匿名希望、犬を飼う。[いちにちめ]
某所郊外在住、ちょっとだけスピリチュアルにはまっているごく普通の高校1年生女子、
ある日の夕方4時。彼女はいつもの帰り道をいつものようにぽつんと歩いていた。しかし今日は違う。
後ろから聞こえるかすかな足音。それを希望は聞き逃さなかった。
戦慄が走る。
振り向いて確認したい。だが一抹の不安が、彼女の歩みだけをただ速めてゆく。最近近所で不審者が出たとか。もし自分が遭遇してしまったら、と考えると……。
希望はいつの間にか小走りになっていた。足音は……速い。ついてきている。噂の不審者だったらどうしよう。けれど彼女は疑問に思っていた。
(なんか……足音小さいし多くない……?)
気づけば家の扉が目の前にあった。急いでカギを開け、玄関に入る。足元を黒い影が通って行った気がしたが、焦っていた希望は気にも留めなかった。
「……っふぅ~、これで安心、安心っと」
休息の地に帰ってきた希望は安心しすぎたからか、扉を閉めてから十数秒目を閉じていた。彼女が目を開けると、そこには、
1匹の子犬がいた。
しばしの静寂。そして、
「えぇえーー~っ!?」希望の叫び声が部屋を震わせた。
「ちょっと待ってちょっと待って、待て待てなんで犬? さっきのこの子だったってこと? いやいや落ち着こういったん落ち着こうなんでこの子がここにいる? 私の部屋に。えっ……これはもしや……」
「神の使い、とか?」
彼女自身、なぜこんな荒唐無稽な思考に至ったのかはわからない。そうも考えたくなるくらい、希望は動揺しているのだ。だいたい、動物なんて小学2年生の時クラスで飼っていたハムスター以来だ。勝手がわからない。そもそも、この子犬はどこから来たのだろうか。気になることが多すぎて頭がパンクしそうな希望だった。
「うーん、どうしよ……」
狼狽する希望をよそに、雑多な希望の部屋で子犬は駆け回っている。かわいい。飼い方やらなにやら、悩みがみんな吹き飛んでいきそうだ。
「じゃあ、とりあえず名前は……『ポチ』で。よろしく、ポチ」
呼ばれたことを知ってか知らずか、ポチ、と名付けられた子犬はキャン、と鳴いてみせた。
「希望さーん、入りますよ」
「おっ、いいよー入ってー」
希望の数少ない友人――理解者、といったほうが正確かもしれない――である、
「犬……っスか」
「そう、ポチっていうの! 帰ってきたら家にいてさー」
「はあ……希望さんのことなんで、アヌビス? とか、犬系の神の名前つけたりするのかな、とか思ってましたけど」
そんなことしないよー、と笑い返す希望。どうやら御己には、ポチは受け入れられたようだ。
「ここだけの話、あんまりこういう趣味バレたくないんだよね~……」
「ハハハ……ところで、ポチ? でしたっけ? ごはん食べたんですか?」
ごはん、という単語に吸い寄せられてきたのだろうか。座る希望の膝の上に、ポチが手を置いてきた。希望の顔をじっと見つめている。
「えっと、まだだけど」
その言葉を聞いた途端、御己は立ち上がってドアを押し開けた。外は薄暗くなっている。
「まだ時間あるな……友達んちからごはんになりそうなものもらってきますね! 待っててください!」
流石は小6。交友関係が広いなあと、希望は開けっ放しの扉の外を見るのだった。
10分後。息を切らした御己が帰ってきた。手にした中くらいの大きさのタッパーには、ドッグフードの1種と思われる粒がパンパンに入っている。
「いろいろ聞いてきました。深めの小さいお皿、みたいなのってありますか?」
希望が出した皿に、御己はドッグフードを少々あける。子犬にとって、粒が皿と触れ合うあの音はきっと待ち望んでいたものに違いない。跳ね回って喜ぶポチ。
「こうやって床に置いて……はい! 召し上がれ~」
よほど腹をすかせていたのか、身を乗り出すようにしてがっつくポチを、2人は微笑みを浮かべながら見守っていた。
午後5時半くらいのことであった。
ほっこりしそうでほっこりしない、そんな1人と1匹(ともう1人)の物語。
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