第一章 太陽の少年と異国の姫君 4

 父の名前はエドワード・ドナルドという。

 交易を通じ全世界を飛び回る、ドナルド家の現当主である。

「本当にうちの息子が申し訳ないことをした」

 心の底からそう詫びて、隣で珍しく大人しく座り込む息子の頭を下げて、自分の頭も同時に下げる。

 屋敷の中心に位置する、客室だ。淡い草色の絨毯と、火のついていない、夏の間はただのインテリアと化しているだけの暖炉。その上にある巨大な女神の形の時計は、昔父がフランスに行った際に持って帰ってきたものだ。父と同じタイミングで顔をあげ、そのままの勢いで天井を見上げると、巨大なシャンデリアがてかてかと笑っていた。

 目の前にあるもの。紅茶のカップが四つと、ポットが一つ。クッキーとチョコレート。そして、「はっはっはっ。お気にせず」といって、チョコレートを一つ摘まんだのは、「父の客人」であり「女の子の父親」であるという、日本人の男だった。

「いやいやいや、真に申し訳ないことをした」

 人のよい笑みを浮かべる日本人に、もう一度頭を下げさせられる。下げさせられたままの状態で、金の前髪の間から、例の「日本人」を観察した。

 額から真っ二つに分かれた黒い髪。バター色の肌。ひげは生えているが、いまいち年齢がわからない――若いのかそうでもないのか。そこでふと、「アジア人種は童顔である」という噂を思い出し、納得をする。背が低い。黒のスーツは正直あまり似合っているとは言えなかった。

 その男の隣に座っているのが、先ほど彼が泣かせた――泣かせてしまった女の子だった。

 黒い瞳の目元を腫らし、俯いたまま行儀よく足を揃えて手を膝に置いていた。紅茶にもお菓子にも手を付けていない。それどころか、指先がピクリとも動かない。人形のようだ、と思う。

 男――トモオ・サイトウだといっただろうか――は、カタンと静かにカップを置くと、

「いえ、男の子はそれくらいの方が元気がよくていいでしょう」

「元気とはいえうちのは少し度が過ぎて……」

「まぁまぁ、お気にせずに」

 共通語の話せる人間だ、と思う。少し片言で時々おかしいところもあるが、それでも父親と話しているし、アーサー自身もその日本人が何を話し何を伝えようとしているのか、きちんとわかり理解ができた。

「お嬢様には、本当に申し訳ないことをしたと思っている。ええと……」

 同じ金色を持った父が首を傾げ、青い瞳を少女へ向ける。少女は肩を強張らせたまま、睫毛の奥から覗くようにして、エドワードの顔を見る。

 サイトウ氏は隣でかちんこちんに固まる娘の肩を引き寄せると、

「牡丹と申します。斉藤、牡丹さいとう ぼたんです」

 父親により紹介された黒髪の少女は、睫毛越しにドナルド親子の顔を見上げた。不安げな顔だった。今すぐにでも泣いてしまいそうな、そんな表情。

 その表情を見ていると、なぜかアーサー自身も不安になってしまい、青い瞳に影を落とす。

「ほら、アーサー!」

 バンッ! というのは、父が背中を叩く音だ。

「リトル・プリンセスはお前と同じ年齢だそうだ。仲良くしてあげなさい。次はもう、泣かすなよ?と」

「わかってるよ!」

 アーサーはなぜかムキになってそう答え、目の前にあるチョコレートの包みを開き口の中に放り込んだ。甘くておいしい。

 女の子の紅茶は、ぬるくなったまま一度も手を付けられていなかった。



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