第5話 小田さん、大ピンチ!
素人がベトナムに赴任したら、えらいことになるということがよくわかる事件が発生した。
この話の主人公の小田さんはいい人だ。
しかし枕言葉が必要だ。
「飲む前の」という言葉が頭にいるのだ。
普段おとなしく紳士の小田さんは飲んだらまるで「さなぎ」のように3段階に変化する。
1 飲んだ直後は明るく歌をばんばん歌いだす
2 歌がなくなったら怒りモードに入り、手当たり次第周りの人間を怒る
3 おおかた怒り終えたら急に寝る、どこでも寝る
こう聞くと性格破綻者のように思えるが彼は一応ベトナムに支店を出そうとする上場企業の部長さんだ。
一応フォローしておく。
しかし困ったことは、酒を飲んだらどこでも寝る人なのだ。
彼は治安のいい日本国内ではこの所業でまかり通ったのであろうが、ここは貧乏国ベトナムである。
鵜の目鷹の目で、金品を狙う泥棒が跳梁跋扈する国なのである。
まして安全国家ら日本からやって来た日本人などは彼らから見ると「宝の山」にみえることであろう。
俺はこの上場企業のべトナム進出の手伝いをしている。
例えると雪山に登るときの登山者とシェルパの関係である。
だから「こっちの登山ルートがいい」とか「天候が悪くなったら休憩」などの指示を出すのが仕事である。
当然小田さんにも「たくさん飲む前に必ずタクシーで宿に帰ってください」と口を酸っぱくして念押ししておいたにもかかわらずこの始末である。
なんと彼は自宅のマンションの前でタクシーから降りた後に、力尽きて路上で寝てしまったのである。
時刻は夜の12時ごろとか。
当然彼はシェルパの指示通りバックは盗まれないように袈裟懸けに肩からクロスにかけていた。
そしてそのベルトをしっかり両手で握りしめて寝たらしい。
ベトナム・ホーチミン市の路上で深夜寝るという暴挙以外はいい心がけである。
しかし朝起きたらベルトの両端が切断されていて一晩中、力を込めて握っていたのはなんと10cmくらいになったかばんのベルトの切れ端のみであった。
ま・ぬ・けの一言である。
さあここからが大変!
寝てる間でも自分が守りきったと勘違いしたかばんの中身はパスポート、財布(現金500ドルと各種カード)、携帯電話!
海外で必要な「三種の神器」がすべてやられたわけである。
しかし彼にはこの緊急事態を知らせる方法がない。
幸いにも会社の鍵だけはポケットにいれていたので歩いて会社までたどりつき、会社の電話から私にSOSのコールをしてきた。
これが日曜日の朝8時のできごと。
電話の向こうは大慌てで上記をまくしたてるように説明する小田さん。
「小田さん、落ち着いて!命があるだけラッキーです。もし泥棒がカッターでかばんを切る最中にあなたが目を覚ましていたら首を切られてましたよ」
事実似たような事件が散発していたころの話である。
「とにかく、まずはカード会社に差し止めの連絡、携帯電話は俺の予備があるから買い換えるまで使ってください、パスポートは私が領事館に再発行の手続きをしておきます」
経験値の高いシェルパの指示は常に冷静、簡潔かつ明瞭である。
海外でのパスポートの再発行は早くても2週間かかる。
俺は領事館のなかにも「草」がいるので休日にもかかわらず即効で再発行を指示した。
問題はその三日後のこと。
日本から本社の社長がハノイに契約にやってきた。
当然部下である小田さんはホーチミン市からハノイ市まで飛行機でお迎えをしなければならない。
しかし現在でもそうであるがベトナムでは飛行機の移動は国内でも身分証明のためにパスポートが必要なのである。
つまりパスポートを賊に盗まれた小田さんはハノイに行けないことになった。
しかし本社から社長が来るのでそれは許されない。
さあ、どうする小田!
そこで俺は提案した
「もう電車でいきましょう!!」
「電車で?」
「しかたないですやん。背に腹は代えれません!」
「ホーチミンからハノイ間ってどのくらいあるのですか?」
「1800㎞!」(約 青森ー下関 間くらい)
「えー!一体何時間かかるんですか?」
「40時間、約1日半」
「えー?」
「会議は明後日、考える暇はない!」
だんだん強制モードに入る。
「しかし絶対疲れるよねー」
「そんなもん自分が撒いた種!自業自得!」
「仕方ないですねー」
とキップを手配する俺。
かわいそうであるが、狭い座席に1日半揺られることになる電車にいやがる小田さんを押し込んだ俺はやっと一息つけた。
ホーチミン市は今でも外国人を狙うひったくりが多いので要注意!
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