打開策
「冗談にしては性質が悪いな、この状況では笑うに笑えん。」
「アンタもそう思うかい?それが生憎困ったことに、これは冗談じゃなくて真実だって聞いたらどうだい?」
「最早、笑うしかない。」
「マスターもお兄も呑気なこと言ってるけど、ホントどうすんの……?」
「どうするかと聞かれているぞ、国衛?」
「俺じゃなくて、アンタに聞いてんじゃないのかよ?」
「だめだ、やっぱ私がもう一回サスキアを説得しに。」
「行くなら髪の毛一本でも残しておけよ、墓にはそれ入れといてやるから。」
「ちょっと!その言い方は酷くない!?元はお兄の命に関わることなんだけど!」
そこまで言って政子は慌てて口を噤んだ。
「ごめん、ちょっと熱くなりすぎた。」
「俺も言いすぎたよ、だからもう喧嘩は無しにしよう。」
最早、誰が悪いなどと言う話ではない。
ここにいる三人が三人とも出目の悪いサイコロを振らされた結果なのだ。
俺と政子は尾花にTHソーンのタリスマンを紛失した事を説明した。
すると尾花は眉間を押さえ深くため息を吐くとその場にへたりこんだ。
そして、俺と政子そして尾花は広間の隅で三人座り込んで輪を作り今後のことについて話込んでいたのである。
議論されるべき問題は2つ。
まず、今の今も着々と準備が進んでいる解呪の儀式についてバートを始め準備に携わる人間にどう説明をするべきか。
そして、振り出しに戻った人間台風問題の着地点を何処にするか。
後者の問題が片付けば前者も自然に解決しそうな物と思うだろうが、例えば上手い着地点が見つかったとしてその着地点によっては前者の苦労が水泡に帰す場合もある。
そうなると今の今まで準備に汗を流していたバートを始めとする皆々様の心象は、如何なるものになるだろうか。
考えるだけでこちらは冷や汗が出る。
「もうこうなったらいっそ全部白状して、この街から逃げ出したい気分。ていうか既にその方向に気持ちが傾いてる自分がいて嫌なんだけど。」
どうやら政子は先ほどの鬱々真っ盛り状態から気分を脱することが出来たらしい。
それもどうやら政子のポケットから出てきたオセルのタリスマンが原因のようである。
尾花いわくOオセルのルーン文字が意味するところは土地、故郷、家族、祖先など自身のルーツや不動の存在を表す。
しかし転じて、それらは自分を束縛する枷にもなるとの事だ。
夏の盆を思い出してみると分かりやすい、昼間からビールを空けた良い大人達が何やら言い争いをしている光景を見たとこがないだろうか。
墓の面倒は誰が見て、遺産は誰がどれだけ受け取る、この家は誰が管理するなどと言う話はまさに子々孫々という柵に囚われている典型である。
そして"Oオセル"のルーン文字を刻んでいた鉱石、紅縞瑪瑙サードオニキス。
これは例えば女性が持つとふしだらな思いを持った男を遠ざけ、運命の相手を呼び寄せる効果があるらしい。
が、つまりそれは予め決められた相手という捉え方も出来るため"Oオセル"のルーン文字と相乗効果を生む。
"Oオセル"のタリスマンは身に付けた相手を色々な束縛で雁字搦めにしてしまうはた迷惑なアイテムなのだ。
つまり、政子は潜在的に感じていたバートへの恐怖心やこの街への依存その他の焦燥感を、タリスマンによって肥大化させていたという事である
なぜこの様な何の為にもならない災いの種を拵えたのか尾花に問い詰めると、
「好奇心と浪漫だ。」
の一言述べて、満足げにタリスマンを指で回していた。
尾花としては満足のいく結果だったのだろう、おかげ俺は天国に行くところだった。
俺は尾花が陽気に回しているタリスマンを掴むと、自分の眼の高さでぶら下げた。
「これみたいなお守りでさ、誰かを正気に戻すとかそんなん無いの?」
