徳経 蜂屋邦夫釈概要
ここには原文、及び「蜂屋邦夫氏の解釈を 0516 なりに解釈したもの」をひとところにまとめておきます。「蜂屋邦夫氏の解釈そのもの」が載っているわけではないことにご注意ください。
38章
世の中は徳に溢れているべきであるが、徳が廃れ、仁がもてはやされた。仁が廃れ、義がもてはやされた。義が廃れ、礼がもてはやされた。礼が持つ華美な点は、要は思いやりの欠如であり、乱脈の始まりである。よって道をおさめるものは華美なものから遠ざかり、素朴な境地に落ち着く。
上德不德,是以有德;下德不失德,是以無德。上德無為而無以為;下德為之而有以為。上仁為之而無以為;上義為之而有以為。上禮為之而莫之應,則攘臂而扔之。故失道而後德,失德而後仁,失仁而後義,失義而後禮。夫禮者,忠信之薄,而亂之首。前識者,道之華,而愚之始。是以大丈夫處其厚,不居其薄;處其實,不居其華。故去彼取此。
39章
あらゆるものは「一」なるものを得ることで成立するが、その状態を維持し続けるのは無理がある。だから優れたものは常に卑しく見えるものを礎としている。王侯の一人称が「孤」「寡」「不穀」なのもこの故である。栄誉という宝玉を求めないようにせよ。石のごとく、ごろりと転がっているべきである。
昔之得一者:天得一以清;地得一以寧;神得一以靈;谷得一以盈;萬物得一以生;侯王得一以為天下貞。其致之,天無以清,將恐裂;地無以寧,將恐發;神無以靈,將恐歇;谷無以盈,將恐竭;萬物無以生,將恐滅;侯王無以貴高將恐蹶。故貴以賤為本,高以下為基。是以侯王自稱孤、寡、不穀。此非以賤為本耶?非乎?故致數譽無譽。不欲琭琭如玉,珞珞如石。
40章
すべてのものが帰りゆくのが道の働きであり、柔弱なのが道の作用である。すべてのものは形あるものから生れ、形あるものは形なきものから生まれる。
反者道之動;弱者道之用。天下萬物生於有,有生於無。
41章
道は下らぬ者には笑い飛ばされる。そのような者に笑い飛ばされないようでは道ではない。真に価値のあるようなものは価値のないもののようにしか見えないからだ。そのくだらないように見えるものこそが、この世のあらゆるものに大いに資しているのである。
上士聞道,勤而行之;中士聞道,若存若亡;下士聞道,大笑之。不笑不足以為道。故建言有之:明道若昧;進道若退;夷道若纇;上德若谷;太白若辱;廣德若不足;建德若偷;質真若渝;大方無隅;大器晚成;大音希聲;大象無形;道隱無名。夫唯道,善貸且成。
42章
道は無から有を生んだ。有は天地を生んだ。天地は陰陽を交え、そして万物を生むに至った。万物には陰陽がめぐり、調和を保っている。ひとは一人ぼっち、役立たずであることを恐れるが、施政者は率先してそう名乗る。だから物事は損することで得を得ることもあるし、その逆もあり得るのだ。皆々が言っていることであるが、あえて私も言おう。強きものは自らが志すような死に目にはあえない。これこそを教えの根本となそうではないか。
道生一,一生二,二生三,三生萬物。萬物負陰而抱陽,沖氣以為和。人之所惡,唯孤、寡、不穀,而王公以為稱。故物或損之而益,或益之而損。人之所教,我亦教之。強梁者不得其死,吾將以為教父。
43章
最も弱いはずの水は、片や岩をも押し流すかと思えば、片や砂の間にまで染み渡ってゆく。この働きを見て私は知る、無為なるものの有益さを。言葉に現れぬ教え、無為であることの有益さ。これに勝るものなど、この世にはほとんどない。
天下之至柔,馳騁天下之至堅。無有入無間,吾是以知無為之有益。不言之教,無為之益,天下希及之。
44章
名誉と身体。あるいは身体と財貨。もっとも大切なのはどれだろうか。得ることと失うこと。どちらがより思いを煩わせるだろうか。ものを抱え失うまいとすれば、より多くのものを失うことになる。だから満足すること、立ち止まることを知るものは不幸な目に遭わない。そして、いつまでも生きていられるのだ。
名與身孰親?身與貨孰多?得與亡孰病?是故甚愛必大費;多藏必厚亡。知足不辱,知止不殆,可以長久。
45章
