第7話 レストラン「はる」

ベトナム・ホーチミン市に来ている日本人の数は約10000人である。

その内訳は95%が大手企業のホーチミン支店の出張者であとの3%が俺のような起業家や日本食レストランなどの自営業、問題は残った2%である。


この2%の連中は夜逃げや借金、やくざに追われる身・・・いずれにしても何らかの理由で日本にいることができずにベトナムに来た連中である。当然のことながら、この連中にとっては住むところがベトナムでなくてもラオスやカンボジアでもどこでもいい。とにいかく身を隠せればいいと思ってたまたま今はベトナムにいるだけの連中である。


「はる」という日本料理屋がかつてあった。場所はホーチミンの中心ハイバーチュン通りでシェラトンホテルの近くである。「かつて」と書いたのは今はもう閉店して別の日本食屋になっているからである。

閉店となったのはあきらかに2%のやつらの仕業である。


この「はる」は2%の何らかの理由で日本にいることができなかった連中のたまり場で有名であった。店主ははなはだ迷惑であったであろうが一応客なので文句が言えない。


俺も一度ためしに「はる」に行って飯を食ったことがある。入った瞬間にいきなり、えもいえない強烈な「マイナスオーラ」が漂ってきた。

非科学的と言われるかもしれないが俺は『気』とか『オーラ』の存在を信じている。大事な要素である。


そこで飯を食っている最中に聞き耳を立てるとこちらの席では「いやあ、俺なんかは3000万踏み倒してベトナムに来たんだぜ」とか「不景気で店が倒産して家族離散、そしてベトナム!」なんていう武勇伝を語っていたりこっちの席では「でさあ、今週金が底をついたので1万円貸してくれない?」なんていう金の普請をやってる輩もいる。


どう聞いても「マイナス」な話しか聞こえてこない。うわさどおり、いやそれ以上である。

「瀕すれば鈍す」の集合体のような店であったのでそそくさと俺は清算を済ませて外に出た。一歩外に出るとなんと外の空気が新鮮に感じたことか。


ちなみに一回俺は、大田という輩に俺がベトナムに持ってきた剣道の防具、竹刀一式を取られた経験がある。

なんでも大田はホーチミンの日本人小学校で剣道を教えているとかで俺の友人を伝って言い寄ってきたのだ。

初対面ではあったが「日本の子供に剣道を教える」姿勢に一応敬意を表して一ヶ月間という約束で貸したが10年経ってもまだ戻ってこない。


これは金額の問題ではなく物理的に剣道の防具や竹刀を日本から持って入るのは結構面倒なので俺敵には非常に腹が立った出来事である。


後で聞いたらこいつは「はな」の常連客であったそうだ。

もう少しよく調べるべきであった。


ベトナムまで来てベトナム人に騙されるのは覚悟の上、想定内であるが日本人にやられるとは灯台下暗しである。


また「はる」ではこのような小悪党同士の金の貸し借りが日常行われていてこれが原因である日、大喧嘩が起こったそうである。

なんでも2万円貸したやつがいつまでたっても返さない輩に手を出したと言う豆粒のような低い次元の話である。


しかも怒った貸主はあろうことかホーチミン日本領事館に届出を出してたかだか2万円の被害で指名手配の手続きを取る始末。


そういえば別件で領事館に行ったときに「要注意人物!寸借詐欺に要注意!」と書いた大きなポスターが壁に貼ってあったのを覚えている。

外国に行ったら日本の良さと日本人のよさが外から見てわかることが多いが日本人の悪さもまたよく見えるものである。


かわいそうに「はる」の店主はこの毎日迫り来るマイナスオーラの襲撃でひとたまりもなく撤退を決意したのである。

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