第一章 太陽の少年と異国の姫君 7

「父さん、父さん!」

 大声で叫びながら広い館を走る、二つの足音。

 いつものことだ。息子が生れてからこの家には、ばたばたという騒音がやまないことがあっただろうかと頭を押さえる。

 一人息子はいつも元気だ。元気を通り過ぎてうるさい。

 この爽やかな昼下がり、今日も今日とてドナルド邸には静けさからはどこまでも遠く遠のいた嵐のような二つの足音が――

「……二つ?」

「父さん!」

 ばんっ! と勢いよく開かれた、客室の扉。

 地図帳と資料、日程表がばらまかれた机を中心に頭を抱えていたエドワード斉藤両氏は、嵐のように湧き出てきた風雲に、再度大きく頭を覆う。

 エドワードは腰を沈めていた上等なソファから腰を上げ、ドアを壊しそうな勢いで飛び込んできた息子に近づいた。

「こら、アーサー。お客様が見えているときは、仕事中が特にここには入るなと……」

「父さん父さん、俺、今日ボタンと一緒に寝る!」

 がらりとその場の雰囲気が変わる。

 脱力をする大人二人と、打って変わって明るい表情を作るアーサー少年。そして、その後ろからひょっこりと顔を出したのは、小さな大和撫子だった。

「おい、ちょっ……一緒に寝るって、お前――」

「どうせ伯父さんもうちに止まるんでしょ!? じゃあいいじゃん! だから、牡丹の客室は用意しなくていいからな! 行こうぜ、ボタン!」

 言うが早いか、アーサーは牡丹の腕を掴み走り出した。

 ばたばたばたという嵐のような足音が、遠のいて消えてゆく。

 エドワード氏はやっとのこと起き上がり、それからソファに腰を沈めて頭を抱えた。

「申し訳ありません、Mr.SAITO……うちのバカ息子がお宅のお嬢様に変な影響を……」

 と、かなり本気で謝罪の言葉を述べる彼に、サイトウ氏は「いえいえ」と明るく笑い両手を振った。

「とんでもない。元々、大人しい子ですので。あれくらいの方がいいでしょう」

「ですが……」

 がゃーん。どんどんどん。

 遠くの方でなにかが崩壊する音と、メイドたちの悲鳴が聞こえた。

 顔が青くなり、青筋も浮く――

「……真に申し訳ありません、Mr.SAITO……」

 大らかであるだろうサイトウ氏の顔に浮かぶ、一筋の不安。一体何をしたのだろうか。

 はぁ、と二人揃ってため息をする。

「ま、まぁまぁ、それほど、お気にせずに」

 トモオ・サイトウは空気の読める人間だった。これはプライベートのみならず、外交面にも大きく発揮されている。

「私は、これはとてもいい経験だと思うのですよ。日本は国を開いてから、たった数十年で大きな変化を遂げました」

 文化も、文明も政治も医学も様々な面で欧州各国のものが流れ込んできた。

 明治維新後、国も人も大きく変わった。

「これから先も、どんどん変わると思うのですよ。日本も、人も――」

 ふ、と目を細め、開け広げられたままの扉に視線を向けた。

「楽しみですね。日本と、あの子たちと」

 一体この先、どのような未来があの子たちを待っているのか。

「楽しみで、なりません」


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