大いなる完成は欠けているようであり、大いなる充実は空虚であるかのようだが、その働きは盛んで、尽きない。大いなるものは拙いように見えるものである。激しく動けば寒さには勝てるが、平静でおれば暑さに勝てる。さっぱりと静かであれば世の規範となる。
大成若缺,其用不弊。大盈若沖,其用不窮。大直若屈,大巧若拙,大辯若訥。躁勝寒靜勝熱。清靜為天下正。
46章
道の精神が世の中に行き届いていれば軍馬は農耕に使われる。行き届いていなければ軍馬はまた軍馬を生むことになる。欲望を抱くこと、これに勝る災いはない。故にそれは咎となる。自分のいまある環境が十分に満足である、と実感する。それこそが「足りている」ことなのだ。
天下有道,卻走馬以糞。天下無道,戎馬生於郊。禍莫大於不知足;咎莫大於欲得。故知足之足,常足矣。
47章
見聞を広める必要はない。広げれば、むしろ道についてはますますわからなくなる。聖人は殊更に出歩かずともすべてを知り、ことさらに動かずともすべてを成し遂げる。
不出戶知天下;不闚牖見天道。其出彌遠,其知彌少。是以聖人不行而知,不見而名,不為而成。
48章
学問を修めれば知恵が増えるが、道を修めると知恵は減る。それでもなお減らし、何事もなさないところにまで行きつく。そうすると、何もしないでも何事をもなすようになる。何もしないことで天下は治まる。何かをすれば、治めるには足りないのだ。
為學日益,為道日損。損之又損,以至於無為。無為而無不為。取天下常以無事,及其有事,不足以取天下。
49章
聖人は民の心を自らの心とし、私心がない。善きものも悪きものも善人とし、誠実なものもそうでないものも信じる。そのようなあり方によって世は徳化される。聖人はその心を天下に溶け込ませる。そうして賢くあろうとする人々を赤子の状態に戻す。
聖人無常心,以百姓心為心。善者,吾善之;不善者,吾亦善之;德善。信者,吾信之;不信者,吾亦信之;德信。聖人在天下,歙歙為天下渾其心,百姓皆注其耳目,聖人皆孩之。
50章
生まれ死ぬもののうち三割は生を全うし、三割は早死し、三割はいたずらに欲をかいて早死する。ではよく生きるものとはどのようなものか。サイやトラに遭っても避けず、戦地でも変に逃げ延びようとしないもののことをいう。死地にないそのものを、サイの角も、トラの爪も、敵の剣も、害することができない。
出生入死。生之徒,十有三;死之徒,十有三;人之生,動之死地,十有三。夫何故?以其生,生之厚。蓋聞善攝生者,陸行不遇兕虎,入軍不被甲兵;兕無所投其角,虎無所措其爪,兵無所容其刃。夫何故?以其無死地。
51章
道は万物を生み、育て、盛んとさせる。しかしだからといってその功績をひけらかし、誇るようなこともない。このような道のあり方こそが、深き徳のすがたである。
道生之,德畜之,物形之,勢成之。是以萬物莫不尊道而貴德。道之尊,德之貴,夫莫之命常自然。故道生之,德畜之;長之育之;亭之毒之;養之覆之。生而不有,為而不恃,長而不宰,是謂玄德。
52章
この世のはじめを母とすれば、世界はその子供である。母を知れば子のことはわかる。そして子を知り、母を守るようにする。そうすればピンチには陥らない。欲望をなくせば生を全うでき、欲望のなすがまま振る舞えばろくでもない目に遭う。ほんのかすかな道の姿を見抜くことが明であり、柔弱であることを貫き続けられるのが強さである。こうして己を明の状態に保ち続けるのが、恒常の道に従うことである。
天下有始,以為天下母。既得其母,以知其子,既知其子,復守其母,沒身不殆。塞其兌,閉其門,終身不勤。開其兌,濟其事,終身不救。見小曰明,守柔曰強。用其光,復歸其明,無遺身殃;是為習常。
53章
もし私に大いなる知恵があれば、大道に則ることを心がけ、そこから逸れることを恐れるだろう。だと言うのに小人は近道をいこうとする。名声を得ることにあくせくとし、田畑が荒れることも顧みず、そのため米倉が殻になったとしても立派な服を着、剣を帯び、飽食に邁進する。泥棒の親玉というべきである。道に沿ったふるまいではない。
使我介然有知,行於大道,唯施是畏。大道甚夷,而民好徑。朝甚除,田甚蕪,倉甚虛;服文綵,帶利劍,厭飲食,財貨有餘;是謂盜夸。非道也哉!