政子の様に無茶したいわけではないが、ハイな状態のサスキアを正気に戻した方が諸々手っ取り早い気がしてきた。
それならまだ話を聞いてくれる可能性だってある。
「有るには有るが……正気に戻す本人に付与させねば意味が無いぞ?またあの大嵐に近づく気か?」
「そんな気のヤツがいたら、まずはソイツを正気に戻した方が良いな。」
俺が政子の方を見ると、政子が呻くような声を上げ顰め面で睨み返してきた。
「私は行かないって、それにサスキアっていつもあんなだから別に。」
「あぁそう、そりゃ凄い。」
それが負け惜しみで言うセリフにしては随分とパンチが効いている。
聞いたこちらがお釣りを支払わなければならない内容だ。
いつもあんな調子なら、元いた世界だと三歩も歩けばSNSのトレンドに入りそうだ。
「正気を保ってあの調子なら、あのねーちゃんの体力が尽きるまでほっとくしか俺の助かる道は無いって事かい。」
サスキアがまともに話を聞いてくれることが無いのであれば、俺とサスキア両方の命を救う万策は尽きた。
あとは解呪を行い俺が呪詛返しを食らうか、サスキアの体力が尽きて呪術を食らうかどちらかである。
形成は……そこで俺は着々と準備が進んでいる広間を見渡した。
当初大慌てで広間を走り回っていた人々はその数を減らしており、皆一様に大方の準備が終わった事に安堵している様子だった。
どうやら形成は俺に対して不利に働いているらしい。
皆が突如起こった災害を乗り切ることが出来ると安堵しているところに、どうやって水を差すことが出来るだろうか。
「尾花、もう解呪の準備もほぼ終わってんだろ?アンタも早いとこ準備しなよ。」
尾花が鋭い視線を俺に向けた。
「国衛……。」
「これ以上あのねーちゃんがバテるの待ってたら、広場がただの野原になっちまうからさ。」
俺は努めて陽気に言葉を発したつもりだったが、頭で思っているほど自分の体は従順ではないらしい。
思わず声が上ずった。
その様子を察した政子が俺の肩に手を伸ばして、無言で俺の瞳を覗いてくる。
政子の表情が切れかけた蛍光灯の様に暗く怯えて震える。
「いや、俺も何もしないで死ぬつもりはないよ?どうだろ、布団とか藁とかでを俺の体を簀巻きにしてさそうすりゃ多少ふっ飛ばされてもって……。」
尾花は黙って俺に視線を投げ続けており、政子は顔を伏せて肩を震わせている。
「……二人ともなんか反応しろよ。」
「……馬鹿じゃないの。」
「もしかすると、その馬鹿が治せるかも知れないから辛いとこだよ。」
未だ俺の肩に置かれている政子の手が強く握られる。
正直な話、その震える手を今すぐ離して貰いたかった。
と言うのも俺も体が震えているのだ、それを悟られるのが大変気恥ずかしい。
それに今でも発言を撤回したい衝動に駆られている。
しかし、一度吐いた唾を飲みこむのも格好が悪いなどと、生きる死ぬの瀬戸際においてなお有るか無いかも分からないプライドを気にしている。
屋外の気象の様に分かりやすい悪天候でも無く、今朝の眩しい晴天でも無い。
気持ちは未だ曇り時々雨の様などっちつかずの状況なのだ。
政子はそれに勘付いているのだろうか?
あの「馬鹿」がそこまで汲んでの発言だとすると、なんだかとてもが格好が悪い。
尾花はどうだ?
俺が尾花と視線を合わせた時だった。
俺の耳に、人間が現在思っている事を端的に告げる何よりの生理的合図が聞こえた。
尾花から空腹を知らせる間抜けな合図が鳴り響いたのである。
「アンタ、腹減ってたからずっと黙ってたの?」
「そんなわけがあるか、馬鹿。」
この期に及んで随分馬鹿と言われる。
二人とも、そんなに俺の馬鹿を完治させたいのだろうか?
