機密文書2

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この街の立地、それも中央広場という街の中心地で魔術を行使した事が、今回の騒動のが大きな原因である。

さらに、政子が持っていたオセルのタリスマンが絡んだ事により想定外の事態が引き起こった。


先ずはこの街の立地は北に山脈、東西を丘に囲まれ、南では両翼の河川の合流している。


これは道教風水的に見ると東西の丘をそれぞれ青龍と白虎、南に朱雀、そして北に玄武の四神相応の形を取っており、これは"負陰抱陽"という王都建設の理想図となっている。

君にも分かりやすく言えば、目に見えぬ魔術の源たる”エーテル”が存分に流れ込んでくる場所、と言う認識で良いと思う。


そして、本来北の山から流れ込んできたエーテルの多くは街の中央広場へと向かい、ここギルド商館を通って南の方角へ流れる様になっている。

そうしなければエーテルは、水や空気の様に一定にとどまるといずれ淀み腐るからだ。


しかし、今回は政子がオセルのタリスマンを持って南にあるギルド商館に来ていた為、事情が変わった。


先に説明したようにオセルのタリスマンの効力は主に束縛である。

そして、オセルの文字を刻んだ紅縞瑪瑙サードオニキスがもっとも効力を発揮する時間帯は主に天気の良い日の午前中と言われている。


このオセルのタリスマンが中央広場の南側を占めるギルド商館にあったため、タリスマンの効力によって本来流れるべきはずのエーテルが南へ流れ出ることが出来ずに飽和状態となったのが、今朝の中央広場だ。


エーテルが大気中に過剰に溜まると、魔術師や魔術の潜在能力を底上げさせる他、万能感や宗教的多幸感を与える。

後者については、魔術師では無い者達にも作用する点も重要である。


今朝、街の住人達が”偉大なる御身グレイト・オブ・ドゥ”という言葉をしきりに口にしていたのを覚えているだろうか。


”偉大なる御身グレイト・オブ・ドゥ”というのは、レムリア大陸一帯における宗教、その主神だと思えば良い。

今朝あれだけ”偉大なる御身グレイト・オブ・ドゥ”という言葉を聞いたのも、過剰飽和したエーテルが原因だと思われる。



そしてそのような状況下で我々と司祭殿は魔術を行使した。

飽和したエーテルは二つの魔術を閉ざされた南の出口に代わる非常口にしたのだ。

結果、”エアリアル”の威力は底上げされ続け、司祭殿には際限なくエーテルが供給され続ける。


これがすなわち、”エアリアル”の想定外の威力、そして今なお展開される司祭殿の防御魔術、そして今回の大嵐を引き起こしたのだ。



司祭殿の狂犬の如き振舞いも、エーテルによる宗教的多幸感と万能感が原因だと思われる。


司祭殿は普段からあのような感じだと政子は言っていたが、私の少ない記憶の限りでは人に慣れた野良犬程度にはもう少し話が通じたはずだ。


あれでは”ソーマ”を過剰摂取したと疑われても致し方ない。



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「……ソーマってなんだ?」


尾花の手紙を目で流しながら、俺は思わず一人ごちてしまった。


「ソーマ!?」


それに過剰に反応したのがヘリーである。

驚愕と焦燥の入り混じったような目で俺を見てくる。


「ソーマっていったいどういう事ですか!?」


ヘリーは突っかかるように俺に顔を近づけると俺の肩を掴んで説明を求めてきた。


先ほどの何処か頼りなさげでしおらしい様子から見れば随分と興奮している様子である。

その様子に俺はかなり動揺した。


「あのねーちゃ、じゃない、あの司祭殿って人がソーマを使っていると疑われても仕方ないとかなんとか……」


「彼女に限ってそれはありえません!ソーマを使用しているなんてそんな……」


ヘリーは高揚させた顔を伏せ、それきり俺の肩を掴んだまま押し黙ってしまった。


俺は何か拙いことでも言ってしまったのだろうか?