54章
道はしっかりと根付き、しっかりと世界に抱かれている。故に道を収めたものの子孫は代々栄え続ける。個人の立場で道を治める、そのやり方を家に、村に、国に応用すればよい。さらには、天下にまで。そうすれば、徳はあまねく行き渡ろう。私がどうして天下のありようを知ることができるかと言えば、このような観察のしかたを身に着けているからである。
善建不拔,善抱者不脫,子孫以祭祀不輟。修之於身,其德乃真;修之於家,其德乃餘;修之於鄉,其德乃長;修之於國,其德乃豐;修之於天下,其德乃普。故以身觀身,以家觀家,以鄉觀鄉,以國觀國,以天下觀天下。吾何以知天下然哉?以此。
55章
豊かな徳を讃えているありさまは、赤子に例えられる。害虫害獣、猛獣猛禽いずれもが赤子に襲い掛からない。筋骨は柔らかなのに、拳はしっかりと握る。男女の交わりも知らないのに性器は立ち上がる。これらは精気の充実しているゆえである。一日中泣き叫んでも声が嗄れないのは、和気が充実しているためだ。和気に満ちている状態が理想であると知っているのを明知と言うが、逆に生きることに執着することを災いと言い、欲を働かせるのを無理強いと言う。物事は盛んになれば衰えるものである。無理に盛り上げるのは道に沿っていない。沿っていなければ、寿命は縮んでしまうだろう。
含德之厚,比於赤子。蜂蠆虺蛇不螫,猛獸不據,攫鳥不搏。骨弱筋柔而握固。未知牝牡之合而全作,精之至也。終日號而不嗄,和之至也。知和曰常,知常曰明,益生曰祥。心使氣曰強。物壯則老,謂之不道,不道早已。
56章
本当の知者はあたらと喋らない。世に存在感を示さず、溶け込んでいる。だから誰も彼を尊ぶことも、卑しむこともできない。そのような人間こそが、真の知者である。あたらと喋る者は知者ではない。
知者不言,言者不知。塞其兑,閉其門,挫其銳,解其分,和其光,同其塵,是謂玄同。故不可得而親,不可得而踈;不可得而利,不可得而害;不可得而貴,不可得而賤。故為天下貴。
57章
常道である政は堂々と、不祥のことである戦争は奇策をもって行う。天下に対しては、あるがままであるのがよい。いたずらに取り決めごとが多くなれば、それだけ反発するものも多くなる。だから、為政者は無為恬淡であるのが良い。そうすれば、人々も素朴な暮らしを愛するようになる。
以正治國,以奇用兵,以無事取天下。吾何以知其然哉?以此:天下多忌諱,而民彌貧;民多利器,國家滋昏;人多伎巧,奇物滋起;法令滋彰,盜賊多有。故聖人云:我無為,而民自化;我好靜,而民自正;我無事,而民自富;我無欲,而民自樸。
58章
政がぼんやりとしておれば人びとは純朴となり、厳しいとずる賢くなる。禍福は糾える縄の如しと言うが、その極みを誰が知っていることだろう。正常なことは異常なことになるし、良いことが悪いことに取られることもある。誰もが迷妄のただ中にある。そのため聖人はおのが良さ、正しさをひけらかし、人々をあたら刺激することが無い。
其政悶悶,其民淳淳;其政察察,其民缺缺。禍兮福之所倚,福兮禍之所伏。孰知其極?其無正。正復為奇,善復為妖。人之迷,其日固久。是以聖人方而不割,廉而不劌,直而不肆,光而不燿。
59章
人を統べ、天に従うには、もの惜しみをするに越したことはない。もの惜しみをすることで道に従えるようになり、徳を積むことができる。そうすれば克服できないものはなくなり、その力に限りはなくなる。そして国を治めることができ、国は長らくの平和を得る。このような振る舞いが地に足をつけ、長らくを生きる秘訣である。
治人事天莫若嗇。夫唯嗇,是謂早服;早服謂之重積德;重積德則無不克;無不克則莫知其極;莫知其極,可以有國;有國之母,可以長久;是謂深根固柢,長生久視之道。
60章
大国を治めるのは小魚を煮るかのように慎重になすのが良い。そうすれば霊たちは人々を損なわない。同じようにして、聖人もまた人を傷つけない。霊も聖人も人を傷つけず、そうして徳が広く世にあまねくのである。
治大國若烹小鮮。以道蒞天下,其鬼不神;非其鬼不神,其神不傷人;非其神不傷人,聖人亦不傷人。夫兩不相傷,故德交歸焉。