「私の頭はちゃんと君の身を案じて押し黙る程度には空気が読める。しかしいくら頭が気を付けていようとも腹の虫は私の意思とは関係なく規則正しく活動しているのだ。クライフの爺に昼食を勧められたのだって随分と前の話では、ない、か……?」
尾花は歯切れ悪く言葉を切ると、そのまま口元に手をやって黙ってしまった。
「車じゃないんだからさ、腹減ったからってガス欠なんか起こさないでくれよ。」
「……時間が経ちすぎている。」
「昼食の時間の事か?」
「君こそいい加減飯の話題から離れるべきだ。私が言いたいのは司祭殿があの状態になってからいくらなんでも時間が経ちすぎているという事だ。」
「ハイブリットカーじゃあるまいし燃費が良すぎる。」と言ったきり尾花は出会った当初の様に自分の世界に入り込んでしまった。
「何故だ?あの高慢ちきがいくら優秀な魔術師だからといって防御魔術の展開限界は当に越している……。私の認識以上の魔術師である可能性……いや、仮に奴が”ワールド級”の魔術師であればエアリアルの呪術を独力で跳ね返しているはずだ。もっと根本的なところで何か見当違いをしているのだ、エアリアルの威力不足……であれば防御魔術にかかるエーテルの消費量も低く抑え……いや違う!今の状況を鑑みればエアリアルの威力は充分以上だった、何せ三ポンプでこの有様だぞ!?」
「そんな必要以上に物騒なもんを人通りの多い所で使う事が間違いだったんだよ。」
尾花の独り言に思わず口を挿んでしまった。
すると尾花は勢い良くこちらを振り向き、目を見開いて固まった。
最初は自分の世界に勝手に入り込んだことに対する抗議の表れかと思った。
しかし、尾花の瞳は俺を見ているようでどこか別の方向、いや別の何かを追っている様だった。
「それだ……場所が問題だったのだ!エアリアルは威力の設定を誤ったのでは無く後から威力を上書きされたのだ!そう、この場所によって!!」
そして尾花は突然立ち上がり大声で笑い始めた。
「道理でおかしいと思ったのだ!あの程度でエアリアルを酷使したなどと言えばプロスペローに鼻で笑われるところだったぞ!キャリバンの正体はこの中央広場だったのだ!」
声だかに腕を大げさに広げながら主張する尾花へ広間に残った人々の視線が注がれた。
ある人は仰天し、ある人は困惑し、ある程度小慣れた人は一度視線を向けてすぐさま作業へ視線を戻す。
「遂に壊れたかこの人……。」
「マスターの場合、どこまでが正常でどこまでが異常なのか分かんないけど……。」
俺と政子は未だ笑い続ける尾花を茫然と見つめた。
「やっぱアンタ腹が減っておかしくn」
「君もしつこいな、腹が減っているのは自分の事ではないのか?だが、これを聞けば空腹の事などふっ飛ぶぞ!?」
生きるか死ぬかの瀬戸際に立っているのだ。
既に食欲などふっ飛んでいる。
この世界にやって来た時、その食欲で生きるか死ぬかを彷徨っていた身としては何とも皮肉な話ではあるが。
「そう腐るな。良いか?この嵐テンペストから君を救う手立てが分かったのだ!」
そう言って不敵に笑う尾花。
尾花の一言に俺は後頭部からじわじわと上ってくる熱を感じた。
食欲どころか先程まで感情に影を落とす曇り空が一気に吹き飛ぶ。
俺は思わず尾花に抱きつきそうになった。
が、その前に政子が尾花を抱きしめ、そして尾花の両肩を力強く掴んだ。
「それで私とお兄は何すればいいの!?」
「落ち着け政子、君がそう興奮しては当事者の国衛の立場が無いだろう。」
「う、うん。」
嬉しさのあまりアンタに抱きつきそうになったなどと口が裂けても言えやしない。
「実際に何かするのは国衛だけで良い、それも至極簡単な事だ。」
尾花は政子の手を肩から優しく引きはがしながら言った。
「国衛、君は足が速い方か?」
「……別に自慢するほど速いわけでもないけど。」
「だが、卑下するほどに遅いわけでもあるまい。」
足の早さが今の状況とどう関わりがあるのだろうか?
全力で走って逃げれば呪い返しが追い付けないとかだったら、俺は尾花の正気もしくはこの世界の構造を疑ってしまう。
「いいか、君はなるべく早くこの街から離れろ。」
「……マジかよ。」
俺はどちらを疑えば良い?尾花か?それともこの世界だろうか?
「そうさな方角は西の方を目指すと良い、ともかくこの街から離れる事が……。」
「ちょっと待って!アンタ本気か!?その呪詛返しと俺で鬼ごっこしろって言うんじゃないよね!?」
「良い線しているぞ、当たらずとも遠からずだ。」
尾花は淡々とした口調で答える。
これが狂言や冗談でなければ、一体何だというのだ。
俺は思わず頭を抱えた。
「私が何を言っているのか今から説明するから良く聞け?まず、この街は北に山があり……。」
尾花が言葉を発しかけたその時、広間の扉が開いた。
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