いや、俺は尾花の手紙を読んだだけである。


「随分と騒がしいが何をしてる?」


部屋の扉が開いた気配を察して俺は咄嗟に手紙を隠した。


部屋の声が外まで聞こえてしまったのだろう。

外にいた見張りが扉を開け中の様子を伺ってきたのだ。

その煤けた薄いカーキ色のローブは、尾花の羽織っているそれと比べればマシという程度の物であり、サスキアや司教の着ているそれとは形も違う。

多分、こんなところで見張りをさせられている辺り下っ端なんだろう。


「いやいや、なんでもありませんって!この娘を食事に誘おうとして全力で嫌がられただけですから、生きてりゃよくある事でしょ?」


そんな下っ端に対して、俺は引き攣る笑顔向けた。


しかし、なお不審がる見張りに状況を悟られまいと今度は俺はヘリーへ顔を向ける。

ヘリーの2重に驚いた眼差しを見ながら、俺はその肩を掴み揺さぶる。


「そうですよね、ね!?」


「あ、はい、良くあります」


そこに同意してほしいわけじゃなかったんだが……。

まぁ、突然同意を求められたのだから仕方ないか。


「ね?彼女もそう言ってんだから……。」


納得のいかない様子で不審の眼差しを向けていた見張りだったが、一応屋内に異常が無いことを確認すると扉を閉めた。


「……動揺して大きな声を出してしまいました。」


「心臓止まるかと思いましたが、今は不必要なくらいドキドキしてますから大丈夫ですよ、多分。ただ、お互い少し落ち着きましょう、ね?」


生き急ぐように脈打つ心臓を何とか落ち着かせる。

ある程度会話できるほどに気持ちも落ち着いてから俺はヘリーと言葉を投げた。


「そもそも”ソーマ”ってなんですか?」


俺の問いかけに少し言葉を言い淀ませるヘリー。

しかし、細々と小さくではあるが徐々にソーマの説明をし始めた。


「使用すると多幸感と万能感が沸き起こり、使用者が魔術師であればその能力を底上げすることも出来る代物ですが、この街では禁止薬物の指定を受けています。もっとも他所では教会が積極的に使用を勧めている場合もありますが……よりにもよってサスキアが、そんな……。」


話しながら再び悲嘆の顔を伏せるヘリーを俺は慌てて宥める。


「あぁ、いや、尾花が言っているのはあくまで酷似しているというだけで、実際に彼女が利用しているわけではなくてですね……。」


そこで俺は尾花の手紙に記載されていたことをヘリーへ端的に説明した。


つまり、この街はそのエーテルとか言うマジックポイント的な物が溢れた場所で、特に中央広場はそれが顕著である。

本来は北から流れてきたエーテルは南へ川のように流れて留まることが無いが、政子がオセルのタリスマンを持って南にあるギルド商館に訪れた為、それがダムの様にエーテルの流れを堰き止めてしまったのである。

すると行き場を無くしたエーテルは中央広場内に留まりやがて飽和していく。


そのような状態のときに俺たちが魔術を使用した為、広場に溜まったエーテルはそれら魔術を入り口に一気に流れ出ようとしたわけだ。

蛇口を捻った水道の下で常に水の給っている状態の容器に小さく穴を開けるようなイメージだろうか。


後は尾花の説明通り、全ての魔術的事象が異常な威力を発揮するようになり、サスキアは未だに元気なわけである。


この元気な状態のサスキアがまるでソーマを使用した際と同じようだ、と尾花は言いたかったのだろう。


「良かった……すいません、早とちりでお騒がせして」


「いやいや、俺の説明不足、いや、尾花が要らないことを書いたのがそもそも発端ですから。」


余計なことを口走った俺については敢えて何も言わないでおこう。

ヘリーの俺に対する心象を自ら下げることもあるまいて。


「じゃあ続き読みますんで、尾花が要らないこと書いてないかよくよく見とかないと……。」


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中央広場より遠く離れれば全ての魔術的事象はその威力を落としていくはずである。