61章
大国は下流に位置する。あらゆるものが帰り着く、牝牛のような存在である。雌牛は静かであることで牡牛に勝つ。大いなるものは小さいものにへりくだることで信用され、小さいものは大いなるものにへりくだって取り入る。大いなるものは人々を養おうとするだけであり、小さなものは大いなるものに支えようとするだけである。いずれにせよ、へりくだることが求められるのだ。
大國者下流,天下之交,天下之牝。牝常以靜勝牡,以靜為下。故大國以下小國,則取小國;小國以下大國,則取大國。故或下以取,或下而取。大國不過欲兼畜人,小國不過欲入事人。夫兩者各得其所欲,大者宜為下。
62章
道はものごとの奥深くにある。良き人は宝とするが、良からぬ人の中にもある。良き言葉は市場に出回り、尊い行いは人を教化する。良からぬ人だからといって、どうして道が見捨てるだろうか。だから皇帝やその宰相を迎えるとき、きらびやかな宝玉や馬車でもって出迎えるより、跪いて譲り渡すほうが優れているのだ。どうしてこのようなふるまいが尊ばれるのだろうか。昔から言われている、道は求めることにより得られ、得られればその罪は許されるのだ、と。故に道は偉大なのだ。
道者萬物之奧。善人之寶,不善人之所保。美言可以市,尊行可以加人。人之不善,何棄之有?故立天子,置三公,雖有拱璧以先駟馬,不如坐進此道。古之所以貴此道者何?不曰:以求得,有罪以免耶?故為天下貴。
63章
聖人は何もしないように見える内になし遂げている。あらゆる物事を大ごとになる前に片付けているからだ。その取り組み方はあらゆる瑣末な物事をも重大な事件であるかのごとく取り扱う、となるだろうか。故に何もしないうちに、大きなことを成し遂げている。凡人は細かな物事に安易に望み、それによって事態を大事にしてしまうものである。
為無為,事無事,味無味。大小多少,報怨以德。圖難於其易,為大於其細;天下難事,必作於易,天下大事,必作於細。是以聖人終不為大,故能成其大。夫輕諾必寡信,多易必多難。是以聖人猶難之,故終無難矣。
64章
物事は、始まったばかりであれば阻止しやすい。千里の道も一歩からというように、あらゆるものの始まりは小さく、脆い。その段階で、聖人は問題を解決する。一方の凡人は、大きくなった状態のものを解決しようとする。そして終わり際に気を抜き、失敗する。仮に事が大きくなったとしたら、常に始まりのときと同じように、気を抜いてはならない。聖人は人々が「すでに通過した」と思いこむようなところに立ち止まり、振り返る。そうして万物のありようを感じ、その上で、無為をなす。
其安易持,其未兆易謀。其脆易泮,其微易散。為之於未有,治之於未亂。合抱之木,生於毫末;九層之臺,起於累土;千里之行,始於足下。為者敗之,執者失之。是以聖人無為故無敗;無執故無失。民之從事,常於幾成而敗之。慎終如始,則無敗事,是以聖人欲不欲,不貴難得之貨;學不學,復衆人之所過,以輔萬物之自然,而不敢為。
65章
民に不必要な知恵を持たせず、素朴な状態でいさせる。これが国をよく治める秘訣である。それだけを聞くと道理に則っていないように思えるであろうが、その姿勢を貫き通すことで、その国は真の豊穣を得る。
古之善為道者,非以明民,將以愚之。民之難治,以其智多。故以智治國,國之賊;不以智治國,國之福。知此兩者亦𥡴式。常知𥡴式,是謂玄德。玄德深矣,遠矣,與物反矣,然後乃至大順。
66章
大河や大海が大いなるものであるのは、それが十分に低いところにあるためである。聖人はそれを知るから謙るし、我が身のことを後にする。故に民は指導者たる聖人を煩わしく感じない。喜んで彼を推挙する。聖人は誰とも争わないので、世の中は彼と争うことができない。
江海所以能為百谷王者,以其善下之,故能為百谷王。是以聖人欲上民,必以言下之;欲先民,必以身後之。是以聖人處上而民不重,處前而民不害。是以天下樂推而不厭。以其不爭,故天下莫能與之爭。
67章
