技は皆無、通訳のフォンはどう贔屓目に見てもモグラをイメージさせるやつ。
運転手に至ってはもう、ただのねずみ男、 3人の合計戦闘力0という状態だ。
この勢力では武装したカンボジア軍の兵士10人に対しては全くの無力である。万が一にも映画のようには望めない。
さすがに「両手を上げながら」っていうことはなかったがしょぼしょぼと10人の兵士についていく我々であった。
なんとなくドナドナの音楽が聞こえてきた。
銃に小突かれて3人が連れて行かれたのは砦の古い建物の地下であった。
「早く降りろ」と急かされる。
地下に続く階段を降りる時に「おそらくこの階段をもう二度と上がることはないんだろうな」と感慨深げに一歩一歩降りて行ったことを覚えている。
地下に行くと薄暗い長い廊下が続いていた。
両側に鉄格子の入った牢屋のような部屋が何十も見て取れる結構長い通路を歩かされた。
通路の上には薄暗い明かりがついてるだけである。
俺たちを取り巻く10名は各々銃を抜いている。
この時ほど銃に関して詳しい自分を呪ったことはない。
先ほど言ったコルトのガバメント、スミス&ウェッソン357、トカレフ、ベレッタなどの小銃はもとより肩に下げているのは米軍のアーマーライト16、あるものは旧ソ連のカラシニコフを下げていた。
つまり東西全ての銃がそこにあったのである。
当然ガンマニアの俺はその銃の能力を熟知している。
よって反撃する気も起こらない。
通訳のフォンが悲しく言う
「胡志さん、やっぱりキリングフィールドの見学だけで帰るべきだったですね」
ドライバーのカンも
「ぼくも子供が生まれたばかりなので死にたくないです」と涙目で訴える。
そんなこと言っても、もう後の祭りである。
俺も死にたくない。
俺たち3人は10人に銃を突きつけられて一番廊下の奥の部屋まで誘導された。
10人は全員ニコニコしている。これがまた不気味であった。
その部屋は50メートルほどの奥行きがあるレンガで囲まれた射撃場であった。
しかも固定された重火器(マシンガン)も置いてある。
そして射撃場の一番奥には四角い紙に円を描いた三つの的がぶら下げてあって、そこで彼らが射撃練習をする場所であることは理解できた。
後の問題は的がその四角い紙か、それとも俺たちかどうかである。
カイジの「ザワザワ」はまだ払拭できない。
10名を囲む兵士たちは「さあ、好きな銃を選べ」と言って各自の銃を差し出した。
一瞬光がさした!
しかしまだ「ザワザワ」が残る。
好きな銃を選べということは
「好きな銃を撃たしてやる」という解釈ともう一つには「どの銃で死にたいか選べ」と言う受け取り方もできる。
ここは、前向きに捉えたい「どの銃を撃ちたいのか」ということにしよう。
俺は前者に賭けた!
「コルトのガバメントを打ちたい!」と指差した。
そしたらガバメントを持つた奴が「OK!」と言って笑って銃をくるりと回して俺に向けて差し出した。慣れた手つきだ。
「一人20ドルだ、好きなだけ撃て」と言われた俺はこの時ほど神の存在を意識したことはない。
信じる者は救われると!
ポケットの中の俺の所持金は3万なにがしあった。
つまり15種類の銃が撃てるということである。
そこで俺は先ほどからの鬱憤を晴らすように45口径の銃を受け取り紙の的に向かって6発連射した。
銃を撃たしてもらったことと、なんとなく死ななくて済みそうなダブルの快感であった。
次にもう20ドル払って357のスミス&ウェッソンリボルバーを打ちまくった。冴羽遼である。
通訳のフォンとドライバーにも「撃て!」と指示したら、奴らも楽しそうに撃つていた。現金なものである。
そして調子に乗ったついでに「この重火器も撃てるのか」と聞いたら
「撃てる、ただし一人50ドルだ」ということでそこに備え付けてあったマシンガンも撃つことができた。バリバリ撃ちまくった!
まさに薬師丸ひろ子の「快感!」である。
最終的に2万なにがしの出費であったがそんなもん、死ぬことを思えば安いもんである。
俺は最後に聞いた
「なぜ銃を抜いて俺たちを取り囲んだのか?」
「あれは我々の持ってる銃を全部見せて、撃ちたいものを撃ってもらうというデモンストレーションだ」
そんな直接的なことをする必要がないとは思ったが、とりあえず命が助かった気持ち一杯の我々は「よくわかった、ありがとう」と言った。
そして最初に出会った男の操縦するジープに乗ってプノンペン市内のホテルまで送ってもらったのである。
めでたしめでたし。
ベトナムでもたいがいヤバい目にあった俺の筆力でどれだけ伝えることができたかどうかわからないが、あの時は本当に死ぬかと思った 。マジで。
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