内通者

待ち人が来るから大人しくしていろ。


その事は尖塔に隠れ潜んでいた政子から聞いた。


俺がここまで担ぎ込まれるまでの時間で政子と尾花はそれぞれ別行動を取り、俺をここから脱出する手筈を整えていたそうである。


政子は先回りして尖塔の中に隠れ俺に事の経緯の説明をし,場合によってはここから脱出する手伝いをする。


そして尾花は別室で俺に宛てる手紙を書く。

政子の話では,そこに脱出方法とその後の行動についての記載があるはずだからそれに従えとの事であった。


「マスターが"この街では読み書きの出来ぬ小僧"ってお兄の事を言ってたから、バート様も察したんでしょうね。この街で使用されている文字以外なら読み書きできるって。」


尾花は「頼まれていた遠く果ての島国へと送る手紙」と称して俺への手紙を書き、それをバートへと託けた。

手紙の中身を改めたところで他国・異文化のさらに先、異世界の日本語で書かれた手紙である。

教会関係者には書いてある内容が分かるはずも無く、そして俺は先の尾花の言葉によって読み書きの出来ない学の無い小僧だと思われている。


手紙は特に内容を精査されることも無くバートへと渡され、後は俺も知っての通りエルマよってこちらへと運ばれてきた。


教会関係者諸賢に於かれては至極残念な話になるが、遠く離れた異世界には読み書き出来て褒められるのは未就学児までなんて恐ろしい国があったりする。

その国の若者は二十四時間戦える戦士になる為の修練を国から最低9年間は強要されている。

おかげで一見して学の無さそうな小僧一人でも、手紙を読んで返事を書くくらいはできるのだ。


しかし尾花から届いた手紙には、脱出した後の事は記載があったが肝心の脱出する方法についての記載が無かったのである。

これでは、いくら読んで書けてついでに算盤を弾くことが出来ても身動きが取れない。


「つまり、俺とお前でここから脱出する方法を考えないといけないわけだが……。」


その時急に部屋の扉が開いた。


一瞬状況が理解出来ず、永久凍土に氷漬けされたように俺の中の時間が止まる。

永遠とも思われた時間の凍結は、しかし政子の焦りの無いとぼけた顔を見たことにより一気に融けて動き出した。


本来ここにいてはいけないお前が何でそこまで悠長なんだよ!?


俺が、政子を押し倒し四つ折りにしてでもどこかへ隠そうとした時だった。


「その事なら問題ないぞ」


部屋に入ってきた見張りが唐突に上げた予想外の言葉に、再び俺の時間は停止した。


「それじゃあ、バート様が……?」


政子はどうやら事情を察しているようで特に驚いた様子は無い。

見張りはローブのフードを取ると、にやりと笑った。


短く刈ったブロンド髪に鼻筋のはっきりした細身の顔。

見た感じ中々の男前だが、その皮肉の混じった笑い方が鼻につく。


「これはあくまで独り言として聞いてくれ」


見張りは、その皮肉の混じった笑みを称えながら芝居じみた様子で話を始めた。


「先程、お前宛てと思しき手紙がヘリー様の身体を改めた際に出てきたのだが、なんとそれはお前とその協力者を逃がすように記された私宛てへの手紙だったのだ。」


そこで先ず俺は耳を疑った。

恐らくその手紙とは、ヘリーが入室してくる時に取り上げられたあの偽書の事だろう。

しかし、例え偽書だろうと教会関係者に見られたりすれば非常に拙い内容である。


「無論、御身の信徒たる私はそのような手紙の存在を断じて許すことなど出来ない。義憤に駆られた私が、さらにヘリー様の身体を改めると、そこからお前の為に用意した逃走資金と思しき硬貨を見つけてしまってな。そちらに意識が行ってしまい、手紙の事など忘れてしまった。」


そして見張り番は右手に握った硬貨を揉み洗うように弄ぶ。


つまり、懐柔は成功し晴れて俺はここから脱走できることになったらしい。

尾花が手紙に脱出方法を記載しなかったのも、バートが動いている為だったのだろう。



だがしかし、この見張り賄賂を受け取らず誰かにそのことを報告しないとも限らない。


そのような危険な役割をこの街の最高権力者の子息に行わせることが出来る人間。

そんな人間、その最高権力者以外に有り得ないだろう。


しかし、何故自分の息子にそのような事をさせたのか?

エルマと呼ばれていたあの男装の麗人に全てを任せれば良かったのではないだろうか?


ヘリーは、エルマが魔術を使いこの部屋の中に入るには、自分も部屋に入る必要があったといっていた。

しかし、魔術などを使わなくてもエルマがこの見張りを懐柔すればいいだけの話である。


それにヘリーは、自身が渡された偽書の内容について知っている様子は無かった。


ここに来てバート対する不信感と違和感が胸中で蜷局を巻く。


「脱走用の資金が幾ら有り、どこまで逃げ延びる事が出来るのか算出する事に時間を割いていた私は、後ろに迫りよる逃亡者とその協力者に気が付かず、次に目を覚ましたのはお前たちが逃げ延びた後……とまぁ、そういう事だ」


バートの考えていることも目的も分からない。


だが、この脱出劇は演出・脚本が全てバートによるものでは無いか?そんな予感がするのだ。

バートは、目の前の悪徳な人物が見張りに付くことを知っていた、もしくはこの人物が見張りに付くよう仕向けたのかもしれない。

だから自分の息子をここまで寄越すことが出来た。


「一つ聞きたいんだけどさ。俺のいた国では談合に贈賄は金持ちと政治家の嗜みだったんだけどここではどうなの?その"ナンタラ・ザ・トゥ・ドゥ"だか"グレイトヒット・オブ・ナントカ"だかに聞きいてみちゃ貰えないかい?」


見張りの口元は未だににやついていた。

しかし、俺を見据える目は細く値踏みをする商人のように鋭い。


「……元より私は修道院の修道士だ、教会とは同じ神の信徒と言えど管轄違いの立場なのだ。人員要請で嫌々ながら使い走りを引き受けている身で、お前達の脱走を命を投げ打ってまで食い止めるほどの責任は持てん。」


「ましてや、突然振るわれた暴力に対して無理に抵抗する義理も無い。」と見張りはおどけて両手の平を天上へと見せる。


「……どう?これまでの話を聞いて。」


俺は政子へ話を投げた。


「え、どうって……。」


「お前、バートさんのこと何だかんだ言ってたろ?今はどうなの?」



質問の意図が理解出来ないのか、それとも理解していてなお言葉に出来ないのか。


だが、刻舟求剣の如きオセルのタリスマンは既に無いのだ。


「俺はものすっごい胡散臭いと思ってる、で、お前は?」


政子は静かに、しかしはっきりと頷いた。


決まりだ。


このまま乗り掛かった船とばかりにあの人の助け舟で脱出したとして、それが泥舟である不信感がどうしても拭えないのであれば大船に乗った気にはなれない。


「って事で、悪いけどこのまま嵐の中に船を出すって理由にもいかないみたいだからさ、ちょっとアンタも協力してくれよ。」

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