つまり先に説明したとおり、君はなるべく遠くへと走れ。

西の方角へと走ることを推奨するぞ。


街を出てなるべく柔らかい物の近くにでもいれば、再び会うことが出来るかもしれない。


そのためにも、その尖塔から無事脱出できることを願う。


親愛なる君の友人 久住尾花より


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「……終わっちまったよ。」


読み終わった俺は思わず顔を上げてしまった。

つまり、この部屋から出た後に俺はわき目も振らず西の方角を目指し走って街の外に出ろと。

それは分かった。


「……先ずはこの部屋からの脱出方法を教えてくれよ。」


要ること書いてないじゃないか、あの人。


「え!?書いてないんですか!?」


ヘリーが再び俺に突っかかるように顔を近づける。

顔を近づけられると、色々な意味でドキドキするから正直もっとやってもらいたい。


などとは口が裂けても言えない。

ヘリーも先ほどから驚いたり落ち込んだりと忙しそうである。

俺の命の安全を心配する前に、自分の精神の安定を心配したほうが良いだろう。


「まぁ、それはこっちでなんとかしますよ……。それよりヘリーさんもそろそろ戻らないと怪しまれませんか?」


「いや、でも、それじゃ国衛さんが……。」


扉と俺を交互に見渡し困惑しながら思巡するヘリー。

そんな泣きそうな瞳でこちらを見られると、要らぬ罪悪感でこちらも困ってしまう。


「大丈夫ですよ、いざとなれば外にいた見張りと喧嘩してでも出ますから。」


苦笑する俺に憂虞の表情と瞳を俺に向けたが、やがて意を決したように強い目で俺を見た。


「最後に一つだけ、良いでしょうか?」


「どうぞ。」


なんだろう、何か期待していいのだろうか。


「恐くは……ないんですか?」


予想外の言葉に俺は返答に窮し少し思巡した。

今更そんな事を聞いてどうするのだろう。

しかし、エリーの視線は真剣な物だった。


「恐いって、俺を取り巻くこの状況ということですか?」


エリーは黙って頷いた。


「このくらいでビビッてちゃ何のために男に生まれたのか分からない!って……。」


エリーの視線が痛いほどに切実に刺さる。


……格好つけるにももっと言葉も状況も選ぶべきか。

強がってても仕方ない。


「……言いたいけどホントは死ぬほど恐いです、けどホントに死ぬ事に比べればまだマシですよ。」


それが嘘偽り無い俺の答え……であってほしい。

ホントに死ぬかもしれないから、結局は死ぬほど恐い以上に恐いのかも知れないし……分けわかんなくなってきた。


「あの!無責任な事しか言えないんですが……必ず生きてまた僕と会って貰えますか?」


そしておずおずと手を差し出してきた。


「そりゃ願っても無い、喜んで!」


俺は差し出された手を握る。

また会ってくれだって?頼まれなくたって、俺はそのつもりだったさ。


エリーの手を放すのが名残惜しかったが、これ以上この場に引き止めるわけにも行かなかった。

また再び見張りがこちらの様子を伺いに来るかも知れない。


エリーは部屋の扉の前まで行くと、一度こちらを振り向き頭を下げる。

俺は、その姿に手を振り見送った。


「こりゃ、例え死んでも死ぬわけにはいかないな」


俺はヘリーと握手を交わしたほうの手をじっと眺めてにやけた。


死なないためにも先ずはここから出なくてはならない。

そのためには……


「おい、もう出てきて良いぞ。」


俺は先ほど雨風を避けていた木箱の一つに話しかけた。

すると木箱の上蓋が徐々にずれ、面積の半分以上が宙に浮いた上体になった時に一気にずれ落ちた。


木箱の中から現れた政子は衣類の埃を何度か払う動作をした後、ジトッと舐るような視線を俺に向ける。


「あのさ。」


「うん。」


「先に言っといてあげるけど、ヘリーって男の子だからね?」


「……そんな事知ってたよ、お前なにいってんの。」


なんてこった。


だから、あの格好……いやでも、あのエルマって人も似た様な格好だからてっきり……あぁ!!


政子の一言によって、ヘリ―の放っていた重力がそのまま俺の気持ちを真っ直ぐ地面へと叩きつける位置エネルギーへと変換される。

どうやら神様からの最後の御情けでは無かったらしい、やったねコレでまだまだ生きる希望が湧いてきやがるぜ、クソッタレめ。

夢なら今すぐ覚めてくれ!今なら助走無しで飛び起きてやる。


「ほら!グズグズしないでここから抜け出す方法考えないと、またヘリーに会うんでしょ?」


「それ、どんな顔して会えばいいか考え終わってからで良い?」

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