私を偉大であるが愚か者に見えると語る者がいる。もとより偉大なものはそのように見えるものである。賢そうに見えるのであれば、それは真に偉大と言うわけではない。偉大な人間には三つの優れた資質がある。慈悲深さ、倹約に務めること、そして人の前に立とうとしないこと。この三つの資質がなければ、すぐにでも殺されてしまうであろう。慈悲によって戦えば勝ち、慈悲によって守れば堅固となるだろう。天が救おうとするのは、慈悲ぶかき人である。
天下皆謂我道大,似不肖。夫唯大,故似不肖。若肖久矣。其細也夫!我有三寶,持而保之。一曰慈,二曰儉,三曰不敢為天下先。慈故能勇;儉故能廣;不敢為天下先,故能成器長。今舍慈且勇;舍儉且廣;舍後且先;死矣!夫慈以戰則勝,以守則固。天將救之,以慈衛之。
68章
優れた戦士は猛々しくない。優れた将は怒りに任せない。上手く敵に勝つ者は敵とまともにぶつからない。上手く人を使う者は、ひとにへりくだる。これらが争わない徳、ひとを用いる力であり、天に匹敵するという。古よりの道理である。
善為士者,不武;善戰者,不怒;善勝敵者,不與;善用人者,為之下。是謂不爭之德,是謂用人之力,是謂配天古之極。
69章
戦いは攻めず守るのがいい。進むより、大きく退くのが良い。これを陣なき陣を敷き、腕なき腕を振り、武器なき武器を振るという。そうすれば敵も戦う相手を見失うだろう。敵を軽んじれば、こちらが大きな被害を受ける。だから、実力が同程度の相手であれば、悲しんだものが勝つのである。
用兵有言:吾不敢為主,而為客;不敢進寸,而退尺。是謂行無行;攘無臂;扔無敵;執無兵。禍莫大於輕敵,輕敵幾喪吾寶。故抗兵相加,哀者勝矣。
70章
私の言葉はわかりやすく、行いやすいのだが、誰もその要点を理解できず、ゆえに実現できない。だから誰も私のことを理解できない。私のことを理解するものがまれであり、故に私は貴い。聖人は粗末な着物を羽織りながら、懐には宝玉を抱いているものである。
吾言甚易知,甚易行。天下莫能知,莫能行。言有宗,事有君。夫唯無知,是以不我知。知我者希,則我者貴。是以聖人被褐懷玉。
71章
知っていても知らないと思うのが最上であり、知らないのに知っていると思うのは欠点である。聖人は欠点を欠点と見なす。故に欠点がない。
知不知上;不知知病。夫唯病病,是以不病。聖人不病,以其病病,是以不病。
72章
民が統治者を恐れなくなると、恐るべき事態が起きる。人の住まいを、生きるべき場を狭めてはならない。圧迫さえせねば、民は統治を嫌がらない。このため聖人は自らの知見をひけらかさず、自らを愛しはすれ、自慢はしない。そのため外向きには素朴でおり、内で自らを尊しとする。
民不畏威,則大威至。無狎其所居,無厭其所生。夫唯不厭,是以不厭。是以聖人自知不自見;自愛不自貴。故去彼取此。
73章
果断なものは死に、躊躇するものは生きる。この両者のどちらが良いのかは一概には言えない。天が何を嫌うかなど、聖人ですらわかりはしない。天は争わないものが勝ったり、何も言わないのに物事が叶ったり、呼んでもいないのにやってきたり、果てしなく大きいのにうまく設計されている。天に広がる網は広々とし、目は粗いが、何事を見逃すこともない。
勇於敢則殺,勇於不敢則活。此兩者,或利或害。天之所惡,孰知其故?是以聖人猶難之。天之道,不爭而善勝,不言而善應,不召而自來,繟然而善謀。天網恢恢,踈而不失。
74章
民が死を恐れないのであれば、どうして処刑が脅しとなるだろう。人々が死を恐れるのであれば、私が捕えて殺すことができるのだ。誰が敢えて無法を犯そうとするだろう。天の執行人に代わってが罪人を殺すこと、これを木こりに代わって木を切る、と言う。そのようなことをして、どうして手を傷めずにおれようか。
民不畏死,奈何以死懼之?若使民常畏死,而為奇者,吾得執而殺之,孰敢?常有司殺者殺。夫司殺者,是大匠斲;夫代大匠斲者,希有不傷其手矣。
75章
人民が飢えるのは統治者が多く税を取るからである。人民が治まらないのは統治者が余計な手出しをするからである。人民が四を軽んじるのは、統治者が己の生活ばかりを気にするからである。生きることに執着しないものこそが、尊き生を送ることができる。
