進まぬ対応、出来ぬ相談

「アンタ、よくアイツと十年も友人でいられたな?アイツ、人が土下座して謝ってるの見て笑いながら”別に土下座がみたいんじゃないんだけど”って言いやがったんだぞ!?あんなおっかない人間、親以外じゃ俺は知らないよ。」


俺が小声で話しかけると、尾花は著しくない空模様を見る様に俺を見上げた。

尾花の曇った表情は現在の荒れた天候を気にしている物では無く、唇の血色が悪さは雨に濡れて凍えているだけが理由ではあるまい。


「それを言ったら君の幼馴染も中々だったぞ?私がこの状況に至るまでの経緯と解呪することによって起こる君への被害と危険性を必死で説いた後にだ。一言、"で,、どうするのこの後?”と言ってきたんだぞ!?しかもあの笑顔でだ、もう何年あのような毛穴の広がる思いなどしていなかったのだがな。」


尾花と俺は二人そろって身震いをした。

無論、肌を刺す雨と風だけが原因ではないのは明白だ。


「もう何年って、アンタ今幾つだよ?」


「先ほどの恐怖でそれも忘れた。ただ、今は姿形相応の心持だよ。」


俺と尾花は、雨風に煽られながら直立している。

政子の許しが出るまでは身動きを取らない方が良いという両者の暗黙の了解の為だ。



政子が中央広場にやって来た後、俺と尾花は政子から”御小言”頂いた。



その時の様子は……正直思い出したくない。



それでも誰かに求められて口に出さざる得ないのであれば、その時の俺は政子との綺麗な思い出を思い返していた。

鉄棒の練習をすると言っていた時、政子の家の庭先で夏にビニールプールに入って遊んだ時、冬には雪だるまなんてのも作ったか。


三つ子の魂百までという言葉もあるが、少なくとも政子が三つ子だったころには鬼と雪女のハイブリッドみたいな存在になる片鱗など少しも無かった。



その政子は雨の当たらぬ建物の軒下でバートと何やら深刻な顔をして話している。

バートの顔は若干引き攣っており、それはおそらく政子の俺たちに対する"御小言”が原因なのだろう。


「……この暴風……ヘブルリッジ教会のサスキアが……」


「それならば私で対応……お前は中で……」


「しかし……異端的不可触階級ワイルドカードの魔術を……」


この雨風の中で二人の会話は感度の悪いラジオの様に断片的にしか聞こえない。

だが。その断片からでもこの状況に対しての対応を相談しているのは分かる。


バートの方はどうやら政子をこの件に関わらせたくない様である。

一方の政子は、尾花と俺がしでかした事なので責任を取ると。

恐らくそんな話をしているのだろう



しかし、あのバートという人は恐らくこの街でもかなりの人物だと思われる。

まず、あの身なりからして他の街の住人達と一線を画す。


そして今の事態について政子が何やら相談している。

そんじょそこらの人間に、身内が起こした問題事を相談するだろうか?


