第6話 俺もやられたぜ!

人の盗難事件を前回書いたが、実はかくいう俺自身も一度盗難に合っている。


今回はその話を書く。


極めて古典的なひったくりに遭遇した。


2008年12月のクリスマスの日


俺はホーチミン市役所前のグエンフエ通を当時のダクストンホテルから出て道路を横断中のことである。


この通りは片側5車線の広い通りで(現在は片側2車線を残して歩行者天国になっている)向こう側に行くまでに中央の分離帯で信号が変るのを待っていた。


そのとき携帯電話が鳴ったので脇にセカンドバックをはさんで電話に出た。


相手は俺の連れであった。

内容は今日のやつの家で行うクリスマスパーティの件であった。


その時いつのまにか後ろから2人乗りのバイクが俺に近づいてきて後部座席のやつが俺が脇に挟んでいたセカンドバックをかっさらっていったのである。


本当に一瞬の出来事であった。

プロの仕事だ。


人間と言うものはあまりに想定外のことが起こると「今、何がどうなっているのか」が瞬間わからなくなるものでる。


しばらくして走り去るバイクを見て「いかれた!」と気づいてとっさにダッシュで追いかけて履いていた靴を脱いで投げつけたがすんでのところで相手に届かなかった。


もっと距離が飛ばせるものとして腕時計をはずして投げようとしたが買った時の金額を思い出して投げるのをやめた。


バイクのナンバーを確認しようとしたが白いペンキで塗って数字は見えなかった。


幸い携帯電話だけは連れとの通話中であったので無事だったために通訳のフォンに電話してひったくりにあったことを告げて「今から警察にいくからすぐ来い」との司令を出したのである。


海外盗難保険に入っていたので現地警察の調書さえあればあとで戻ってくるので通訳と一緒に最寄の警察署に行った。


警察「どうした」

俺「バイクに乗った2人組にバックを盗られた」

警察「わかった、そこに座って盗られた様子を聞かせてくれ」


つい先ほどのことなので警察官から詳細を聞かれても服装、髪型、背格好などはすらすら出てきた。


警官

「じゃあ、書類も書いたから犯人を決めてくれ」

「え、犯人を決める?」

警官

「ああ、今から下の留置場に一緒に行こう。そこで犯人を特定してくれ」

「え、ついさっきやられたばっかりやのに犯人がいるのか?」

警官

「ああ、たくさんいる」

「たくさん?」

意味がわからん。


そうこうしているうちに階段を降りて薄暗い地下の留置場に着いた。


3つの檻の中にはいるわいるわ、それぞれの檻に10人ぐらいづつの人相が悪いベトナム人が収容されていた。


今まで騒々しかったのが緑色の警察の姿を見つけると急にしーんとなった。


全員の不安げな目が一斉に我々のほうを向く。


こいつらは全員今日つかまったバイク泥棒らしい。

警官

「さあ、どれだ?」


どれだと言われてもこっちは後姿しか見ていないし、バイクに乗っているので正確な身長もわからない。


警官

「さっきの調書の服装の色からいうとこいつか?」と指を指す。

なんか違う、もっと痩せていた


「違うと思う・・・」

警官

「じゃあ、こいつか?」


なんかカラオケで隣に座るお姉ちゃん決めを迫られているような気持ちになってきた。


「うーんメガネはかけてなかったような・・・」


警官

「なら、こいつにしとけ」


「しとけって・・・」


後から知ったがバイク窃盗は起訴するのに被害者の証言が必ず必要だそうだ。


通訳のフォンが

「この人に決めましょう」とささやく

「決めましょうって・・・」

通訳

「大丈夫です、むこうも捕まった以上は特定されたほうが早くここを出れるのでむしろ半分は決められるのを期待しています」

「そういう問題か?」

通訳

「ここはベトナムです」

「はあ・・・じゃあこ、こいつでいいです」


俺は縁もゆかりもない人間を犯人に特定したことに、いささか罪の意識を感じながら(このあたりが善人と呼ばれるゆえんである)さきほどの調書を書いた部屋に戻った。


俺の調書にさきほどの犯人?の国民証(ベトナム人は全員顔写真の入ったこのカードを持っている)のコピーを添えてスタンプを押されて手渡された。


俺「あいつはこのあとどうなんねん?」

通訳フォン「まあ、家族が罰金を払って出られるでしょう」

俺「刑務所とかは行かへんのか?」

通訳フォン「いちいちバイク泥棒くらいで刑務所行きならそれこそすぐに一杯になって収容し切れません」

俺「・・・・・」


結論から言うとこの調書で日本に帰ってから保険で被害額(カバンの代金)が支払われることになった。


しかし問題はそのかばんの中身であった。


俺の趣味は「手品」である。

玄人はだしの腕前を持っており日本ではいろんなところで宴会芸として招待されていたほどである。


盗んだ犯人には申し訳ないがそのカバンの中身は当日連れの家で催されるクリスマス会での手品のタネであった。


プラスティック製の親指や万国旗、二つに折れるボールペン、トランプカードなどがつまっていた。


カバンを開けた犯人は「いったい何につかうのかこの親指は?」と思ったことであろう。


この手品グッズは結構金額が張ったが保険では認められなかった。


とほほである。


こいつらのおかげで俺はクリスマス会ではタネ無しで手品をやるはめになってしまった。


当然タネがないから間に合わせのしょぼい手品ショーになってしまった。


連れに盗難にあったことを告げた

「アホやな、ぼーっとしすぎや、ベトナムでは背後は常に要注意や」

「あのな、元はといえばお前の電話が原因や!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る