第11話 悲惨なアシスタント・ディレクター 1
人間という動物は「やってはいけない」とか「行ってはいけない」と言われると逆にわざとやってしまったり行ってしまうあわれな生き物であろう。
とある日、中国地方の某テレビ局のクルー5名がベトナム・ホーチミン市にやってきた。目的はベンンタン市場や戦争博物館、有名レストランなどの観光地を撮影して「ベトナム紀行」の番組を制作するためである。
この時の滞在期間は1週間。
俺はその通訳、撮影地折衝、移動、安全保全の仕事をやっていた。
だいたいこの手の取材モノは報酬は高く、しかもマスコミ関係は払いがいいので好きである。
ここで先に伝説の「ホンダ・ガール」の説明をしなければならない。
ベトナムではバイクのことを「ホンダ」と呼ぶ。それくらいホンダのバイクが浸透しているということだ。
だから「昨日、ヤマハのホンダを買った」なんて訳のわからん会話が成立する。
当時ホーチミン市内では3箇所のストリートで「ホンダ・ガール」が出現するといわれていた。このストリートでは昼間からバイクに乗ったミニスカートの派手なベッピンねえちゃんがバイクを運転して颯爽と同じ通りをぐるぐる走り回っている。
原色の派手な服で化粧した若い子が何回も同じ通りを通るので素人目から見ても「その手の職業」のねえちゃんだとすぐにわかる。多いときには30から40人ぐらいが「どうだ!私を選べ!」的な態度でぐるぐる回っている。これはもう見ていて圧巻である。
当時の相場は20万ドン(約1000円)でやらせてくれるから非常にコンビニエンスである。気に入ったねえちゃんがいれば指差してそのまま後ろの席にまたがってラブ・ホテル(1時間 300円)に直行、30分後にコトが終えると元の場所まで送ってくれるという機械的な作業である。
この吉野家のような「簡易・瞬殺・安価」の3つで構成されたシステムがベトナム人男性のみならず海外からの駐在員男性の下半身タイガースの安息を支えていたのである。
さて本題に戻る。
テレビ局のクルーのなかに25歳の一番若いAD(アシスタント・ディレクター)がいた。
ディレクターといえば聞こえがいいが名ばかりで要は「雑用係」である。ショッカーでいうところの黒服の戦闘員である。
1週間のロケも終盤に近づきかなり鬱憤がたまっていたであろう。また若いので股間にたまる物もたまってきたのであろう。
俺にこういってきた
「あの、うわさのホンダガールが出現する場所を教えてもらえませんか?」と
「お?ホンダガールの取材か?」
「いえ個人的に興味があるもんで・・・」
一抹の不安がよぎった
「ああ、今はこの3つの通りでやってるはずや」
持っていた紙に簡単な地図と通りの名を書いてやり、前述のシステムの説明をしてやった。
思えばこれが間違いの始まり
「ありがとうございます!」歓喜のAD
「一人では絶対行くなよ!」と念を押す俺
「え、やばいんですか?」
「時々外人を狙った置き引きや美人局があるからな」
「ほえー、なんか怖いですね」
「日本人なんかあいつらにとっては『宝船がきた』ぐらいにしか思ってへんからな」
「了解です、一人では絶対行きません」
ここでこの日の仕事はすべて終了して解散となりおのおのホテルへ戻っていった。
問題はその日の深夜1時ごろにかっかってきたADからの電話であった。
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