それにギルド商館に客人を招いて食事をしようとした。

思うに、あの商館と言うのはこの街の公共施設の様な物である。

それを私事に利用できるとなればギルド内でも相当な身分の人間の筈である。


「あの男の人、バート……なんて言ったっけ?名前」


俺は尾花に尋ねてみた。

尾花は政子と会話しているバートを見ると、そっけなく「あぁ」と頷く。


「なんとか……クライフだ、腹が減ったと言えばすぐに旨い飯が出てくるぞ」


「あぁそう」


……名字が出てきただけ、マシと思うか。


商業ギルドでかなりの地位にいるバート・クライフさん。

クライフ……どこかで聞いたことのある名字だ。

なんとなくいい思い出では無かった気がする。


それこそギルド商館で聞いた名前のはず、アレは確か……。


そこで俺は政子の時と同じような背筋が凍る感触を得た。


「尾花さ、あの人と仲良かったりする?」


「いいや、別に。」


尾花はきょとんと俺を見上げる。


「どちらかと言えば政子の方が付き合いは深いぞ。」


先程、興奮して思わずあの人の手を払いのけてしまった。

それも誰であろう、商業ギルドの元締めであり、この街の最高権力者であろう人の手をだ。

かなり拙い事をしてしまった。


一刻も早くあの人に詫びを入れたいところだがそれなら政子を通した方が良いだろう。

しかし、その為には政子から許しを請わねばならない。

今朝の一件も合って、中々相談しづらいところだ。


詫びを入れる為に詫びを入れるという物事の煩わしさにため息がでた。


目の前では政子が未だバートと未だ話し込んでいる。

街の最高権力者と会話をする幼馴染。


「アイツもでっかくなっちまって……」


身体もでかくなったが地位というか立場も俺の知っている政子とはかけ離れてしまっている。

そいつに日に二回も説教を食らってしまうとは。


「どうした?幼馴染の成長を見て感慨に耽ったか?」


尾花がくすりと笑って俺を見る。

その悪戯っぽい視線に何か含みの様な物を感じて俺は視線を逸らした。


「アイツが、なんであんなにおっかなくなったか考えてたんだよ。」


その時、バートと話し込んでいた政子がこちらに視線を移してきた。

俺と尾花は咄嗟に背筋をまっすぐ伸ばし、直立の姿勢を取る。


「お兄、マスター、ちょっとこっち来て!」


「はい、ただいま!」


俺と尾花はそろって政子の下へと駆け出した。

そういえば、初めて尾花の敬語を聞いた気がする。






「二人ともなんでわざわざ雨に濡れるところにいたの?」


政子は俺と尾花を不思議そうに見つめていた。


「いや、なんでって……。」


「もう!その濡れた服洗うの私なんだからね?それにあれじゃ私が苛めてたみたいじゃん。」


言葉を躊躇する俺から政子は視線を外して、バートとまた何やら会話をし始めた。


(聞いたかよ!?苛めてるつもり無かったみたいだぞ?)


(しっ!聞こえたらどうする!?今度は本当に苛められるぞ?)


