第17話 山賊タクシー成敗
ベトナム・ホーチミンは最近は「衣食足りて礼節を知る」という言葉通り悪い人が少なくなってきたように思う。
いいことだ。
しかしこれが俺が来た15年前のころはまさに「生き馬の目」を抜くような連中がごろごろしていた。
奴らにとって我々アウェイの日本人などはまさに宝船のように見えたことであるし、ぼったくりなどは楽勝であったであろう。
その中で一番古典的な騙しの例はタクシーの不当運賃請求である。
今でも若干悪いタクシーは残っているが当時有名だったのはタンソンニャット空港に観光客を待ち受ける山賊タクシーであった。
どのぐらい悪徳かと言うとわずかな釣り銭をごまかすようなセコいことは奴らはやらない。
豪勢に金額ベースで10倍以上の金額を平気でだますのである。
当時の山賊タクシーのメーターはそもそも細工がしてあり通常の10倍以上のスピードでガンガン、メーターの数字が上がっていくと言う無法ぶりであった。
しかしその後ベトナム政府による厳しい法規制でメーターには封印がされて細工ができなくなった。
それでも山賊はあきらめない。
以下の方法に切り替えた。
ベトナムのタクシーはハンドルの横に料金メーターが設置してあり例えば50と書いてあれば5万ドンの意味である。
だいたい空港から日本人がよく泊まるホテルのある中心街までの金額は高くても15万ドンくらいである。
すなわちタクシーのメーターでは150と表示されるはずである。
しかしこのあたりのルールがよくわからない日本観光客に対して彼らは表示どおりの150万ドンを要求する。
支払い時に「そんなに高いのか?」と思いつつもよくわからないしベトナム語で捲くし立てられれば気の弱い観光客なら簡単に150万ドンを払うものである。
もちろんその中には何度もベトナムに来て相場を知ってる客もいるので全部が全部この悪徳商売が成立したとは思えない。
しかし5人に1人でも上手くひっかかれば上出来な商売であっただろう。
この悪徳タクシーの集まりのような会社が今でもベンタン市場の周りにたむろしている。
このタクシー会社は10年以上住んでる俺にも平気で上のような乗車賃金のごまかしをふっかけてくるアホな輩だ。
もちろん俺は引っかかることはない。
ある日俺は日本人スタッフを伴いこの悪徳タクシーを成敗することに決めた。
理由はやはり罪のない日本人からぼったくって不当な利益を得ているやつらを懲らしめるため。
もう一つの理由は奴らには関係ないがその前日にむしゃくしゃしたことがあったので単に発散材料としてである。
まあ八つ当たりだ。
俺たち2人を乗せたタクシーはベンタン市場からわずか2キロしか離れていないレタントンの日本人街に向かっていた。
毎日のようにホーチミンでタクシーを使ってる俺はこの区間はわずか2万ドンから3万ドンであることを理解していた。
そして俺のスタッフはベトナムが初めてのようなふりをしてわざとスマホで熱心に窓からの風景をビデオで撮ってみせる。
おそらくドライバーはこれを見て「また馬鹿な日本人が来たな」とほくそ笑んだと思う。
馬鹿はそっちだ!
そしていよいよ目的地レタントンについて金を支払う場面になった。
心が躍る。
「いくらだ?」と言うと「20万ドン」だと言った。
予想どおり10倍だ。
よし決めた!成敗開始!
そして「20万ドンか、よくわからないな・・・」というようなふりをしてわざと財布の中を彼の前に晒した。
すると奴は「待っました」とばかりにいきなり俺の財布の中から一番高額紙幣である50万ドンをさっと抜き取ったのである。
マリックも真っ青な早技である。
そして「さあ、降りろ」と俺たちにタクシーから降りるように指示した。
俺は即座に「48万ドンの釣りはどうした」と聞いた。
もちろんベトナム語でである。
彼はベトナム語を話す日本人の俺にびっくりしたようであったが「今2万ドンちょうどもらったので釣りはない」と抜かしやがる。
「そんなことはない、俺は財布に50万ドン札1枚しか入れてなかった。それが今ここにはない」と言い張った。
ヤツはちょっと困った顔して 「2万ドンしかもらってない」ということを強調する。
最初は20万ドンを要求したくせにもう2万ドンになっている。
そして先ほどから窓の外をビデオ撮影しているふりをしているスタッフに言った。
「おい、こいつにさっきのビデオ見せてやれ」
一番大事な金のやり取りの瞬間も当然ビデオ撮りしている。
というかこれが目的である。
そしてさきほどのやつが50万ドンをかっさらう瞬間を撮影したビデオをやつに見せた。
ビデオで見ても名人芸である。
それを見た奴は「完全に参った」という顔をして渋渋釣りの48万ドンを返してきた。
そして追い討ちをかけるように俺はスタッフにタクシーの上に掲示してある社員証(顔写真と名前と生年月日が書いてある)をスマホで撮るように命じた。
その後俺は
「このビデオを持って日本の領事館と警察に行くからな。お前の顔写真と社員証は既にスマホで撮ってある」とネクタイを思い切りつかんで怒鳴ってやった。
両手を合わせて哀願するドライバー
「いまさら謝ってももう遅い!」
そしてスタッフに命じてタクシーを降りて前後から車のナンバーを写真で撮らせた。
前後でナンバーが違う車はざらである。
やつはすぐに降りてきて平謝りをしてしわくちゃな10万ドンを差し出してこれで勘弁してくれと言った。
しかしそんなもので心が揺れる俺ではない。
大声で「アホなことすんな」と俺はネクタイを引っ張りながらやつの車のボディーを思いっきり蹴り飛ばしてやった。
ボコッとかなりへこんだ。
「奴もこれから心は入れ替わらないであろうが少しは手加減するだろう」と願った。
もちろんめんどくさいから領事館や警察などには行かない。
俺の2番目の目的の「むしゃくしゃした腹いせ」は終わったからである。
はーすっきりした。
ベトナムの鬱憤の発散は悪徳タクシーの成敗に限るぜ。
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