匿名希望、犬を飼う。[みっかめ]
昨日ほど衝撃的な目覚めではなかった。ベッドの横ではちょこまかと走り回るポチの足音。どこからか漂う異臭。
体を起こしてメガネをかけると、臭いの方角に目を向けた。するとどうだろう。
壁際の床が、黄色く湿っていた。
しつけがなされていない故のトイレトラブルだが、希望は案外冷静に対処できた。昨日あの後、御己宅で色々と調べ、近くの本屋でも犬の飼い方ガイドを買い、備えを万全にしていたのだ。
片づけは出来た。しかし、彼女がショックを受けたのは部屋が汚れたからではない。彼の「黄色いアレ」は、希望の趣味の領域にまでかかっていたのだ。
「あああーー! せっかくこの前古本屋で買ってきたのにぃ……がっくり」染み込んだ「アレ」に侵された分厚い経典を持ち、希望は肩を落とした。そんな希望を尻目に、ポチが口の周りをなめる。
しつけはおいおいやっていくことにして、希望はガイドを読みあさっていた。肩に跳びついてくるポチに時折目をやり、この子にはどうすることが必要なのか考える。遊べるのびのびとした環境か、それとも満足な食事か、はたまた安寧か。
「福音の下に救済を――とか言ってる場合でもないんだよね……」
ポチがどう育ち、どう生きていくかは自分にかかっている。こう考えたとき、希望は肩にかかったとてつもない責任の重みに押しつぶされそうになるのだった。読めども読めども、答えが出てくるとは到底思えなかった。
「……ポチ~、おさんぽ、行く?」
ポチはしっぽを勢いよく振って応えた。
御己の家に行った時と同じように、希望はポチを抱いて外に出た。空は雲一つない晴れだったが、普段より強い風が体感温度を下げる。今日は寒さによる震えもあるだろうが、ポチは昨日と同じように震えながら辺りを見回していた。
普段の通学路を学校に向かって歩く。いつも1人で歩く道だが、1匹を抱えて行く道もまた良いものだと思った。
角を曲がったとき、電柱に見慣れない張り紙があった。希望が見ると、「捜しています!」の赤文字と共に手書きの字が躍っている。
2日前にいなくなった子犬を捜しています。
生後2ヵ月、オスの柴犬です。
見かけました方はこちらまで連絡お願いします↓
「――これって」
その時、さっきまで向かおうとしていた道の先に人影が見えた。
ポニーテールにメガネ、希望そっくりの風貌をした女性。こちらに視線が向けられると、腕の中のポチがもがき始めた。
彼を抱く手をほどき、道に降ろす。
向こうにポチが駆けて行く。
表情が緩み、笑む女性。
「見つけてくださったんですか? 本当にありがとうございます!」
彼女の声は希望のと違い、よく通る大きな声だった。
希望はしばらくその場に立ち止まっていたが、やがて声にすることなく言葉を発した。
さよなら。
そして、ありがと。
「お邪魔しまー……あれ、ポチは?」
御己の問いかけに希望は応えることなく、飼い方ガイドを必死に読んでいた。
御己はしばらく部屋の中を見回す。そしてわずかに目を細めると、黙って床に腰かけた。
窓の外では、吹きすさぶ風が木々を揺らし、ざわざわと音を立てていた。
彼
神の意思
無限の慈悲
平穏の使徒よ、嗚呼
家郎'sオリキャラ・オン・パレード 家郎 @yellou-mistake
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