「ちょっと!二人とも話聞いてる!?状況を一から説明して欲しいんだけど。」


見れば政子の眉がⅤの字を描いていた。




「つまり、俺かあのねーちゃんが壁の染みにならなきゃこの暴風は収まらないって事。」


俺はサスキアとの間に起こった騒動とそれによって起こりうる顛末を政子とバートに説明した。


最初こそ真剣な眼差しで説明を聞いていた政子とバートだったが、話が進むにつれ眉は段々のへの字を書き、最後は八の字になった。

ため息をついてこめかみを掻く政子と眉間を抑え困惑するバート。

肩をぶつけられた因縁に殺されかけたなんて話を聞けば、誰でもこうなるだろう。


「つまり、君はその報復の為にマスター・オバナを頼ったと?」


「別に報復するつもりも無かったんですけどね。途中から尾花に対してプリプリ怒ってたから、なんとかしてくれと頼んだらこうなった次第で」


それ以外に説明のしようも無い。

俺だってなんでこんなことになっているのか説明出来ないのだ。


バートはため息を吐いて皺の酔った眉間を押える。

俺もなんだか申し訳なくなり頭を下げた。


そして俺に状況説明が出来ないとなると、嫌疑の矛先は尾花へと向かう。


「マスターもなんであんな危険な魔術なんか使ったの?」


「あのような事態になるとは私にとっても想定外なんだ、国衛が司祭殿を何とかしてくれと言うからだ」


政子の厳しい視線を受けた尾花だが、先程と比べれば政子に対してだいぶしれっとしている。

この程度の叱責なら割と普段から受けているのだろう。

しかし、それはそうとである。


「何とかしろってのは、あのやかましい口を黙らせろってだけだ。それでこんな嵐を呼ばれちゃ、こっちの開いた口まで塞がらないよ」


「だが、現にあの高慢ちきな声は聞こえなくなったろ?」


尾花はサスキアを指差した。


「アレに比べればこの程度の風の音など、小川のせせらぎのようなものだ」


「ん……」


微妙に言い返せないのが癪である。

大気がヒステリーを起こしたような風音とただのヒステリー、前者の方が喧しい様に思えて実は後者の方が精神衛生上悪い。


「マスターもお兄も問題はそこじゃないの!誰かに被害があったらどうするのって話!というか、もう既に被害が出てるみたいだけど……」


暴風は既に竜巻の域に達しており、広場にあった屋台や商品などなど大小様々な物を巻き盗って、サスキアの頭上高く舞い上がらせている。

その度に屋台の店主達の悲痛な声が耳に入った。

政子はその様子を歯噛みしながら見ており、次いでバートの方を見やると憂慮と焦燥をない交ぜにした表情を浮かべていた。


政子はバートに心を砕いている様子である。

街の最高権力者であればそれも当然か


「ここまでの事態になるとは私も予想外でした……流石はマスター・オバナですな」


「クライフの爺が私に皮肉とは珍しいな」


「いえいえ」とバートは苦笑しながら尾花の発言を否定するように手を横に振った。


「この一件について貴女とサスキア師が関わっていたとなれば教会がうるさく言ってくるでしょうが、それは私の方でどうとでもなります。最悪大聖堂改築の援助を打ち切れば良いだけの話ですので、しかし……」


バートは口元に手をあて、深刻な眼差しで尾花を見つめた。


「それより問題は住民達への説明責任です。お食事にお誘いしていて恐縮なのですが、ここまで被害が及んでいる以上、なるべく早くに事態を収束させ被害を最小に留めておきたいのです。何分その方が後々の対応が取りやすく」


「それで速やかに私が何とかしろと?先ほども言ったように解呪を行っても良いが、それでは国衛そして政子が許すまい。」


尾花は俺と政子へ視線を投げた。


「そうだろう?」


「あ、うん、けど……。」


尾花の視線を受けた政子はシーソーの様に視線を揺れ動かしながら尾花とバートを交互に見て困惑し、メーリーゴーランドの様に目を回した先の着地点に俺を選んだ。


「ええと……。」


「お前、頼むから答えに迷うなよ。」


勿論、答えはノーである。


「であれば残る方法は2つ、司祭殿の体力が尽きるのを待つか、それが待てぬのならば司祭殿が元気な今すぐに呪術を食らって貰うかだ。後者の場合なら、司祭殿が吹き飛ばされた際に上手く防御魔術で対応出来れば、司祭殿も国衛も助かる可能性は高いが……」


「その選択肢が取れる可能性は限りなく零に近いと言うことですか」


バートはそこで俺へと視線を投げた。


「クニエ、時に君は魔術に関しての適正は?」


「おおよそ術と付く物はほとんど修めておりません」


「ふむ……であればマスター、貴方の魔術で彼をどうにかすることは出来ませんか?」


「あの、俺を魔術で気絶させた後に解呪して、せめて苦しまずに死ねとかは勘弁してもらえませんかね?流石に日に二度も死ぬ思いは……いや、まてよ。」


そういや一度死ぬ思いをして、なんだかんだ俺は生きている。

その理由と言うのは…‥。


「あの、例えば私がサスキアを説得出来れば二人が助かる可能性もあるんですよね!?」


政子がそこで声を上げた。

先程から何かを焦っている様子だが、なんというか今更というかこのタイミングで何故?と言った感じである。


「助かる可能性はあっても説得できる可能性が底値割ってんだよ。ちょっと待て今考えがm」


「私、サスキアのところまで行ってきます!サスキアなら私もある程度親しくしてるし、話に応じてくれる可能性だって。」


なんと政子は俺の考えがまとまる前に駆けだして行った!

その方向はサスキアのいる方である。


「政子!」


俺と尾花、そしてバートも揃って政子の名前を呼んだが聞こえている様子は無い。

声が届かないならば躊躇をする間など一刻も無い。


俺は政子に追って駆け出そうとした。


「待て、国衛!」


尾花が急に声を掛け俺が駆け出すのを寸でで止めた。

この非常時になんだ!


「俺は待てるけど、アイツは待てねぇぞ!?」


「これを持っていけ、そして政子を捕まえたら私に合図しろ!」


渡されたのは一枚の札だった。

漢字の一や口、あとは人などが様々な大きさで書かれており、中央には謎の良く分からない図形、そして一番上には見慣れないが見たことはある文字。

梵字というヤツだろうか……この札自体がよく分からないし聞いている余裕も無い。

とりあえずそれを握り締めて再び政子を追って駆け出していった。


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