民之飢,以其上食稅之多,是以飢。民之難治,以其上之有為,是以難治。民之輕死,以其求生之厚,是以輕死。夫唯無以生為者,是賢於貴生。
76章
人は生きている時は柔らかだが、死ねばこわばる。草木も生きている時はみずみずしいが、死ぬと枯れ果てる。そのため固くてこわばっているものは死の仲間、柔らかでしなやかなものは生の仲間である。以上より、強い兵はいつかは敗れるし、立派な木はいつか伐採される、と語った。強大であるのはグレードが低く、柔弱であるのはグレードが低いのである。
人之生也柔弱,其死也堅強。萬物草木之生也柔脆,其死也枯槁。故堅強者死之徒,柔弱者生之徒。是以兵強則不勝,木強則共。強大處下,柔弱處上。
77章
天の活動は弓に弦を張るようなものだ。高いところは抑え、低いところは持ち上げる。余れば減らし、足りなければ補う。民の振る舞いは、大体この逆である。足りないところから減らし、余っているところに持って行く。誰が有り余らせたものを再分配するだろうか。それができるのは、道を身に着けたものだけ。そこで聖人は恩沢に見返りを求めず、功績には安住せず、そもそも自らの賢さを示そうとはしない。
天之道,其猶張弓與?高者抑之,下者舉之;有餘者損之,不足者補之。天之道,損有餘而補不足。人之道,則不然,損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下,唯有道者。是以聖人為而不恃,功成而不處,其不欲見賢。
78章
この世に水以上に柔らかいものはない。しかし頑強なものを責めるのに水以上のものはない。水そのものは誰も変えられないからである。弱いものが強いものに勝ち、柔らかいものが固いものに勝つ。誰もが知ることだが、実行できている者はいない。そこで聖人は国の汚濁を引き受けるもの、国の災厄を引き受けるものこそが支配者である、と言う。正しい言葉は、往々にして事実に即していないように見えるものだ。
天下莫柔弱於水,而攻堅強者莫之能勝,其無以易之。弱之勝強,柔之勝剛,天下莫不知,莫能行。是以聖人云:受國之垢,是謂社稷主;受國不祥,是謂天下王。正言若反。
79章
天下の人びとの恨みを解いてみたところで、恨みがついえ切ることはない。恨みに対して徳でもって接するのが、必ずしも最適だと言い切れるだろうか。なので聖人は人々と借金の契約をしても、それで苛烈に取り立てたりはしない。あくまで契約を重視する。天の道にえこひいきはなく、ただ善きひとにのみ味方する。
和大怨,必有餘怨;安可以為善?是以聖人執左契,而不責於人。有德司契,無德司徹。天道無親,常與善人。
80章
国は小さくし、人は少なくする。便利な道具は用いず、人びとに命を重んじさせ、移住もないようにする。船も武具も、あっても使われることはない。縄の結び目でやり取りをし、今ある環境に満足する。隣国はすぐ近くにあっても、民は生涯、よその国に移らない。
小國寡民。使有什伯之器而不用;使民重死而不遠徙。雖有舟輿,無所乘之,雖有甲兵,無所陳之。使民復結繩而用之,甘其食,美其服,安其居,樂其俗。鄰國相望,雞犬之聲相聞,民至老死,不相往來。
81章
本当の言葉は華美ではなく、華美な言葉は本当ではない。本当の弁論家は弁舌が巧みではなく、弁舌が巧みなものは弁舌家ではない。本当の知者は博識ではなく、博識なものは知者ではない。聖人は何もため込まない。何もかもをひとに施し尽しながら、自分はますます充実する。何もかも人に与えつくしながら、自分はますます豊かになる。天の道は恵みを与えることで損なうことはなく、聖人の道は何かをなしても争うことはない。
信言不美,美言不信。善者不辯,辯者不善。知者不博,博者不知。聖人不積,既以為人己愈有,既以與人己愈多。天之道,利而不害;聖人之道,為而不爭。
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